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結婚記念ビールを造りました #木内酒造 手造りビール工房【後編】

結婚式を挙げる記念に、オリジナルのビールを造ろうと思い立ちました。そういうわけで、常陸野ネストビールで有名な木内酒造の「手造りビール工房」にて醸造体験をやってきました。という話。

前編はこちらです。

【5】 ヨウ素テスト

40分間のレスト(待ち)の後で、ヨウ素溶液による糖化終了テストを行う。数回の循環作業の後、タンクから出した少量の麦汁にヨウ素溶液をいれる。溶液が反応して紫色になるならば、デンプンが残っている。反応しなければ、デンプンが十分に糖分に変わっているということなので、前段の作業による糖化が完了している。

要するに、小学校高学年のときに理科の実験でやったアレだ。約20年ぶりの試験だが、自作のビールの成否がかかっている。当時より緊張した。

(麦汁をタンクから出すようす)

結果、麦汁と混ざりあった溶液の色は変わらず、糖化完了が確認できた。

【6】 マッシュアウト

糖化が終わったので、今度は酵素の働きを失活させねばならない。タンクの中を撹拌しながら、麦汁の温度を76℃ まで昇温させる。

これによって、晴れて糖化した麦汁を造ることができたわけだ。ただし、この時点での麦汁はモルトの殻や濁りが混ざった状態。隣の煮沸釜に移動させるにあたり、次の工程でろ過を行う必要がある。

【7】 ろ過
【8】 移動・スパージング

糖化の工程にはイギリス式の「インフュージョン」とドイツ式の「デコクション」の2つがあり、手造りビール工房は「インフュージョン」方式だ。今回、糖化の開始にあたって一気に麦汁温度を65℃ まであげたが、デコクション方式の場合は、糖化の前に50~55℃ の温度を一定時間保ち、タンパク質を分解する工程がある。

ろ過の工程でも違いがある。糖化後、釜内の麦汁中には一頻りエキスを出した後の麦芽、殻、粕といったものが、層となって沈んでいる。インフュージョン方式では、その麦芽の層自体をフィルターのように利用して麦汁を循環させ、ろ過するのだ。一方、デコクション方式では別のタンク(ロイタータン)へ一旦麦汁を移し、フィルター部材を使ってろ過する。自分はデコクション方式のろ過設備を実見したことがないが、いずれ見てみたいと思う。

そんなわけで、インフュージョン方式の今回は、まずは循環。タンク下部から出した麦汁を上から戻す。フィルターの役割をしてくれる麦芽層を舞い上がらせないように、そっと静かに作業する必要がある。

こうして粕や濁りを除去して出来るのが、所謂「一番搾り」、一番麦汁

(ピッチャーに注がれる「一番搾り」)

糖化前の麦汁と比べると、恐らく淡色モルトの粕に由来していた白っぽさが抜けて、今回の狙った色調に近い液体が出てきた。糖化が済んでいるため、飲むとしっかり甘い。キリンの「一番搾り」工場見学でも一番麦汁を試飲させてもらえるが、今回の場合は製造からやっているので感慨もヒトシオ、しかも飲み放題。後工程への責任の範囲においてだが。

とはいえ、釜に沈んでいる麦芽層内には、まだまだ糖分ほか有用な成分が付着し、余っている。ろ過が終わった次の工程はスパージング。麦芽層にお湯をかけて、層内に残留したエキスを抽出していく。こうして出てくるのが「二番搾り」、二番麦汁

手造りビール工房では、スパージングはタンクの上からジョウロで温水をかけて行う。麦汁層プラス1センチ程度の水位を保つのがポイントらしい。その間にも下部から麦汁をピッチャーに出し、隣の煮沸釜へ移動させていく。

スパージングをやりながらのタンク間移動作業を、所定の麦汁量(今回は完成時45L分、写真だと白い線の箇所が目印)が確保できるまで、やっていく必要がある。

正直、この工程が一番重労働だった。ジョウロを入れる係と程々の分量ごとにピッチャーで煮沸釜に移動させる係。Mさんと交代しながら、20~30分ほども作業しただろうか。ある程度の空調はあったはずだが、雨の日というのもあろうか、工房内もやや蒸してきた。

ジョウロにせよピッチャーにせよ大して重いわけではないのだが、日頃のデスクワーク中心の仕事、運動不足も祟って、我々二人には中々ハードだ。少々口数も少なくなってくる。しかし30代サラリーマンの悲しい性か、恐らく年下のスタッフの方の目も気になり(たぶん絶対に気にしなくていい)、沈黙を避けようと愚にもつかないリアクション(「1/3くらいいきましたかね!」「意外とこの時点で泡立つんですね!」等)をとってみたりする。余計に時間の流れが遅くなる。

最終的になんとか規定の分量を満たし、煮沸釜に濃い茶褐色の麦汁をスタンバイさせることができた。終わった頃、昼食時に飲んだ「ジャパニーズ・クラシック・エール」の度数が7% もあったことを思い出す。バテるわけだ。セゾンかセッションIPAにすべきだったかもしれない。

ともあれ、もう一杯ビールを飲みたくなるような晴れ晴れした達成感もあった。今日の体験に関して言えば、残る工程もあと少しだ。


【9】 麦芽粕の取りだし

煮沸作業に入る前に、役目を終えた麦芽層を釜から取り除く。ビールの味わいは麦芽とホップにより骨格を為す。いざ自身でやってきた工程を振り返ると、糖分抽出に色付けにフィルター係に、この「麦芽くん」達の貢献たるや、如何に大きいものか。この後スタンバイ済みの麦汁に浸かるばかりのホップが呑気な存在に見えてくる。いや、前の工程がシンドかったからそう思えるだけか。

手造りビール工房の場合、役目を終えた麦芽くん達は最後まで有効活用される。近くの農業高校で、家畜の飼料に混ぜて供されるそうだ。原料ロスに配慮し、地域と共生するクラフトブルワリーの在り方も垣間見た気がした。


【10】 煮沸・ホップ添加

煮沸釜に移した麦汁を100℃ で35分間煮沸する。その間、ホップを順次投入していく。苦味づけの1stホップ(今回はチヌーク)は20分間、香りづけの2ndホップ(チヌーク、ザーツ)は10分間、同じく香りづけの3rdホップ(ケントゴールディング)は5分間煮沸する必要がある。煮沸によってホップのアルファ酸が抽出されイソアルファ酸と呼ばれる苦味成分になる。一方、香りの成分は煮沸と共に揮発するので、それぞれのホップの投入タイミングは重要だ。今回はやっていないが、煮沸後にホップを加えるのがレイト・ホッピングやドライ・ホッピングといった、ホッピーなビールを造る手法である。

今回は苦味を穏やかにしたイングリッシュ・ブラウンエール系を志向したため、英国原産のケントゴールディングを選んだ。ハーブや紅茶に例えられる上品な方向が特徴だが、果たして、うまく反映されたビールに仕上がるだろうか。

(なんだか生産者さんのような持ち方をしているが、ペレットである)


【11】 ワールプール、ワールプールレスト

煮沸済みの麦汁を一方向に混ぜて流れを生み、釜内に渦巻き状の流れを生む。これによって、煮沸時に生じたタンパク質等の凝固物(トループ)が中心に集まり、やがて沈殿する。この工程をきちんとやることによって、ビールの透明度を保ち、渋みやエグみのないクリーンな味に造ることができる。今回は手作業だが、ポンプを使って流れを生んだり、独立したワールプール用のタンクにポンプで流し込む方式があるようだ。

【12】 麦汁冷却

パイプラインを介して熱交換設備に麦汁を送り込み、20℃ 前後まで急冷し発酵容器に取り出す。メイン操作はスタッフの方だが、体験の中では最も産業革命チックなテクノロジーを感じさせる工程で、勝手にワクワクする。写真の通り、麦汁を送り出すバルブ操作は自分でやった。

手作業でのタンク間の麦汁移動は実に大変だったが、今回の移動は数分内にあっけなく終わった。なんだか機械に負けた感があるが、今日の美味しいビール文化は醸造機械の発展の成果だ。ともあれ、かくて工房内での醸造体験、具体的には発酵前の麦汁を造るまでの工程を完了できた。

できあがった麦汁を飲んでみる。麦芽由来の甘味に、ホップペレットから生じた青い雑草感。正直、そのままでも嫌いな味のベクトルではないが、やはりアルコールと炭酸がなければ別物だ。完成品のビールが、ますます楽しみになってきた。この後の発酵・熟成・ボトリングについては、木内酒造スタッフの方にお預けして任せることになる。

作業開始は13時、終わった時間はだいたい17時前くらいだ。都内から常陸鴻巣に出たとして、余裕で・・・平時なら水戸あたりで一杯やっても、余裕で日帰りできる時間だ。身体も適度に使って、丁度いい週末のアクティビティとも言える。近隣の方や早起きが平気な方には午前の部もあるので、午後を観光に当てるのも良いと思った。

何より、綺麗で安全な醸造設備で、ほぼ手作業ベースを通じて麦汁造りを実体験できる。いくつか工場見学には行ったことがあったが、自分で経験できる機会は貴重だ。何となく知識で知っていた工程も、手を動かしたり、意味合いを理解しながらやっていくと、理解が違ってくる。後日受けた「びあけん」醸造工程パートの理解にも、役に立ったかも。

そういえば、少し前にインターネットで「中年以降のオタクが趣味への熱意を持ち続けるには、製作する側に回ること」という意見が話題になっているのを見た。賛否はあると思う。今回、自分はビール造りの全工程をやったわけではないし、やった部分もあくまで予め準備してもらった「体験」の枠組みで取り組んだだけだ。しかし、あくまでそれを承知で言えば、やはり享受するだけよりも「自分で手を動かしてやってみる」経験は密度が濃く、とても刺激的に思う。ホームブルーイングができない現時点では尚のこと、ビールファンとして今回の機会に醸造を経験できて、非常によかった。

とはいえ、今回の目的は自分のビール経験値(?)向上ではなく、結婚式で皆さんをおもてなしするビールだ。

瓶に貼るラベルについては、自作したデザインを使うことができる。後日データを工房スタッフの方に送ると、シール台紙に印刷して仕上げてくれる(テンプレから工房で造ることもできる)のだ。乏しいデザインセンスとPCスペックを駆使しながら、その間にも無事発酵が進行してくれることを祈りつつ、完成を待つ

6月上旬のある日、いよいよ完成したビールが自宅に到着した。手前味噌だが、できあがったラベルと共に紹介したい。

M & Y BRIDAL ALE

ラベルについて。正直気恥ずかしい気もしたが、妻の頭文字と自身の頭文字を使い、更に顔写真をポスタライズ加工して載せた。まぁ、こういうのは恥ずかしがっても仕方ないし、含羞がカワイがられる年齢でもないので・・・。

前回も書いたとおり BRIDAL の語源自体に Ale が入っているという話もあるが、まぁ、ここはわかりやすさ優先で BRIDAL ALE とした。

注ぐとこんな感じ。

肝心の中身だが、一言でいうと、モルティさを出しつつ大変飲みやすいビールになった。カラメル系のアロマ、飲むとナッツのような香ばしいフレーバが広がる。口あたりはみずみずしく潤い感があり、アルコール度数は5.5%だが、ミディアム・ライトボディだ。ビタネスは軽度、焙焦モルト系の収斂味も少々。

一種アイスコーヒーのような、クセを感じつつスッキリとした全体印象。ゴクゴクいくのも良いし、あえてゆっくり飲んで、温度上昇によりモルト感が増すのを愉しんでほしい気もする。思ったより色味は濃くなったが、光に透かすと赤みが入って綺麗

ありきたりだが「チーかま」のようなライトなチーズ系のおつまみ、乳製品等への相性がよい気がした。甘い洋菓子にも合いそう。

総じて、ビールデザインとして考えた「一目、一口で手作り感が伝わる」かつ「多くの(クラフトビールを普段飲まない)人が抵抗なく楽しめる」という目的は、かなり達成できたように思える。

一方「自分の嗜好への合致」という点では、デザイン段階ではもっと甘味が残ること(イングリッシュ・ブラウンエールは甘いものからドライなものまである)、もう少し草っぽいホップアロマが感じられることを想定していた。

どこかで再度同様のビールを造る機会があるか未定だが、どうやったら甘く、グラッシーになるかについては、個人的な振り返りテーマとして調べておきたい。

ABV 5.5%
SRM 25.6
IBU 21.5


アロマ :★★☆☆☆
→ カラメル、エステル
フレーバー :★★★☆☆
→ ナッツ、カラメル、コーヒー
テイスト
→ 苦味 :★★☆☆☆
→ 甘味 :★☆☆☆☆
→ 他 :焙焦由来の収斂味
炭酸 :★★☆☆☆
ボディ :★★☆☆☆

式を挙げた自分の地元も酒類提供の規制対象地域だったため、ビールは開栓せず、式の終わりに参列者の皆さんへ配布させていただいた。それでも持ち帰っていただいた後の反応をいくつか聞くことができ、概ね上々である(まぁ、新郎本人に文句を言ったりはしないか)。

式の前後で、いくつか現住所でお世話になっているビアバーや同席したお客さんに飲んでもらったりもした。「優しいビール」という感想が、このビールの味だけでなく意味や位置づけにも合致しているようで、とても嬉しかった。

次はどんなスタイルを造ろうか。

結婚記念ビールを造りにあたり、大変多くの方々にお世話になった。

素人の我々に麦汁造りをサポート・インストラクションし、そして後半の製造工程をバッチリ仕上げてくださった木内酒造「手造りビール工房」スタッフの方々。持ち込みを許してくださった結婚式場の皆さん(倉敷美観地区「華紋」、食事も大変美味しいので、倉敷に行った際は是非レストランに立ち寄ってほしい)。貴重な休みにビール造りを手伝ってくださったMさん(完成品、クール便で発送します)。二人のライフイベントに託つけてビール造り(私サイドの趣味でしかない)を許してくれた。そして飲んでくださった皆さん。

この場を借りて御礼を申し上げます。



あんまり関係ない話。

6月21日、首都圏の飲食店での酒類提供が再開した日、アンテナアメリカの横浜店にて解禁後最初の一杯を飲んだ。淡色モルトとファインホップをしかと楽しめるドルトムンダー・スタイル、Fair State の UNION LAGER.

最近、アメリカのクラフトブルワリーが造るジャーマンラガー系にハマりつつある・・・多くがトラディションに忠実ながら、味の輪郭がよりハッキリしているような気がする。

以上

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