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銀河フェニックス物語 <番外編>  最近の学び ショートショート

 十二歳の僕は最近学んだことがある。十二歳男子の扱い方だ。

 自室で訓練の支度をしていると、二段ベッドの上からレイターがしゃべりかけてきた。
「なあ、アーサー。ヌイってやっぱすごいんだよな。ギターの速弾きがめっちゃかっこいいんだぜ」

ヌイとギター2

 彼は元シンガーソングライターのヌイ軍曹にギターを教わっている。昨晩も楽しかったのだろう、エアギターを弾く格好をしながら悦に入っている。
「お前もそろそろ準備しなくていいのか。仕込みがあるんだろ」
「あ、そういえば、きょうの訓練三十分早く始まるってバルダンが言ってたぜ」
「え?」
 僕はあわてて時計を確認する。時間まであと五分しかない。

「アーサーに伝えてくれって、きのう言われたんだった」
「なぜ、それを早く言わないんだ!」
「今、言っただろが」
「一体どういうつもりだ」

横顔2軍服叫ぶ前目

「あんた、怒るより速くでかけた方がいいぜ」
 まずい。苛立ちながら部屋を飛び出した。ふねの後方にある訓練場まで全力で走る。連絡事項を伝えないなんてありえない。あいつ、わざと言わなかったのか。新たな嫌がらせか?

 肩で息をしながら訓練場へ滑り込む。
「お、珍しいな。アーサーが時間ちょうどとは」
 バルダン軍曹が笑っている。僕は、常に五分前行動を意識している。
「すみません。時間変更のことを今聞いたもので」
 言い訳なんてみっともない、と思いながらも言わずにいられない。
「ああ、悪い。きのうちょうどレイターが来ていたから伝言を頼んだが、あいつ、ギターで興奮してたからなあ。まあ、間に合ったからいいんじゃないか」

一に訓練のバルダン軍服にやり

 バルダン軍曹とヌイ軍曹は同室だ。このふねの隊員はレイターに甘い。

 任務を終えて部屋へ戻ると、軍医見習いのジェームズが訪ねてきた。彼はことし軍医大学校を卒業し、僕と同期の少尉だ。今回一緒にアレクサンドリア号に配属になった。

「レイターはいるかい?」

ジェームズ&トーマス微笑

「まだ、戻ってないが、どうしたんだい?」
 あいつが、何かしでかしたんじゃないかと心配になる。
「前に医療用のピンセットを貸したんだ。そろそろ返してもらおうと思って」
「医療用ピンセット?」
「あ、あれだ」
 ジェームズはレイターの机の上を指さした。そこには作りかけの巨大なプラモデルが鎮座していた。全長が八十センチぐらいある戦艦。シニア雇用のハインラインさんにプレゼントされたものだ。レイターは大喜びで夜な夜な作業を続けている。どうやら細かい作業に精密なピンセットが必要だったらしい。

 部屋の半分はレイターのエリアだ。
 ゆっくりと足を踏み入れる。何が落ちているかわからず危険だ。食べかけの菓子袋の下に飲みかけの飲料ボトルが隠れている。一体、いつのものだ。腐ってるんじゃないのか。
 最初のうちは僕が掃除していたが、いくら片付けてもタスクが減らない。馬鹿らしくなって干渉することをやめた。
 靴下が片方だけ落ちていた。ちゃんと洗濯しろよ。これじゃ物を失くすはずだ。机に近づいたが目当てのピンセットが見当たらない。

「ジェームズ、すいません」
 僕は頭を下げた。
「どうしてアーサーが謝るんだい?」
「僕は彼の指導を担当していますから。きちんと言って聞かせます」
「言って聞くかはわからないけどね。兄さんのトーマスもこんな感じだったよ」
 ジェームズが苦笑した。

 トーマス軍曹はジェームズ少尉の双子の兄だ。衛生兵としてこのアレクサンドリア号に乗っている。一卵性双生児で見た目はジェームズとそっくりだが、二人の性格はかなり異なる。

「母は随分悩んでいたよ。同じ育て方をしているのにどうしてこんなに違うのかって。トーマスは大事なことを伝え忘れるし、しょっちゅう物を失くすし、片付けもできない」
「レイターと一緒ですね」
「でも、それが普通なのさ」
「普通?」
「友だちはみんな兄さんと似ていたよ。きちんと片付ける僕の方が異端だった。普通の男子ってのはそんなもんなのさ。今では、兄さんは軍から表彰を受ける実績を上げていて、見習いの僕より立派だ」

 ハイスクールを卒業後、ジェームズは軍医大へ進学したが、兄のトーマスはそのまま連邦軍に入隊し、衛生兵として戦地で活躍した。だらしなかった子どもも、いつしかちゃんと大人になる。いくら口で言っても伝わらない年代、というものがあるのかも知れない。

「アーサーは優秀だからこそ、わからないことがあるのさ」
「レイターが言うことを聞かなくても振り回されるな、ということですね。ピンセットのことはあいつに伝えておきます」
「頼んだよ」

 人を育てるというのは、本当に難しい。
 天才と呼ばれる僕は一度見たものは忘れない。児童心理学の大学テキストもすべて記憶している。だが、うまく生かせていない。
 レイターに甘いバルダン軍曹や隊員たちは長い目で彼を見ているのかもしれないな。経験の違いを痛感する。僕は十二年しか生きていないのだ。

 部屋へ戻ってきたレイターに伝える。
「ジェームズがピンセットを返してほしいって言っていたぞ」
「あ、忘れてた。細かい作業は終わったから、今から返しに行こっと」

12正面笑い

 そう言いながら、プラモデルが置かれている机の浅い引き出しを開けた。
 一瞬、目を疑った。引き出しの中に、乱れなく整然と工具が並べられている。その中から迷うことなくピンセットをつまみあげると、レイターはスキップしながら部屋を出て行った。

 だらしない男子でも、興味のあることならしっかり対応できるのだ。僕は思わず笑った。指導係として学ばなくてはいけないことが、まだまだたくさんあるようだ。    (おしまい)

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」