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銀河フェニックス物語<少年編>第十四話 暗黒星雲の観艦式(5)

ハヤタマ殿下の母である王妃はフチチの歴史についてアーサーに語り始めた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十四話「暗黒星雲の観艦式」1)(2)(3)(4
<少年編>マガジン

「密約を信じておりました我がフチチには軍と呼べるような組織はなく、ひとたまりもありませんでした。王は自衛団の先頭に立って戦い戦死。フチチの領土は焼き尽くされました」

 女王は静かに目を伏せた。

「先王のことは誠に残念でした。心中お察しいたします」
「あの折、連邦軍にはフチチの奪還にお力添えをいただきました。感謝申し上げます」   
 女王が会釈した。僕はその謝意を素直に受け止めることができない。
 フチチの農作物はソラ系中心部にはほとんど出回っていない。すなわち、銀河連邦全体への影響は極めて少ない。

 六年前、フチチが攻められるのと時同じくして、銀河周縁各地でアリオロン軍の侵攻が発生した。
 我が連邦軍は優先順位をつけて対応に当たった。
 弱小星系であるフチチへの援軍派遣は見送られ、フチチは一か月で陥落した。
 十二歳だったハヤタマ殿下の目には連邦がフチチを見捨てたように見えたに違いない。連邦軍は信用ならん、と言い捨てた苦々しい顔が頭に浮かぶ。

 女王が僕の目を見た。
「トライムス殿下にうかがいたいことがございます。貴殿は連邦が取っている世襲制の強みについてどうお考えになりますか?」

 質問に隠された意図がつかめない。僕は一般論で応じた。
「政策決定がスピーディであることは大きな強みと考えます。王室も将軍家も職を追われることがありませんので、民の人気取りをする必要がありません。腰を据えた継続的な政策の実現が可能です。加えて、多数の論理からはじかれる少数者を見落とさないように動くこともできます」
 政策要望投票で市民から集められた膨大なデータは、集積分析処理にかけられて自動的に法案と予算案が編成される。それを王室が承認し行政府に渡す。王室には修正決定権があり、膨大な権力を持つと同時に責任が求められる。
 将軍家も同じだ。正しい判断のための教育を子どもの頃から受けることが義務となっている。

「では、弱点についてどう考えますか?」
「弱点、ですか?」
 まさに世襲制の対象である自分にこの問いを向けるとは、女王も人が悪い。
「統治者の能力ではないでしょうか? 民の信頼が得られなくなれば、武力的革命の代わりにリコール制度が発動し、政治が停滞します」
「私も同意見です。貴族の元に生まれた私はフチチ王子の許嫁候補に選ばれ、幼い頃から見識高き王妃となるべく君主の教育を受けて参りました」
 突然の戦争で伴侶と子供を亡くし統治者となった悲劇の女王。

 フチチ陥落後、急遽女王となった彼女の連邦評議会総会での就任演説を僕は覚えている。
「フチチの悲劇をご存知でしょうか?」
 と訴えたあの演説が連邦を大きく動かした。涙を流しながらも毅然とした新女王フチチ十四世の態度に多くの者が心を動かされた。
「第二のフチチを生んではなりませぬ。敵からの脅威に対抗するために連邦と共闘して参ります」
 連邦評議会は全会一致でフチチ奪還を決めた。

 当時六歳だった僕は女王の演説の中に、同情を利益へと誘導する緻密に計算されたものを感じた。相当な準備と根回しが行われたに違いない。

 そんなことを口にすれば可愛げのない子ども、と言われることがわかっていたから誰にも言わずに黙っていた。
 あの印象は間違っていなかった。この方は生まれた時から王家であるべく、フチチのために生きてきた人なのだ。僕自身の運命と重ねてしまう。

 女王が私の目を見つめた。
「ハヤタマにその器があると思いますか?」
「……」
 答えに詰まる。     (6)へ続く

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