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緑の森の闇の向こうに 第1話【創作大賞2024】

<あらすじ>
大手宇宙船メーカーの新人ティリーは頭を抱えていた。またもや『厄病神』の宇宙船で出張に出かけることになったのだ。先週訪れた星ではデモ隊と警官隊の銃撃戦に巻き込まれて契約どころではなかった。『厄病神』の船で出かけると失敗するというジンクスがある。だが確率的に今度は大丈夫に違いない。と信じて出かけた新興星で環境テロが勃発。宿泊していた高級ホテルが砲撃された。弊社が標的って、どういうこと? ティリーたちの知らないところで工場の拡張をめぐり話がおかしな方向に進んでいた。テロリストにも現地政府にも文句を言わずにいられない。ダメ社員と名高い先輩とティリーは厄病神に力を借りて立ち向かうことにした。

 その時は、単なる事務連絡だと思った。 
「三十九度の高熱が出て、自宅で寝込んでる」
 いつも元気なベルの声がかすれていた。
「お大事に」
 と返してから気が付いた。ベルは明日からパキ星へ出張に出かける予定が入っている。即座に課長が近づいてきた。
「ティリー君、休暇の日程をずらせないかい。申し訳ないが、ベル君の代わりに出張へ行ってもらいたいんだ」
 わたしは明日から三日間、特別休暇をもらえることになっていた。ゆっくり休みたいのが本音だ。一方で課内でほかに動ける人がいないこともわかっている。同期のベルとわたしはお互いの業務を把握していて、わたしが課長でもわたしに頼むだろう。
「休暇の日数を増やすよう申請しておくから、出張から帰ったら存分に休んでくれ」
 休みがなくなるわけではないようだ。長く休めるのはラッキーかもしれない。
「わかりました。出張へ行ってきます」

「よろしく頼むよ。詳細は共有フォルダの中にいれてあるから」

 ベルの出張は、地方星系のパキ星にある現地工場の視察だ。わたしが勤める大手宇宙船メーカーのクロノスは銀河中に工場を持っている。
 新興星で人件費が安いパキ工場で、このところ納期の遅れが多発していた。実際に現地へ足を運んで実態を見てくる、というのが出張の目的。新入社員であるわたしとベルの仕事は主に記録の作成で、先輩社員の補助的役割だ。
 とりあえず、調査部の分析資料から目を通す。
 おかしい。フォルダの中に記録シートがない。ベルが持ち帰っているに違いない。
 ベルはプライベートでは頼れるのだけれど、仕事が大ざっぱで時々不安になる。これは顔を合わせて引き継いだ方がいい。見舞いがてら、ベルのアパートへ出かけることにした。

 いつもは元気でスポーツ万能なベルが、ベッドでぐったりと横になっている姿は痛々しく見えた。

「大丈夫?」
「うん、夏風邪だってさ。薬でだいぶ楽になったんだけど」
 ベルもわたしも一人暮らしだ。
「鬼の霍乱って、このことよね。何か手伝おうか?」
「ありがと。一通りプログラミングされてるから大丈夫」
 薬やご飯の心配はなさそうだった。記録シートを受け取り、中身を引き継ぐ。
「ごめんねティリー。ほんとは明日から休みだったんだよね。先週の出張、大変だったもんねぇ」
 ベルが恐縮している。そう、先週のわたしの仕事は、会社が慰労の特別休暇をくれる、というぐらい大変だったのだ。
「といっても、ベルも知ってのとおり、休みに何の予定も入れていないのよ」
「本当にごめんね」
 身体を小さくして謝るベルに、体調不良はお互いさま、と言おうとした時、
「もう一つ引き継ぐことがあるの……」
 充血した目でわたしをじっと見つめた。ただならぬ雰囲気に嫌な予感がする。
「な、何?」
「船がフェニックス号なの」
「えっ?」
 思わず手にしていた資料を落としてしまった。

 『厄病神』の宇宙船フェニックス号。その船で出かけると失敗する、というジンクスがある。まさに先週、わたしはそのフェニックス号で出張に出かけ、そして、大規模デモと警官隊の武力衝突に巻き込まれたのだ。ジンクス通り契約どころじゃ無かった。
 部長からは「『厄病神』の船で出かけたのだから仕方がない」の一言で片づけられ、またもやフェニックス号の悪名は高くなった。
 もはや、誰もフェニックス号には乗りたがらない。
「仮病じゃないよ」
 ベルは申し訳なさそうな顔で言った。
「わかってるわよ」
 仮病じゃないのはわかるけど、仮病を使ってでも『厄病神』の船に乗りたくない気持ちもわかる。
 床に落ちた資料を拾う。
「泊まる場所はフェニックス号じゃなくて現地支社が高級ホテルを用意してくれたから……」
 病人に文句を言っても仕方がない。わたしはつとめて明るい顔をした。
「あんな目にあったばかりだから、確率から言えばきっと今度は大丈夫。わたし、計算は得意なの」
 この見通しがどれほど楽観的だったか、後に知ることとなる。

「ティリー君、よろしく」
 野太い声がした。一緒に出張へ出かけるダルダ先輩だ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」
 大柄で肌がよく灼けている四十代半ばのダルダさんは、明るくて豪快な人だ。でも営業成績はあまりよくない。
「君、先週フェニックス号で出かけて大変な目に遭ったんだって?」
「え、ええ」
 先週のことを思い出すと気分が重たくなる。
「『厄病神』の船じゃ何があっても不思議じゃないけどね」
 これからその船に乗るというのに、まるで他人事のようだ。
「ダルダさんは平気なんですか?」
「俺はあいつと何度も仕事してるけど、あいつはボディーガードとして腕が立つ」
 あいつというのはフェニックス号の船主『厄病神』のレイター・フェニックスのことだ。

「君もあんな目にあっても、怪我一つしなかったんだろ」
 レイターは操縦士であると同時にわたしたちを警護するボディーガードだ。おちゃらけた見た目と違って腕が確かなのは、身を持って知っている。

 だけど……ダルダ先輩は知らないのだ。
 あれから一週間しか経っていないのに彼は大丈夫なんだろうか。不安だ。レイターから会社に報告するなと止められているけれど、ダルダさんにはリスクを共有しておいた方がいい。
「実は、先週、レイターは銃で撃たれて大怪我をしたんです」
 こっそり伝えるとダルダさんは意外だという顔をした。
「へえ、珍しいな。撃たれる前に撃つって奴なのに」
 ギクリとした。
 思い出したくない景色が目の前に浮かぶ。レイターは撃たれる前に撃ち、狙撃犯をわたしの目の前で射殺した。

 あの時レイターはわたしを助けてくれたのだ。わかっている。感謝もしている。けれど心が追いつけない。
 わたしの生まれ育ったアンタレス星では、銃は所持しているだけで重罪なのだ。銃のせいだ。銃が悪いのだ。レイターに銃を持たないで欲しいと頼んだ。
 そして、彼は撃たれて怪我をした。撃たれる前に撃てなかったからだ。わたしのせいだ。
「ティリー君、そんな怖い顔しないで。人生はロマンとスリルだから」
 ダルダさんは意に介す風でもなかった。これまで『厄病神』と仕事をしても、ジンクスに負けず平気だったということだろうか。それならそれで心強いのだけれど。
「フェニックス号で行こうがどうしようが、俺はダメ営業部員だからね。関係無いのさ。ガハハハハ」
 『厄病神』と『ダメ部員』。
 ダルダさんの豪快な笑い声を聞いていると、一気に不安が募ってきた。
第2話へ続く

続きを公開後、URLをこちらに貼ります
第2話  5月11日 https://note.com/48nomoon/n/n07e44ce53343
第3話  5月18日 https://note.com/48nomoon/n/n0396e35b3c16
第4話  5月25日 https://note.com/48nomoon/n/n4b1c0ef7b119
第5話  6月1日 https://note.com/48nomoon/n/n3db7b7401582
第6話  6月8日 https://note.com/48nomoon/n/n0765a665eb24
第7話  6月15日  https://note.com/48nomoon/n/n0c11e00250f7
第8話  6月22日   https://note.com/48nomoon/n/n35c63097e4f1
第9話  6月29日 https://note.com/48nomoon/n/n038897643714
第10話 7月6日 https://note.com/48nomoon/n/nef1db7d1b310
第11話 7月13日 https://note.com/48nomoon/n/nd7c6d4045133
第12話 7月20日 https://note.com/48nomoon/n/ndbb5664ecd2d
★創作大賞2024 応募期間終了 7月22日


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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」