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鹿とぬる坊と足の甲に関する考察│奈良放浪記。

もう居ても立ってもいられない。

 今の会社を退職をしてから次の仕事が始まるまで、しばし時間がある。
    幾度となく流行と収束を繰り返すコロナ禍で、完全に収まるまで封印した筈の一人で遠くに行きたいという欲求。

 数年前に作ったいつか行きたい街リストのなかで、沸々と湧いてはたち消えていた平城の京、奈良。
 中学の修学旅行でおおよそ京都とセットでくっついて計画されていたせいもあり、五重塔くらいしか記憶がない。

 「あれは法隆寺だったか?それとも東大寺だったか?」
 霜が降りる朝、当時14歳のかつての記憶の真相を確かめるべく、気がつけば京都行きの新幹線に乗っていた。

 ところで読者の皆さまは奈良と聞いて何を思い浮かべるだろうか?
    公園の鹿の群れに飛鳥文化、あと身近なところあれば食卓に一品あると嬉しい奈良漬けといったところだろうか。かくいう私もその程度の知識量である。
 関東人である私は、関西で行きたい都道府県と言うとおもに大阪、京都、兵庫県が思い付く。誠に失礼ながら奈良県はどうしてもそれらに隠れてしまい、実際今までの旅もそちら方面がメインだった。
 
 しかし、今回赴いた奈良への放浪の旅を経て、
「なぜもっと早く奈良へ行かなかったのか!!」
という激しい後悔に襲われながら、帰りの新幹線からこの旅日記を書き始めている。20年前には全く気づかなかった、魅力あふれる都市であった。

 新幹線で京都に降り、そこから近鉄奈良線に乗り換え約1時間。奈良駅に到着した私をまず出迎えてくれたのは、しれっと組み込まれたオヤジギャクが書かれたパネルと、使い込まれたゴルフパターの芝生の上に寝そべる鹿二体、そしてかつて論争を巻き起こしその後すっかり存在を忘れかけていた懐かしいマスコットキャラであった。

あまりの情報量の多さに整理が追いつかない。いきなり洗礼を浴びた。

 せんとくんといえば、2010年に平城遷都1300年記念事業として公開されたキャンペーン公式マスコットである。半裸の坊主から鹿の角が生えたその個性的な出で立ちに、某コメンテーターから「ぬる坊」という愛称を授けられ、メディアから事業に相応しいキャラであるかどうかの騒動になった。
 当時学生だった私も失礼ながら面白半分にその様子を見ていたが、ウィキペディアで調べるとその後まさかの奈良県の公式マスコットキャラクターとして昇格し、今では公共交通機関や寺社仏閣、ポストなど街の至るところに見え隠れ、はたまた恋人候補なるキャラの登場にキャラクター使用料の無償化まで発展していたとは!
 同じ時代に社会に出て生きてきた身としては、知らないところで波乱万丈の人生を送っていたことに畏敬の念を感じずにはいられない。


 奈良駅前の商店街を抜けると、春日大社へ通じるなだらかな上り坂がある。途中の興福寺には早くも荘厳な五重塔が見えた。ここで私がかつて修学旅行で見た五重塔は法隆寺であり、奈良県には二箇所有名な五重塔があることに初めて気がついた。
 春日大社へ通じる参道を抜け、本殿へ繋がる売店や公園周辺には既に鹿の群れがいた。

冬毛がびっしり生え、観光客の目線を物ともせずウトウトしている。
寝ながらに周りの落ち葉とカモフラージュして身を伏せていた。
残念ながら私の所持品の中におせんべいは無いぞ。さあ出払った!出払った!

 参道を抜けると、春日大社の本殿が見えてきた。
    今日は節分。本殿では節分祭があると書いてあったので、見れたらいいなと少しの期待をもって階段を登っていた。


「節分祭 令和五年 二月三日 午前十時より 本殿にて」

立てかけた看板にそう書いてある。
現在は午前十一時。完全に時間を間違えてしまった。

    節分豆の他にもお餅やラムネなどのお菓子が撒かれると事前にリサーチしていたので、無類のお菓子好きとしては落胆するのも無理はない。

    途方に暮れつつ仕方なくお参りを済ませると、奥から何やら白装束の一行がぞろぞろと出てきた。

ぞろぞろ。
ぞろぞろ。
美しい巫女さんも出てきた。

 行列は若宮神社と呼ばれるもう一つのお社に吸い込まれていった。
    お社の中までは立ち入ることはできなかったが、祝詞のような声が聞こえてきた。神々しい一幕を見れたのは、時間を間違えた者の救いとして有り難く承ることとした。


 参拝を終えしばらく奈良公園を突っ切ると、奈良国立博物館が見えてきた。ここでは国宝や重要文化財の仏像を多数収蔵しており、常に観るものを圧倒している。
 幸いなことにたまたまこの日は無料参観日だったため、時間を気にすることなく心ゆくまで仏像の力強さに酔いしれた。唯一撮影可能だった高さ五メートルの金剛力士像は特に印象深かった。

一本の巨木からここまで精巧に彫られた仏像も世界的にも珍しい。

ここで、足元に注目した。

 なんと、足の甲に浮き出た血管までもが忠実に彫られているのだった。
    肉体を題材とした彫刻では、筋肉をリアルに再現している像はよく見られるが、古代ギリシャやローマ彫刻でも血管を目立たせる彫像はなかったように思う。運慶・快慶を始めとする当時の職人技術は並外れた観察眼の上に成り立っているのだと感動した。


 奈良駅前まで戻り昼食。定食居酒屋で山の幸がふんだんに詰め込まれた鶏釜飯御膳をいただいた。
    隣の席に座っていたアジア系外国人のカップルも
「Oh!! So Beautiful!!」
と私が頼んだ釜飯にたいそう驚いていた。

豆腐もしっかり絹ごしされていてまろやかで美味しい。
蓋をして15分蒸らしたあと、ゆっくり開けると鶏五目の匂いが食欲をそそった。

お通しのお浸しもついて1,100円。
良心的すぎるお店で、大変な幸運であった。


「なぜもっと早くに来なかったのだろう。」

  遠くに見える生駒山に別れを告げ電車を待つ。
乗り合わせたローカル列車は、電灯が切れて点滅していてなんとも味わい深い。

  新しい仕事が始まるまでのほんのひととき。
旅の醍醐味を改めて体感した。
今度来るときはレンタカーを借りて巡ってみたい。
  それまでに運転は上手くなっておこう。

写ってはいないが、境内の至るところに鹿の大サービスでマスク越しに終始笑っていたのは秘密。

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