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銀河フェニックス物語<少年編> 第二話(3) 家庭教師は天才少年

レイターに嫌いな科目をどうやって勉強させるかアーサーは悩んでいた。
銀河フェニックス物語 総目次
「家庭教師は天才少年」まとめ読み版 (1)(2)
<少年編>のマガジン

 子供のやる気を引き出す。という悩みは多くの親が抱えているようだ。情報ネットで検索をかけると大量の情報があふれていた。

 好きなことへの興味と苦手科目を結びつける。レイターの性格や行動から判断するにこれがモチベーションを上げるのに手早そうだ。
 僕はレイターに問いかけてみた。
「宇宙空間で人は生きられない」
「当たり前じゃん」
「どうしてだい?」
「え?……あ」
 レイターの目の色が変わった。
「なぜ、宇宙船の中で生物が生命を維持できるのか。生物学がわからずして宇宙船の構造は語れない」

 彼はこれまで手付かずだった生物の課題を一気に片付けだした。驚くほど理解が進んでいる。呼吸と発酵の演習問題も一つも間違えていない。

 医官のジェームズが楽しげに僕に話しかけてきた。
「生物を教えて下さいって、医務室にレイターがやってきてさ。いやぁ、懐かしいな。あんな問題解くのは」

ジェームズ&トーマス微笑

 レイターは船のどこにでも教師を見つけていた。


 だが、とにかく現代文には困った。彼にとって文学を読むことは苦痛ですらあるようだ。
「本なんて読んでたら目が悪くなるんだぜ。操縦士には命取りさ」
 レイターはベッドの上の段に寝っ転がりながら、携帯通信機を使ってゲームを楽しんでいた。器用な彼はゲームも得意なようだ。

「視力が落ちるのは本のせいじゃない。通信ゲームも一点を見続けていれば視力は低下する。目の構造を理解すればわかることだ」
「マジ?」
「読書によって自分の知らない世界を知ることができるし、現実の世界でできないことも本の世界を通して楽しむことができるんだ」
 僕が読書の意義を説く。彼はゲームを止めて僕を見た。
「ふ~ん、あんたが文学とやらを読んでる理由がわかったよ。下々の生活を知りたいんだ」
「なっ」
「俺はあんたとは違う。やりたいことは本の世界じゃなくて自分でやる」
「読書によって他者の考えを知ることもできる」
「あん? 現実の方が面白いだろうが。あんたもマフィアの世界で暮らしてみろよ。裏切り、嫉妬、色恋に暴力、気がつきゃ殺人、何でもありだぜ。事実は小説より奇なり、ってな」
「……」
 屁理屈だが経験からくる妙な説得力を持っている。この僕が反論できない。士官学校のディベート授業でも負けたことがないのに。

横顔 下目普通2逆

「とにかくさぁ、文学読んでる暇があったら『航法概論』覚える時間に充てた方がマシだろ」
 その行動原理はわかりやすいほど徹底している。

 運航に必要な星系の名前はどんなに難しくても間違えないのに、普通単語の綴りは相変わらずミスだらけだ。直すためには努力が必要だが、その労力に価値を見出させることができない。

「綴りを間違うな」
「意味は伝わってるじゃねぇか。綴りチェッカーが直してくれるし」
「直しが多いと頭が悪く見えるぞ」
「バカで結構。あんたに比べりゃ誰だってバカだ」
「君は馬鹿ではない。だが、馬鹿に見えるということは他人からの評価も下がるということだ」
「評価が下がって困ることなんて何もねぇよ。あんたは将軍家の天才って言われてるからバカに見えたら恥ずかしいんだろ」
 そんなことを考えたこともなかった。
 だが、違うと言い切れるだろうか。
 将軍家にふさわしい行動を求められ、それに応じることに疑問を抱いたことはなかった。裏を返せば、僕はレイターが言う通り自分の評価が下がることを恐れているのかも知れない。
 感情の痛いところを的確に突いてくる。やりにくい。

 論理的に説得できなければ、最後は脅すしかない。
「次の綴りのテストで九十点以上が取れなければ、このふねから降りてもらうようアレック艦長に進言する」
「く、くそ~」
 レイターは僕を恨めしそうににらみつけた。

12レイター小@Tシャツ真面目

 彼をこのふねから降ろすということは、地球の福祉施設に戻すということ。それは、マフィアに殺されるということだ。レイターも腹をくくったようだ。文字通り死ぬ気で綴りを覚え始めた。

 仕方がない。
 レイターが間違えやすい単語を部屋中に張りまくった。
 一度見たらすべてを記憶する僕にはよくわからないが、常に目に入れておくのは暗記に有効らしい。落ち着かない部屋になったがこれも任務だ。遂行するためには一つずつ解決して進むしかない。
 何のために? 自分の評価を下げないために?

 頭を抱え、ゆっくりと息を吐く。

頭を抱える逆

 なぜだろう。レイターと向き合うと、自分の嫌な部分が次々と見えてくる。
 こんなことは初めてだ。なぜ、自己がレイターに投影されるのだろう。同じ年齢だからだろうか。
 合わせ鏡の中に、醜い自分がどこまでも続いているように錯覚する。

 僕は、まるで初めて鏡を見た幼子のように混乱していた。       (おしまい)   第三話「流通の星の空の下」へ続く

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」