金曜日看護学生と。

コロナウイルス感染もやや収まってきたのか、最近看護学生の実習が始まった。

看護学生は20歳前後のピチピチのナースの卵たちだ。学生の同行見学を許可してくれるお宅へ(なかなかない)一緒に訪問する。

そこで学生は患者さんの熱や血圧、脈を測定したり(血圧計を腕に巻くのとか、もたもたしていてかわいい)病院とは一味ちがう「家で生きていくための看護」をみてもらうのだ。最近の在宅看護の実習は、一人の患者さんを追って経過をみるのではなく、毎日いろんなお宅へ行き、ひたすらその家の訪問看護をみるのだ。患者さんは、年齢も病気も違うし、利用している社会的なサービスも違う。介護する家族も、介護環境も違うから、毎日、学生が何をみて学んだか?を書かなければならない看護実習記録は大変だろう。

ある金曜日。けんさんの家に学生と同行した。
けんさんは70代後半。要介護5だ。60代の奥様が一人で介護している。奥様は“きちんとした”感じの人だ。

けんさんはバリバリ!バリバリ!!の銀行マンだった。5年前のある日、脳梗塞を起こして倒れた。命は助かったが寝たきりになった。自分では寝返りもうてない、食べられない。そのために胃ろうをつけた。在宅療養は5年になる。

けんさんの家は、私が訪問している中で一番家がきれいだし、介護環境もばっちり整っている。奥様は私たちに丁寧に接していただけるので、学生を連れて行っても安心な家だ。ほんとありがたい。家や部屋のキレイ環境は人によって基準が違うのでなんとも言えないが、時折、ほこりなどで灰色の家や、整理整頓ってなんだっけ?みたいな家に行くと、訪問の後に学生から「在宅は・・・ちょっと・・・無理ですぅ」などと、けんもほろろなことを言われてしまう。「おいおい、この部屋も患者さんの一部なんだぜ。看護の目で興味持ってみてちょうだいよ〜」と言いたくなるが、学生だしね。合わない部署もあるだろう。仕方ない。

さて、今回の実習生は、アイラインが印象的なピチピチの上にとても積極的な子で感心した。
在宅看護のいろいろなことに興味があるらしく、ケアの見学はそこそこに、奥様にいろんなことを質問していた。けんさんが脳梗塞を起こしてからの物語。奥様がどうして在宅介護を選んだか。奥様の暮らしについて・・・など。

“へーそんなことにまで興味があるのか・・・”私は横でケアをしながら聞いていた。けんさんの在宅看護は何をしているかをみて欲しかったが、奥様の話をひたすら聴くのも看護なのでよしとした。訪問時間内でやる事が多いから仕方ないけど、けんさんのケア中心だったから奥様の生活のことを聞いた事はなかったが、学生との話から、そこまでしていたのか!と脱帽するような介護をされていた。

脱帽するような介護って言うのはこんな内容だ。

けんさんは、脳梗塞の後遺症で全身に拘縮がある。胎児のように手足を縮めているというのがわかりやすいと思う。これが少し伸びている感じ。さらに上半身と下半身がすこーしねじれている。

食事は口と喉のリハビリで少々とれるようになったが、飲み込みに時間がかかって疲れてしまうので、お腹に胃ろう(腹から栄養を入れられる穴。胃に繋がっている)がある。生きていくために必要な栄養は胃ろうから栄養剤を入れる。口からは楽しみ程度の食事となる。ちなみにこの時、体を起こしていないと栄養が腹に収まらないため必ず体を起こす(間違って逆流すると肺に入り肺炎を起こすこともあるから)。

在宅では、パジャマのままの人が多いが、このお宅では、毎日朝晩着替えをしている。朝、昼、晩とベッドから車椅子にリフト(ハンモック状でつりあげ移動させるもの)を使って移動させ、車椅子に座って胃ろうから栄養を入れる。さらに夕方は、お夕飯を全てミキサーでペーストの状態にして!食べさせている。食事が終わったら、1時間ほど一緒にテレビを見て、ベッドへ戻す。もちろん数時間に一度はおむつの交換もある。

・・・介護をちょっとかじった人ならわかると思うが、これはスゴイことなのだ。それも一人で!これだけできていたら優勝だ!
これだけの内容、小さいベビーなら問題なくできるだろう。でも想像してみてほしい。大人の男性が手足をやや縮めて寝ている状態を。痩せて、縮んだとしてもやっぱり大きい。50kg以上はある。このような人を動かすのは、技術がない人にはなかなか大変なことなので、だいたいみんなベッドから下ろすことはせず、ベッドの頭側を上げるくらいで終わらせる。車椅子に座らせるのは、リハビリの時と時々のイベントの時くらいじゃなかろうか?

私は聞いて驚いた。
これを毎日5年間続けていたのか・・・。
さすがに学生も「えー!大変じゃないですか?」などと驚きの声を上げていた。私も「奥さん!やりすぎだよ!もっと手を抜いていいのよ!」と言いたかったが、心の中で叫ぶことにして「ねー。奥さん頑張っていらっしゃるでしょ〜」なんて軽い言葉に変えて、奥様側に立った。

すると学生がこんな質問をした。「奥さんは介護中心で大変ですね。自分の時間が無いじゃないですか!趣味などはないのですか?」
おいおい・・・本人の前だぞ・・・と少し凍りかけたが、奥様は学生の率直な質問にこう答えた。

「あはは、そうね。介護は大変ね。ん〜自分の時間がないと言えばそうね〜。昔からの趣味はあったんだけど、そちらにハマってしまうと、けんさんの方が疎かになっちゃうのよ。だから、今はけんさんに付き合おうかなぁって思っているのよ・・・」と言って奥様はウフフと笑った。

「・・・ああ」学生からため息が漏れた。

私もケアの手が止まり顔を上げて奥様を見た。私たちは、奥様の言葉に感動したんだと思う。けんさんは横になったままずーっと奥様を見ている。少し静かな時間が流れた。

「今は、付き合います」
奥様の言葉は、その後けんさんの訪問が終わるまで私たちの中に沁みた。
“愛”の説明は難しいが、奥様の言葉は、愛を表現する言葉だと思った。

学生の質問はここで終わった。あとはケアをみていた。

帰りに学生にどうだった?と聞いてみた。

するとすごい勢いで学生が言った「私、前の病院実習ですごく不親切なナースに会ったんです!患者さんにすごく冷たくて、あんなナースには絶対なりたくないって思ってたんです!その病院に就職するのやめました!それで今日、奥さんが‘あんないいこと’言うから感動しました!在宅看護っていいですね。優しい看護師になりたいです!」

きっとこの学生は前の実習で“冷たい看護師”に遭遇し傷ついているのだろう。働き始めたらそんな“冷たい奴“はたくさんいるが、ぜひ負けずに“優しい看護師”になっていただきたい。奥様のけんさんに対する心意気はきっとこの学生を一生助けるだろう。

次の訪問を控えていたので、学生とはここまでになったが、いつもは聞くことのできない奥様の心意気を聴いて、心が救われた出来事だった。

私もこれまでいろんな人に“付き合ってもらった“んだな・・・。と、自転車をこぎながら、いろんな人の顔が浮かんだ。

つづく

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