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緑の森の闇の向こうに 第5話【創作大賞2024】

第1話 第2話  第3話 第4話 

「なあ、レイター、パキールの天然物と栽培物はどう違うのか聞いてくれないか?」
「あんた注文が多いぞ。別料金とるからな」
 文句を言いながらもレイターが通訳すると、女性スタッフは三十代ぐらいの男性をテーブルに連れてきた。男性の早口の言葉をレイターが訳す。
「こちらの店長さんによると天然物と栽培物は味も風味も全然違う、って言ってるぜ。最近は天然物はめっきり入らなくなって、この店も基本的には栽培物を出してるそうだ。ただ、きょうは天然物が入ったから、あんたが金を出すなら、天然物と栽培物の食べ比べをさせてもいいって言ってるが、どうする?」
「もちろん頼むさ」
 天然物と栽培物が一本ずつで一万五千リル、という料金はぼったくられている気がしたけれど、ダルダさんはまったく気にしていなかった。 
「それからキノコ酒を頼むぞ。ティリー君、お酒は?」
「じゃあ一口だけ」
 レイターが突っかかってくる。
「ガキはジュースでいいだろが」
「あなた、わたしのことガキって言いますけど、一応アンタレス人は十六歳から成人扱いなんです。お酒を飲んでも法には一切触れません」
「ガハハハハ、レイターの負けだ。アンタレス人が法律違反するわけないだろうが」
 わたしたちアンタレス人は順法意識が高い。
「ちっ、勝手にしろ」
「まあまあ、お前も飲むだろ。今日は電車だし」
「忘れるなよ、あんたのおごりだからな」
「ティリーさん。こいつ、飲酒操縦だけはしないんだよ。何と言っても『銀河一の操縦士』だからな。ガハハハハ」
 へぇ。意外だ。そして、ダルダさんが電車で誘った理由もわかった。レイターとお酒が飲みたかったのだ。
「ガハハハハ、では、仕事の成功を祝してカンパーイ」
 いつの間にか仕事は成功したことになっていた。
 
 土のにおいが微かに漂う。パキールが天然物と栽培物がかごに入ってテーブルへ運ばれてきた。
 見た目は同じ。普段ソラ系のお店で買っているような普通のキノコだ。茶色い笠は小ぶりで手のひらに乗るサイズ。
「採り立てだとさ。新鮮じゃねぇと生じゃ食えねぇからな。きのこの刺身だ」
 店長がまな板を兼ねた木の皿の上で二本を薄くスライスし、少しだけ塩をふりかけた。
「まずは栽培物から」
 と言ってレイターがフォークを伸ばす。天然物が食べてみたいのに。
「栽培物から食べた方がいいの?」

「あん? そりゃそうさ。旨いもの先に食ったら、あとがまずく思えて損だろ」
 レイターのアドバイスに従って先に栽培物を口にほおばる。
「おいしい」
 きのこの香ばしい香りが口と鼻の両方に広がる。シャキッとした食感がたまらない。少しくせがあるけれど、それがやみつきになりそうだ。
「うまいなあ」
 ダルダさんも笑顔でぱくついている。
「続いて、本命へいってみようぜ。せえの」
 レイターにうながされ、全員で天然物を同じタイミングで口にした。
 ん、違う。
 口に入れた瞬間、いや入れる前から香りを感じた。栽培物と同じ匂いなのに鼻に抜ける感覚がふわっと異なる。歯で軽く噛むとその違いが際だった。歯ごたえがしっかりしている。甘味が口の中で広がった。栽培物とは別物だ。
「全然違うぞ、うまいっ。こりゃもめるわな。もう、うちの工場を別のところに建てて、パキールの自生地を残せばいいんじゃないか」
 ダルダさんが大声で感想を口にした。
「あんた、話はそんな簡単じゃないぜ。この星の林を切り開くのには金がかかる。一方でパキールが生えてるのは開発しやすい土地なんだよ。だから、開発ラッシュのこの星じゃどんどん自生地が減ってんだ。別の場所を探しても同じことさ。反対運動が起きない所はコストが高くつく。経済的に見りゃ今の予定地はあんたの会社にとっちゃベストの選択だ」
 どうしてレイターはこんなに情報をもっているのだろう。
「でも、地元で理解されないのは問題よ。天然物がこんなにおいしいんだもの。どうすればいいの?」
「それを考えるのは、あんたたちの仕事だろ」
 その通りだ。真っ当なことを言われて恥ずかしくなった。
「大丈夫だ、ティリー君。うちの会社には優秀な社員がいっぱいいる。言っただろ、今はプライベートだ。さあ、レイター、現地語の『おいしい』と『ありがとう』を教えてくれよ」
 ダルダさんは仕事はもう自分の手を離れた、といった様子で店の人たちと身振り手振りでコミュニケーションを取りはじめた。
「あんたはどこへ行ってもこれだけで仲良くなるんだから。いいよな」
「ガハハハハ、お前とならどこへ行っても楽しいぞ。ティリー君ももっと飲んで、楽しもうじゃないか」  
 仕事は気になるけれど、ダルダ先輩の言う通り、今ここで考えても答えはでない。わたしたちの仕事は正しい情報を持ち帰ることだ。
 キノコ酒は不思議な味がした。スープのようなのに甘味があって飲みやすい。見た目よりアルコール度数が高いのかもしれない。店内の陽気な雰囲気に酔ってきた。
「そう言えば、お前、巨大きのこを見たことあるんだろ?」
「あん? キノコ星の話か」
「そう、それそれ」
 キノコを食べながらの巨大キノコの話題に、興味をそそられる。レイターがパキ語と銀河共通語を使って話を始めた。店長さんたちも身を乗り出している。
「辺境にキノコ星ってのがあってさ、そこに高さ五メートルの幻のキノコが生えてたんだ」
「幻のキノコ?」
 聞き返すわたしの顔を見て、レイターがにやりと笑った。
「精力がつくっ、て噂のな」
「五メートルは大きすぎるなあ」
 ダルダさんがうれしそうに言った。わたしは反応に困ってしまう。
 お酒が入ると男の人たちはどうしてこういうお色気ものの話題が好きなのか。セクハラぎりぎり。でも、まだ許せる範囲。
 レイターは楽しそうに通訳し、周りの客も盛り上がってきた。
「とにかくそいつを焼こうって話になって、あぶってみたわけさ」
 五メートルのキノコをあぶる? 
「どうやって?」
 わたしの問いにレイターは動作をつけながら陽気に答えた。
「火炎放射機をぶっ放すのさ」
 その様子がおかしかった。
「ガハハハハ」
 ダルダさんはもちろん、ついわたしも笑ってしまった。
「そうしたら、このパキールみたいに香ばしい香りがぐんぐん広がってさあ、鼻の奥がたまらねぇわけよ」
 これは作り話に違いない。でも、妙にリアルでおかしい。レイターは話術が巧みだ。
「キノコのかけらが、ちょうど食べごろの大きさで落ちてきて、俺の隣にいた奴が、目にも留まらぬ早さで拾いやがって、俺より先につまみ食いしたのさ」
 そこで、レイターが一呼吸おいた。みんな話に引き込まれ興味津々だ。
「で、どうなったんだ?」
 ダルダさんが先をうながす。
「そいつ、突然笑いだしちゃってさ」
「笑いだす?」
「そのキノコは笑い茸だったのさ」
「笑い茸ぇ? じゃあ、女とはどうするんだ」
「爆笑しながらなんてやれるかよ、ダルさんじゃあるまいし。っつうことで、幻のキノコは幻に終わったってわけだ」
「ガハハハハ」
 ダルダさんの大笑いにつられ、店の人たちも大爆笑だ。
 さらに、レイターが現地語で何かを言うと、笑いの声がさらに大きくなった。
「おい、レイター何言ったんだ?」
 ダルダさんがたずねる。
「後で教えてやるよ」
「後で?」
「十八禁だ」
 ダルダさんがちらりとわたしを見た。
「わかったわかった、ガハハハハ」
 わたしは聞こえないふりをした。レイターは多分きわどい話をしたのだ。  
 ダルダさんとレイターは出張を思いっきり楽しんでいる。陽気な二人はいつもこの調子で仕事をしてきたんだろうな。ちょっぴりうらやましい。
「ティリー君、お酒のおかわりは?」
「もう結構です。ソフトドリンクをいただきます」
「レイター、お前は飲むよなぁ」
 どんどんとお酒を勧めている。
「俺はよく大酒飲みと言われるが、お前、ほんとに酒強いよな」
 言われて気がつく。お酌をするダルダさんは顔が真っ赤だけれど、レイターはほとんど顔に出ていない。
「ほんとはこの量なら操縦だって問題ないんだろ? 車レンタルしてこのままホテルに送ってくれたら楽なんだが」
 酔っぱらったダルダ先輩は電車で帰るのが面倒くさくなっているようだ。
「そんなことを言っていると、飲酒操縦の教唆罪に問われますよ。レイターは免停になったら困るでしょうし」
「いやいや、こいつは絶対に交通違反で引っかかったりしないんだ。スピード違反だろうが、一方通行の逆走だろうが、平気なんだよ、なあ」
「当たりめぇだ。警察なんかに捕まるわけねぇだろが」
「じゃあどうして飲酒操縦はしないの?」
「警察は関係ねぇよ。俺は『銀河一の操縦士』だ。0.一秒でも判断が遅れるようなかっこ悪い操縦はしたかねぇんだよ」
 不思議な人だ。普段ヘラヘラしているのに、操縦技術についてはやたらと高いプライドを持っていることは伝わってきた。 

 しばらく食事を続けていると、店の雰囲気が変わった。店員もテーブルに近づいてこない。親しげな感じがよそよそしさに変わっている。
 レイターが黙り込んだ。耳をそば立てて聴いている。

「おい、どうした?」
 ダルダ先輩も不穏な空気に気づいたようだ。
「どうやら店に開発反対派がいるな。俺達が工場の拡張のために来たって噂してる。早いとこ、ここからずらかったほうがいい」
 レイターが会計を頼むと、さっきまでフレンドリーだった店長が打って変わって強い口調で攻め立てた。言葉はわからないけれど糾弾しているようだ。
 レイターも最初は冷静に話をしていたけれど、段々と声を荒げて一歩も引かなかった。もう、喧嘩寸前という感じ。
「おいおい何をトラブってるんだ」
 ダルダさんがなだめる。
「パキールの食べ比べの代金をぼったくっていやがる。天然物が入らないのは俺達のせいだとか因縁つけて、いくら説明しても聞きやしねぇ」
「いくらだ?」
「一万五千リルのところ七万リルだ」
 パキール二本で七万リルは、この星の物価からしても高すぎる。
「問題ない。俺が払うからいいよ」
 ダルダさんは『ありがとう』と『おいしい』と現地語で店長に言いながら七万リルを支払った。後味が悪かった。

「すまねぇ。あんたが払う必要のねぇ金だった」
 店から出るとレイターがダルダさんに謝った。
「お前、現地語で喧嘩できるってすごいな」
「喧嘩できても負けちゃ意味がねぇよ」
 吐き捨てるようにレイターが言った。
 その時、足音が聞こえた。振り向くとさっきの店長が走ってくるのが見えた。あんなにお金を払ったのに、まだ文句を言いに来たのだろうか。
 と、彼がレイターに向かって頭を下げた。言葉はわからないけれど表情から謝っているのがわかる。
 レイターと店長は裏の路地に入ってひそひそと小声で話をはじめた。最後にレイターが現地語で『ありがとう』と言うと、店長は店へと戻っていった。
「どうした?」
 ダルダさんが聞く。
「店に顔を出したオーナーが工場建設の強硬な反対派だそうだ。だからぼったくって申し訳なかったとさ。で、貴重な情報をもらった」
「貴重な情報?」
「とにかく急いでホテルへ戻るぜ。電車はやめてタクシーを拾おう」
 わたしたちは大通り目指して足早に歩き始めた。
第6話へ続く

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