見出し画像

恐怖!YesけんこうDx

「では、これから、血液取っていきますね」

採血。

健康診断で、最も緊張する種目のうちのひとつである。


席に座って肘を置いた瞬間から既に、看護師が準備する注射器から、目線を逸らしていた。針が自分の腕に刺さるのをガン見する特殊人種もいるらしいが、私はそうしない。現場を目の当たりにすると、触覚と視覚の両方で痛みを感じることになり、2倍の痛みを伴う可能性があるからである。そして、看護師が手元を見られている事による緊張で、普段の力を発揮できず、思わぬミスをしてしまう可能性を防ぐ、という側面も持っているのだ。お互いが最高の状態で採血に臨むためのリスクアセスメントである。


看護師がアルコール綿で、私の内肘を擦りながら、
「今まで採血で気分が悪くなったことはありますか」
と言った。採血を行ったことのない人のために言っておくが、これは採血に挑む者が、必ず聞かれることなのだ。


しかし、そもそも血を抜かれて、気分が良い人間などいるのだろうか。「正直、いい気分ではないですよね」と言いたいくらいである。私は、誰のためにもならないなら献血もしないし、パッと見で健康かどうかわかるなら、血液検査もしない。

そしてここで、「ないです」と答えたあと、最も緊張が高まる。実際、「ない」としか答えたことがないので、例えば「ある」と答えたときに、何が待っているのかを私は知らない。

そのため、もしかしたら、"今までは大丈夫でしたけど、今回はどうかわからないです"と答えたほうが、私の腕を丁寧に扱ってくれたのではないか、ということが、いつもこの瞬間によぎるのだ。

だって、「今まで1度も死んだことがないから、今後も死ぬことはない」なんてことがあり得ないのと同様に、これまで起こらなかったことが、今回起きてしまうことだって、あるかもしれないじゃないですか!実際、大学2年まで1度もインフルエンザにかかったことがなかったのに、急にかかって、キャンプに行けなくなったことだってあったんですよ、、!!



しかし、30歳にもなって注射でビビってんなよ、とか思われるくらいなら、もういっそ突然倒れたほうがいい、という自意識から、今回も「ないです」と答えた。


「チクッとしますね。9ml取ります」
量を伝えてくれる看護師だった。そうだ、よく考えてみると、血液検査で採取される血液など、せいぜい数十ミリ程度のものである。これで気分が悪くなる可能性もあるのだろうか。
ということがあまりにも気になって、
「採血で気分悪くなるっていうのは、血がなくなって気持ち悪くなるんですか?」
と、看護師に聞いてみた。


すると看護師は飄々と、
「このくらいで貧血になる人はいないですよ。献血だと400mlくらい取りますしね」
と答えた。


えっ

「気持ちの問題ってことですか」
「そうですね」
あまりにもあっさりと、看護師は言った。

それならそうと、はじめから言ってくれればいいじゃないですか!と言いたい気持ちであった。気分が悪くなったことはありますか?などと言われると、気分が悪くなる人もいるんだ、、という緊張感で気分が悪くなりそうなものである。かえって、「血を10ml抜いても何の支障もないですが、精神的なもので気分が悪くなる気弱な人もいますが、あなたはどうですか?」と聞いてくれたほうが、自信をもって「大丈夫です」と言えたはずである。



とか考えている間に健康診断は終わった。

なんだか大仕事を終えたような気持ちになって、検診センターを後にした。


家に着いてから、私の血液の色は濃すぎだったんじゃないかとか、あの内科医の表情はなんだったのか、などということが、うっすら気になりはじめた。

こうして結果が返ってくるまでの間、私はまた、健康診断にいたぶられるのだ。



この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?