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緑の森の闇の向こうに 第2話【創作大賞2024】

第1話

 フェニックス号のリビングに厄病神はいた。相変わらず髪はボサボサ、第二ボタンまでネクタイを緩めただらしない格好をしている。
「よ、ティリーさん。休み返上なんだって? また一緒にお仕事できるたぁうれしいねぇ。これも運命の赤い糸だぜ」

 赤い糸なんて真っ平だ。先週、あんな大変な目にあったというのに、この人の記憶はどうなっているのだろう。
「あなた、怪我は大丈夫なの?」
「あん? 怪我? 何のことかなぁ?」
 へらへらと笑う様子を見ていると、心配した自分がバカみたいな気持ちになってくる。横で聞いていたダルダ先輩が
「ティリーさん、こいつは不死身だ。死んでも生き返る奴だから、心配ご無用、ガハハハハ」
と大声で笑った。笑い事で済めばいいのだけれど。不死身の厄病神なんて最悪だ。
「なあ、レイター。今回、俺たちが視察するパキ星の工場は、どうして生産が遅れているんだ?」
 ダルダさんが真面目な顔になった。現地からの報告ではそれがわからないから、わざわざ足を運ぶのだ。それにしても、この質問はボディーガードの彼にではなく、アシスタントであるわたしに聞くべきじゃないだろうか。
「簡単簡単。あんたんとこの、工場をでかくする計画のせいさ」
 無責任な答えにわたしは反論した。

「部外者が適当なこと言わないで。拡張計画について反対運動は起きているけれど、現地でちゃんと対策を打っています。それよりも現地労働者との賃金交渉がうまくいっていないことが問題だ、って調査部は分析しているわ。パキ星は労働組合が強いのよ」
 資料は昨日のうちにすべて読んで頭に入れてある。ベルのピンチヒッターだけど、ちゃんと仕事の内容を理解していることを、先輩にアピールしておかなくては。
「へえ、そうなんだ」
 と感心したのは、レイターではなくダルダさんだった。冗談なのか何なのかよくわからず、思わず先輩の顔を見つめる。
「いやあ、まだちゃんと資料読んでないんだよ。ガハハハハ」
 頭をかくその表情から察するに、冗談ではなさそうだ。この出張は二週間前には予定されていた。『ダメ部員』という言葉が頭をよぎる。
「レイターに話を聞けばいいと思ってさ」
「え?」
 その言い訳は言い訳になっていない。
「情報部の資料より、こいつのほうが信用できるし」
 その理屈は、さらにわからない。
「ったく、あんたはいっつもそうだ。ちゃんとカネ払えよ。お宅の会社が買収を決めたパキ星の工場拡張予定地に、きのこのパキールの自生地が含まれてる、ってことぐらいは知ってるよな?」
「ああ、そこは読んだ」
 ダルダさんがうなずいた。レイターが言ったことは資料の冒頭に書いてある。パキールは現地の特産品きのこで、パキ人にとっては、なくてはならない食材ということだった。特に自生地で採れる天然物は人気がある。
「だから、パキールを植え変えることで合意したんでしょ。すでに植え変えは始まっていて、反対運動も収束したとあったわ」
 情報部の資料にはちゃんと結論まで載っていた。
「さすが、俺のティリーさん。ダルさんと違って、よ~くお勉強してるねぇ」
 どうしてこの人は、人の神経を逆なでするような言い方をするのだろう。
「その呼び方やめてください。とにかくその話は収まってるのよ」
「確かに一旦は収まった。けど、その後、植え変えたパキの木が移転先で次々と枯れてんだ」
「え?」
 そんな情報は資料のどこにも載ってなかった。
「反対運動はどうなってるんだ?」
 ダルダさんが聞いた。
「もちろん、またまた盛り上がっちゃって連日ストライキさ。だから、納期に間に合わねぇのさ」
 筋は通っているけれど、にわかには信じ難い。
「レイターの言うとおりだとしたら、どうしてそれが情報部の資料に載っていないわけ?」
「そりゃ、現地が情報を上げてねぇんだろ。あそこは政府が通信回線握ってるから、外から情報得にくいし」
「じゃあ、どうしてあなたは知ってるのよ?」
「んぱっ」
 変な顔をして、わたしの質問をはぐらかした。
「いずれにしても、パキールの自生地を工場予定地にしたあんたの会社の失敗さ。パキ星政府は企業を誘致したくて、おいしいことばっかり並べ立てた。国民感情を甘く見過ぎたのさ。食い物の恨みは怖いぜ」
「な、こいつの情報はためになるだろ」
 ダルダさんがウインクした。
「情報料は別料金。振込先はわかってるよな」
「ガハハハ。俺が払わなかったことがあるかよ。ふむ、土は大事だな。俺の実家は農家でね、子供の頃、土の入れ替えをよく手伝わさせられたもんだ。それが嫌で俺は家を継ぐのを弟に任せて、サラリーマンの世界に入ったんだ」

「そうなんですね」
 初めて聞く話だった。レイターが鼻で笑った。
「ふふふん。確かに実家は農家だねぇ。商社も手がける年商百億の家族経営の農家」
 年商百億?
「ダルさんは今も毎年一億リルの小遣いを親からもらってんだぜ」
 一億リルのお小遣い?
「しょうがないだろ、実家の節税対策なんだから」
「ま、あんたにとっちゃ、クロノスの仕事は趣味だからな」
 仕事は趣味?
「ノンノン。趣味じゃないさ。人生に必要なロマンとスリルの一部だよ。ガハハハハ」
 ロマンとスリル。聞くたびに脱力しそうになる。仕事に対する緊張感がまるでない。ダルダ先輩の上に『ダメ部員』という文字がくっきり見えてきた。

 パキ星には一日で到着する。ソラ系を抜けたフェニックス号は安定飛行に入った。
 普段レイターはこの船を自宅として使っている。そのせいか内装が宇宙船らしくない。操縦席とリビング、ダイニング、キッチンが一体化している船なんて見たことがない。船主である本人によれば、この船は拾ったのだという。大手宇宙船メーカーであるうちの研究所でも、どこのメーカーのものか割り出せなかったそうだ。出張時には通常、弊社クロノスの船を使用するのだけれど、フリーランスの『厄病神』の船は競合しないから問題ないと許されている。
 キッチンからデミグラスソースのいい香りがしてきた。
 レイターが火を細め、鍋をかき混ぜている。今どき珍しい火を使ったコンロ。安全上問題がありそうだけれど、法的には問題ないらしい。レイターは食にうるさい。実は『厄病神』の船は食事がおいしいことを先週の出張で知っている。
 耳にイヤホンをしたレイターが愉快そうに笑った。
「ねえ、何聞いてるの?」
「あん?」
 レイターが片耳のヘッドホンをはずす。
「何聞いてるの?」
「セクシーなお笑い。ティリーさんも聞く?」
 セクシー、という言葉に一瞬戸惑う。正直なところ下ネタは好きではない。
 レイターがにやっと笑った。
「ま、ガキには早いな」
 カチンときた。この人はいつもわたしを子ども扱いする。

「貸して!」
 わたしはイヤホンを奪い取るように手にした。緊張しながら耳に当てる。
「?????? 何これ?」
 聞いたことも無い言語だった。エロティックな話なのか何なのか、笑い声以外はさっぱりわからない。
「パキの現地語ラジオさ。面白いだろ? パキは歓楽街が充実してるから、素敵な女性との出会いが楽しみでさ」
「は?」
「先週は遊べなかったじゃん」
 この人が女たらしだということを思い出した。

* *

 パキ星は銀河連邦に所属して間もない星だ。水と日差しに恵まれ、植物の生育が早い。というか早すぎて陸地の八割が未開の原生林となっている。農林業が主な産業なのだけれど、パキ政府はこのところ宇宙船メーカーであるうちの会社のような連邦大企業の工場誘致に力を入れていた。 

 林を切り開いてできた首都のパキ空港に、フェニックス号が着陸した。
 先週の出張ではこの船をホテル替わりに利用したのだけれど、今回は現地のパキ支社が、わたしとダルダさんの宿泊先として高級ホテルを予約していた。連邦資本の五つ星、レイモンダリアホテル。ここの系列ホテルがわたしの住むソラ系にもあるけれど、一泊でひと月のお給料が吹き飛ぶような値段だ。わたしごとき新入社員にこんなホテルを用意するなんて、現地支社にとって本社からの視察というのは、かなり気を使う案件なのに違いない。
 案内されたのは最上階の二十五階だった。ソラ系では高層の部類に入らないけれど、この星では一番高いビルだ。
 部屋に入って思わず窓に近づいた。観光パンフレットで見た緑の海だ。リゾート開発されていない天然林が地平線まで続いている。深い緑のキャンパスのところどころに明るい黄緑の色彩が重なっていて、白波を彷彿させる。大パノラマに圧倒される。
 この部屋は、わたしの実家の一軒家より広いんじゃないだろうか。リラックスルームは使い放題。シャンプーなどの使い捨てアメニティーグッズは、最高級ブランドが何種類も並んでいた。おしゃれなパッケージにため息が漏れる。アンナ・ナンバーファイブのヘアトリートメント。いい香りにとろけそうだ。
 ふかふかのソファーに腰掛けながら大画面テレビをつけると、普段見慣れた番組が流れていた。
 チャンネルを変えると現地語の番組もやっている。でも通訳の副音声はついていなかった。結局いつも見ているドラマの続きを堪能する。
 何だかベルに悪いなあ。これじゃあ旅行だ。 せめて高級シャンプーをお土産に持って帰ろう。

 ダルダさんは隣の二五一四号室だ。大金持ちのダルダさんは、いつもこういうホテルを利用しているのだろうか? 
 先週の出張は大変だったけれど、先輩に言われた通りのことをしていれば良かった。けれど、今回は不安だ。わたしがしっかりしなければ。
第3話へ続く 


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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」