#74 Suicaを右手に持ったまま「アレ?Suicaどこいった?」とポケット探ったハナシ
思い立ったが吉日という言葉がある。何かを決意した時、すぐに取り組んだ方が良いという先人による有難い言葉だ。この「おもきち」は思った瞬間から行動に移すまでの瞬発力が大切だ。出不精や面倒くさがり屋さんなんかには難しい事だと思う。起きようと思ってから寝床を出るという単純な「おもきち」が出来ないという方も多いだろう。
超完璧人間である私の場合、服を買おうと思った日がこれにあたる。
日曜日。もはや夕方なのではという時間に起きた私は、大人っぽいコート着てみたいなと思ってすぐにシャワーを浴びた。
ファッションに無頓着な私なので、住んでいる高円寺のオシャレな古着屋で物色しようという発想はなく、いつも通りUNIQLOに行こうと決めた。
「UNIQLOには総てがある」
全身UNIQLO男ことシノヘの座右の銘だ。
全身UNIQLOで固めて、いざ!と目を光らせた時、Suicaがないことに気がついた。高円寺にはUNIQLOがないので、毎回服を買う時は総武線で数駅の吉祥寺まで電車に乗る必要がある。正直切符を買えばいい話だが、前日外に出た時にチャージした1000円が勿体ないと思うほどの貧乏ヒゲ木偶の坊なので、出来る限りSuicaで移動したい。
どこかな〜どこかな〜と叫びながら探す。本棚、財布の中、バッグの中、旅先の店、新聞の隅。どこにも見当たらない。自分はこのまま部屋の中でSuicaを探しながら死ぬのかなと思った矢先、昨日履いてたズボンのポケットに普通に入っていた。
本当にこいつは照れ屋さんだな。いるならココだよ〜って言ってくれればいいのに。心配ばっかさせて。
家を出て5分ほどで高円寺パル商店街に入った。そこでようやく気づいた。ここの古着屋で良いやん。
しかし、それだと先程血眼になって探したSuicaの意味がない。つい数瞬前まで単なる電車に乗るためだけのペライチだったものが、今や否が応でも電車に乗らなくてはならない枷となったのだ。
Suicaは泣いていた。
「あんなに必死に探してくれたのに、私はあなたのお荷物だったの?」
そんなことはないさ。私は君と共におでかけがしたい、だから探したし、君はひょっこり顔を出してくれたのだろう?
Suicaは涙を引っ込めて笑っていた。
その表情の方が似合っているよ。古着屋なんざあとからいくらでも行けるさ。
はー面倒くせえけどとりまUNIQLO行くかと思い、ついでに下着類と靴下の補充を決意して乗車。
吉祥寺駅に着いて中央改札へ。休日だったため、構内は人の往来が盛んだった。どいつもこいつも吉祥寺で遊んでる自分ドヤって顔をしていやがる。てめえらは必死こいて加工した自撮りをフォルダに溜め込んで焼肉が一番のご褒美だと思い込んだまま一生素人のクソ鬼ごっこ動画にいいねでもしとけ。
人混みの合間を縫いながら改札へ到着すると、まさかの緊急事態。Suicaがないのだ。さっきあんなに私の体力を削りやがった黄緑の悪魔はどこに姿をくらましやがった。
シャツのポケット、ない。
アウターのポケット、ない。
いつものズボンポケット、ない。
ちいちゃな声で、まじフ◯ックなんだけど、と急にギャル口調になりながら、改札までの道を戻る。床には治安に疑問視をむけるきっかけとなるゴミくらいしか落ちていない。ホームへ続く階段にもなく、先程降りたホームにもない。
これは駅員さんに相談するしかないか。本当に足手まといだわ、と奴との関係に終わりを告げた時、何のけなしに右手が視界に入った。
あった。普通に右手に持ってた。
訳が分からない。あるじゃん、持ってるじゃん。
じじいがメガネかけながら「メガネメガネ~?」って言ってるようなもん。カツカレー食いながら「腹減ったな~」って呟いてるようなもん。周りからお前ら付き合ってるだろって思われるくらい普段からイチャイチャしてて、お互いこいつしかいないなって確信しあってる幼馴染に「俺たち、付き合おっか」ってそっぽ向きながらやっと言ったようなもん。
齢23にしてとうとうここまで来てしまった。
あの時の私が親切な方にどうされましたか?と尋ねられていたら、Suicaを右手に持ちながらSuicaを探していますと話す激ヤバイカレ男になっていた。もしくは、恐ろしいほどに長く深く自問自答を繰り返した先で悟りを開いた偉人に。
完璧人間であるこの私が、こんな恥ずかしい失態を犯すはずがない。もしかすると私は本当はSuicaを持っておらず、電車を降りたあと、宇宙人に連れ去られて地球の情報と引き替えにマイクロチップを埋め込まれ、戻されしなに優しい宇宙人がSuicaを持たせてくれたのかもしれない。
真相は闇の中。しかし確かなことは、私がSuicaを右手に持ったまま「アレ?Suicaどこいった?」と思ったことと、良い感じの大人っぽいコートがなかったことだけである。
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