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銀河フェニックス物語<少年編>第十四話 暗黒星雲の観艦式(3)

旧知のハヤタマ殿下はアーサーを鼻で笑うと去って行った。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十四話「暗黒星雲の観艦式」1)(2
<少年編>マガジン

 バルダン軍曹が眉をひそめて僕の耳元でささやく。
「何ですかあいつは? 坊ちゃんのこと馬鹿にしてませんか? 殴っていいですか?」
「殴らないでください。ハヤタマ殿下は、フチチの王位継承権第一位の皇太子で、士官学校の先輩です」
「先輩ですか。じゃ、しょうがないですな」
 先輩という言葉で簡単に納得するバルダン軍曹は、年次による上下関係にうるさい。

 フチチを含め軍の最高指揮官を王族が務める星系は多い。連邦軍士官学校には王族の関係者が特別枠で入学する。地元軍の士官学校よりも情報のアップデートが早く、装備も人脈も豊富だ。経験を積むのに最適な場所といえる。

 六歳年上のハヤタマ殿下は僕より先に入学していた。
 連邦軍士官学校の廊下で殿下は突然握手を求めてきた。十歳の僕はすでに殿下より身長が高かった。

「我はそちと友になりたいわけではないが、母殿からそちとのコネクションを作るように言われているのだ」
 と聞いてもいない理由を説明し始めた。母殿というのは、女王のフチチ十四世だ。ハヤタマ殿下の父十三世が先のアリオロンとの戦闘で戦死されたことから急遽王妃が跡を継がれた。

「よろしくお願いします」

 ペンだこがあるハヤタマ殿下の武人らしくない手を握り返した。前線であるフチチ周辺宙域の軍事的均衡のためには現地軍と連邦軍の協力が欠かせない。女王のアドバイスは的確だ。

 将軍家の僕に低姿勢で接する学生が多い中、ハヤタマ殿下は高圧的だった。
「我が星系は連邦のために存在している訳ではないが、連邦は我が星系のために存在しているのだ」
 というのが持論だった。

 士官学校でのハヤタマ殿下の成績は芳しくなかった。
 基本的に運動が得意ではないようだ。連邦軍へ入隊するわけではないから、特別枠の学生はできない課題は免除された。長距離走ではいつも脱落していた。
 図上訓練も敗退続きだ。
 奇抜な戦術に目を奪われ、リスク許容の適切な判断ができない。 

 ハヤタマ殿下とシミュレーション合戦で戦ったことがある。
 我が軍が有利に攻めていたところで、ハヤタマ軍から見たこともない奇襲を受け、窮地に陥った。ハヤタマ殿下は大喜びで膝を打った。
「ほほう、将軍家の跡取りは天才軍師と聞いておったが、レターナの戦いで我がフチチ軍が勝利した奇襲戦術を知らぬとみえるな?」
「恥ずかしながら、存じ上げておりません」

 僕は見たもの全てを記憶する。だが、インプットしていない情報は知りようがない。戦術本にないローカルな戦闘全てまで把握することは無理だ。
「この美しさに気づかぬとは、天才軍師も大したことないのぉ」
 殿下が言う通り、この作戦は鮮やかだった。チラリと見えたハヤタマ殿下の作戦指令書には見事な挿絵が描かれていた。
 一方で僕は奇襲を受ける前に布石を打っていた。殿下の陣の補給路を断っていたのだ。
「一気呵成に行くぞ!」
 と真正面から攻め込んできた先鋒隊の背後で、我が軍の勢力がハヤタマ陣の本丸を孤立させ、援軍要請の連絡路をすべて遮断した。
 教官が旗を揚げた。
「トライムス軍の勝利」
 顔を真っ赤にして殿下が突っかかってきた。
「卑怯者! だから連邦軍は信用ならんのだ」

 卑怯? 民間船を人質に取るとか、亜空間を傷つけるとか、人権委員会で問題となるような行為はしていない。

 ハヤタマ殿下は何かにつけて僕に絡んできた。人間関係の機微にうとい僕でも、僕のことが嫌いだということは十分に伝わってきた。      (4)へ続く

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