銀河フェニックス物語<少年編>第十四話 暗黒星雲の観艦式(2)
観艦式への参加命令が司令本部から出た日、僕はアレック艦長に呼ばれた。
「わかってるな。アーサー、当日お前は礼装で貴賓席だ」
「はい」
連邦軍将軍である父上の名代を務めろということだ。
僕は階級は少尉だが、次期将軍という特別称号が与えられている。士官学校の時にも何度か父の代理で式典に出席したことがある。軍への正式入隊で本格的に公務が増えることはわかっていた。
「お前のほかに、うちからは戦闘機部隊を出す」
事前に聞いていた話と違う。
「アレクサンドリア号本隊も観艦式のパレードに参加することになっていたのではありませんか?」
「『バイ・スタ』の代わりに『びっくり曲芸団』を提供してやるんだ。クナ中将も了承した。俺たちは周辺で警戒しとるから、安心して行ってこい」
アレック艦長はニヤリと笑った。
昔から艦長は式典が嫌いだ。父の秘書官当時、一生分の式典に出席して飽きたという。僕と戦闘機部隊を差し出すことで自分が出席しなくて済むようにフチチ方面司令本部にねじ込んだのだろう。司令官であるクナ中将は規律を重んじ、自分にも他人にも厳しい方だ。交渉にあたったモリノ副長の苦労がしのばれる。
主催がフチチ星系ということで少し気が思い。アレック艦長が楽し気に聞いてきた。
「フチチの王子は士官学校のご学友なんだろ?」
「ハヤタマ殿下は一期上の先輩です。現在は特別司令官としてフチチ軍の戦闘機部隊を率いていると聞いております」
「会うのは楽しみか?」
何と答えづらい質問をするのか。
*
小型機でフチチへ向かうと、菱形の暗い空間が視界に入ってきた。
鮫ノ口暗黒星雲とは誰が名付けたのだろうか。そのセンスに脱帽する。この角度からだと、エメラルド色に輝くフチチ首都惑星に、鮫が襲い掛かっているように見える。
六年前、この美しい農業星は鮫ノ口暗黒星雲を抜けてきたアリオロン軍に突如攻め込まれた。圧倒的な軍事力の前にフチチは一か月で陥落。フチチ十三世は戦死した。
一年後に連邦軍艦隊がフチチを奪還して以来、連邦とアリオロンの緩衝地帯となっている。
暗黒星雲自体は連邦にも同盟にも所属しない無管轄だが、漆黒の闇の向こうはアリオロン宙域だ。いやが応でもここが前線であることを意識する。
衛星軌道に観閲艦であるフチチ軍の旗艦空母が停まっていた。連邦が支援した巨大艦だ。
到着を前に操縦席のバルダン軍曹が僕に声をかけた。
「きょうは坊ちゃんでも少尉でもなく、殿下とお呼びすればいいんですな」
「ええ、よろしくお願いします」
将軍家の跡取りである僕をアレクサンドリア号の隊員たちは隠れて坊ちゃんと呼んでいる。僕の前で面と向かってその呼び名を口にするのはバルダン軍曹とレイターだけだ。レイターは明らかに嫌がらせだが、バルダン軍曹からは深い意図が感じられない。十二歳の将軍家の僕を坊ちゃんと呼ぶことに何の違和感もないということなのだろう。単純な、いやシンプルな発想をする軍曹から学ぶことは多い。
「坊ちゃんの腕なら俺が守る必要もないでしょうが」
「きょうは殿下でお願いします」
「あ、そうでしたな」
アレクサンドリア号の中で一番気の置けない人物だ。頼み事もしやすい。僕にとって助かる人選だった。
甲板に着艦すると、学生時代と変わらないせわしない足音が近づいてきた。小柄な先輩の胸元には多数の勲章が輝いていた。階級は大将。赤い髪の前髪に金色のメッシュが入っている。フチチ王家の印だ。
顔をあわせるのは先輩の卒業式以来、一年三ヶ月ぶりだ。敬礼をする。
「ハヤタマ殿下、ご無沙汰しております」
「来たか、トライムス。そちは、また身長が伸びたのか?」
相変わらず威嚇するような大声で僕を見上げる。僕より年上の十八歳だが童顔なことを気にしていた。
「はい、五センチほど」
殿下の身長はほとんど変わっていない。
「背が高ければ良いというものではないわ。軍の仕事は慣れたか?」
「はい」
「将軍家だから当たり前か。フン」
殿下は鼻で笑うとくるりと背中を向けて行ってしまった。 (3)へ続く
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