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銀河フェニックス物語【少年編】第六話「一に練習、二に訓練 」(まとめ読み版)

教育係のアーサーはレイターと行動を共にすることが増えていた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第五話「誰にでもミスはある」
<ハイスクール編>第九話「早い者勝ちの世界」
<少年編>マガジン

 戦艦アレクサンドリア号、通称アレックのふね
 銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこのふねは、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。


「逃げるな、アーサー。俺が相手だ」

12レイター小@Tシャツむ

 またか。僕はうんざりした。
 レイターは格闘技の訓練にも顔を出した。食事係のアルバイトである彼が訓練に参加する必要はないのに。

 アレクサンドリア号の後部に訓練場はある。
 その日は、地上作戦を想定した訓練だった。
 白兵戦部隊班長のバルダン軍曹は、大声で騒ぐレイターを止めようともしない。

 レイターと初めて遭遇した時、僕が彼に蹴りを入れたことを、彼は今も根に持っている。隙あらば倒そうと狙っている。

 今朝も、起き掛けに二段ベッドの上から飛びかかってきた。
「うぉりゃあ」

 将軍家の僕は、子供の頃から戦闘格闘技を続けている。
 軽く読み切ってかわした。

少年横顔後ろ目怒り@

 士官学校でも実技の成績トップだった僕が、素人に負ける訳がない。ましてや三十センチも背の低い同年代の子供になど。

 ねばり強いと言えば聞こえがいいが、とにかく彼はしつこいのだ。
 レイターに絡まれるたびに、殴り飛ばしたい気持ちを理性で抑える。身に着けた武術を、個人の感情に任せて使用してはならない。

 他人に対して鬱陶しい、という感情を生まれて初めて抱いた。
 

 訓練の場だと言うのに、バルダン軍曹は面白がっている。

 僕はレイターと一対一で素手で戦うことになった。
「トライムス少尉、大怪我させん程度にな」

バルダン軍前目にやり逆

 多少の怪我は許すと言う意味だ。
 戦闘格闘技の訓練だ、蹴ろうが殴ろうが投げようが自由だ。遠慮をする必要はない。ここで力の差をはっきりさせておきたい。


 レイターと向かい合った。
 他の隊員たちは遠巻きに僕たちを見守っている。
 きょうの床材は土で固くない。投げ飛ばしても怪我はしないだろう。風が吹くと砂埃が舞い上がる。

「いつでもどうぞ」
 僕は構えた。

 レイターはじっと僕を見たまま動こうとしない。「逃げるな」と言ったのは一体誰だったか。こちらから攻めるか。

12戦闘

 その時、僕は気がついた。
 彼が僕の攻撃を待っている事に。

 喧嘩の場数を踏んでいるな。リーチの違いをどうカバーするかを考え、落ち着いて僕の隙を探っている。
 じゃあ、乗ってやろう。

 僕はわざと隙を作りながら、レイターに殴りかかった。
 思った通りだ、彼は低い体勢で僕の隙を狙ってきた。
 想定通りにレイターの腕を掴む。

 そのまま投げ飛ばそうとした時だった。

「わっ」
 思わず僕は目をつぶって声を上げた。

 レイターは僕の顔面に砂を投げつけた。片方の目に砂が入った。手の力が一瞬緩んだ隙にレイターが逃げる。
 油断した、というか卑怯なやり口。そのままレイターは飛び上がると僕の髪を後ろから力いっぱい引っ張った。
 こんな攻撃は受けた事がない。

 振り払おうとする僕の手のひらに激痛が走る。レイターが噛み付いた。出血する。
 力で引きはがす。
 今度は顎を狙った頭突き。想定外のジャンプ力だ。

 僕のリーチを活かさせないように飛び込んでくる。接近戦だ。
 身体が近すぎて突きや蹴りが出せない。

 他の隊員たちが、子どもの喧嘩だと笑っている。
 笑い事ではない。士官学校の訓練でも感じたことの無い鋭い気配。

 「真剣」という二文字が頭をよぎる。
 少しでも気を抜いたら、切られて死ぬ。

 動きを封じ込めたいのに、思った以上に素早い。片目が見えなくて遠近感が狂っている。 

 危ない!
 短い間合いからレイターが蹴り込んできた。

 レイターの足を、紙一枚のところでかわす。

 このまま、好きにさせておくわけにはいかない。
 リーチを生かして腕を掴んだ。

「エイやぁっ!」
 力任せに振り回すようにして投げる。

 レイターの小さな身体を、仰向けに地面に叩きつけた。
 その瞬間、首に痛みがはしった。  

 はあ、はぁ。

 僕は肩で息をしていた。
 こんな短時間で息が切れるとは。緊張と集中、そして少しの恐怖。レイターの身体が軽いとわかっていたから、強引に投げ技をかけた。

 レイターは地面に転がったまま動かない。背中を地面で強く打ったが、怪我はしていないはずだ。

バルダン横顔軍前目

 バルダン軍曹が寄ってきた。
「レイターの負けだ」
 レイターは寝転がったまま、プイっと横を向いた。
「悔しかったら練習しろ。一に練習、二に訓練だ」

「ちっ」
 レイターは砂をはたきながらふらふら起き上がると、そのまま立ち去った。
 バルダン軍曹は僕を見た。

「お手本になる、いい戦いだったなぁ。さすが首席の坊ちゃんだ。しっかし、あいつがナイフを持っていたら大変だった」
 バルダン軍曹は僕の首を指差して笑った。

 首筋に手を当てると血が出ていた。
 レイターは僕に投げられながら、僕の首を爪で思いっきり引っ掻いていた。
 正確な頸動脈への攻撃。レイターが僕を殺す気だったら、僕は死んでいた。

 彼に噛まれた手も痛い。
 勝ったとはいえ、僕の方が負傷の程度は大きかった。

少年正面@2戦闘む首血

 バルダン軍曹は隊員たちの方を向いた。
「フフフ、あいつゲリラ兵の様だな。次に、レイターと対戦したい奴いるか?」
 手を挙げる隊員はいなかった。
 僕は格闘技戦でバルダン軍曹の次に勝率が高い。その僕をあれだけ手こずらせたのだ。

 将軍家の跡取りである僕は、幼いころから人を殺すための訓練を受けてきた。
 だが、これまでに人を手に掛けたことは無い。

 一方、先日、レイターは、僕の目の前で躊躇なく宇宙海賊を撃ち殺した。
 あの時交わした会話を思い出す。
「君は、本当は銃を扱えるんだな」 
「ダグんとこにいたら、銃ぐらい撃てねぇと」
 老舗マフィアで『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリー。
「これまでにも、人に向けて銃を撃ったことがあるのか?」
「そりゃそうさ、他に何を撃つんだよ」
 僕は様々なものを撃ってきた。練習の的、人型ロボット、無人偵察機、野生動物……
 だが、人に実弾を撃ったことは無い。

 戦いながらレイターから感じた鋭い気配。あれは「殺気」だ。

 殺らなければ、殺される。
 マフィアの抗争の中で、彼はこれまでに何人殺めてきたのだろうか。

  * *

 
 バルダンの部屋をレイターが訪ねた。

「四十三、四十四・・・」
 指立て伏せをしているバルダンの背中にレイターが飛び乗り、胡坐を組んだ。

「なあ、バルダン、どうしたらアーサーの奴、倒せる?」
「四十八、四十九、五十。難しい質問だな。お前のウエイトじゃ、俺の重りにもならんぞ」
「フン」

アイス少年怒り

 レイターがピョンと飛び降りると、バルダンは立ち上がった。

「アーサーは体格にも恵まれとるし、ガキの頃からずっと訓練してきてるんだ。この俺が負けることもあるんだぞ。お前が付け焼き刃で戦って、かなう相手じゃない」
 レイターは口を尖らせた。
「ちっ、勝たなくてもいいんだよ。一発、蹴りてぇんだ」

「ふむ、じゃあ、極意を教えてやる」

「ほんと?」
 レイターが期待の目でバルダンを見上げた。  

 バルダンは、レイターの目の前に人差し指を立てた。
「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。一に練習、二に訓練、三、四が無くて、五に鍛錬だ」
「はあ? 秘密の技とかじゃねぇのかよ」

 レイターはがっくりと肩を落とした。

「お前、今回、たまたま、床に砂があったから善戦したが」
 レイターが手を振りながら遮った。
「たまたまじゃねぇよ。地上戦の訓練だ、ってわかっていたから行ったんだ」

「ほう、策士だな。だが、もうあの目つぶしの手は使えんぞ」
「わかってるよ。あの一回に賭けてたんだ。俺は、アーサーの動きを裏の裏まで見切ってた。全部想定の範囲内だった。だけど、勝てなかった。……あいつ、強かった」

12横顔@2前目怒り逆

 レイターが唇を噛み締めた。
 相手の強さを認めることのできる奴は強くなる。こいつは面白い。

「ふむ、お前、最後よくアーサーの首を引っ掻いたな」
「蹴りをはずした後のことは、無我夢中でよく覚えてねぇ」
 意識せずに敵の首を狙った、ということか。こいつ、急所を身体で覚えていやがる。
「お前の攻撃はめちゃくちゃなようで無駄がない。一体どこで覚えた?」
「あん? 街だよ」

 レイターがマフィアで荒れた街の出だとは聞いていた。
 笑って見ていた隊員たちのうち、何人が気付いただろうか。
 こいつからほとばしる殺気に。
 
 命ギリギリの喧嘩、ってヤツを俺は久しぶりに思い出した。

 レイターをきちんと鍛えてやりたい。
「お前が、街の喧嘩で使わないというのなら、アーサーを蹴れるように俺が教えてやる」

一に訓練のバルダンTシャツ逆大

「ほんと? お願いします」
「あとで訓練場へ来い」
「アイアイサー!」
 レイターは大げさに敬礼をした。

* *


「逃げるな、アーサー。俺が相手だ」
 レイターがまた、僕に突っかかってきた。

 彼の突きや蹴りが、日に日に良くなっているのがわかる。レイターは空き時間を利用して、バルダン軍曹に戦闘格闘技を基礎から教えてもらっていた。
 僕を倒すためにだ。
 興味のあることには執念を燃やす。あまりにも彼らしい。

 艦内では隊員たちの間で、彼が僕を蹴ることができるか、賭けが行われているようだ。

 レイターは、パワーも持久力もないが、自分の思った通りに身体を動かす、という能力に長けていた。
 柔らかい身体を器用に操る。動きが正確だ。

 加えて、生きるか死ぬかという修羅場で身につけた、動物的な勘が恐ろしく鋭い。

 ある日、廊下ですれ違いざま、レイターが突然、蹴りかかってきた。
 僕はすんでのところでよけたが、彼の足先が、僕の軍服を汚した。

 レイターは「ちっ」と悔しそうな顔をして、僕から離れていった。

 僕は服の汚れを払いながら、嫌な予感に襲われた。狭い廊下で逃げ場が限られていたということはあるが、蹴りの伸びが想定以上の速さだった。

 レイターはこのところ指数関数的に急成長している。
 一方で、完成系に近い僕の成長曲線はほとんど止まっている。

 グラフを重ね合わせると、いつか彼に蹴られる日が来てもおかしくない。

 いや、正規の軍人である僕が負けるわけにはいかない。僕は将軍家の人間なのだ。
 戦闘格闘技の訓練に自然と身が入る。

 バルダン軍曹が笑った。
「いいなあ、同い年のライバルがいるっていうのは」
 僕ははっきりと否定した。
「レイターは僕のライバルではありません」

 軍曹は間違っている。
 ライバルとは同程度の能力を持ち、共に切磋琢磨する相手のことを言うのだ。

 と考えたところで、頭がフリーズした。

横顔2軍服口への字

 レイターの現在の能力は、僕よりはるかに劣っている。
 だが、潜在的に持つ才能には、計り知れないものがあった。

 そんなレイターに追いつかれたくないと研鑽する自分の姿は、彼をライバル視し、切磋琢磨していると言えるのではないだろうか。

 そのことに気づいた時、僕は自分で自分に愕然とした。       (おしまい)
<少年編>第七話「初恋は夢とともに」
へ続く
<出会い編>から来た方は第三十二話「キャスト交代でお食事を」

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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