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スポーツのドキドキは人生感そのものである

僕はお笑いが好きでよくテレビや動画を観ているんだけど、ライブを観に行ったことは一度もない。

一方でスポーツも好きで、こちらもよくテレビやネット中継を観ているし、何度も観戦に足を運んでいる。

観客という立場から考えると、スポーツ観戦はリスクが高い。

試合結果に勝敗というものがつきまとうので、必ずしも「楽しい」結果が
もたらされるとは限らないからだ。

もしかしたら、ボロ負けして「時間とお金を返して欲しい」という気持ちに
なることも考えられる。

一方、お笑いライブは「思っていたよりおもしろくなかった」ということも
あるだろうけど、基本的に好きなコメディアンのライブを観に行くとすると、そのリスクはスポーツに比べるとかなり軽減されるだろう。

では、どうしてスポーツ観戦に何度も足を運んでいるのか。

そこには、台本のないドラマがあるから。

台本を否定しているわけではない。お笑いのみならず台本に関して「よく練りこまれているな」と感心する。

漫才にしてもコントにしても、何度も練習を繰り返して「芸」として完成させるまでの努力についても尊敬に値する。

しかし、これらは創られたものである。

映画などの映像作品にも繋がるところであるが、どうしても筋書きがあるものなので、スポーツに比べるとドキドキ度に差が出る。


応援するということ

日本にプロサッカーのJリーグができるまで、団体球技において日本のプロスポーツはプロ野球がひとり舞台だった。

プロ野球が持つ世界観について、なんの抵抗もなく娯楽の一部として好きなチームの応援していたのだと思う。

しかし、Jリーグが発足した後に「オリジナル10」と呼ばれるクラブたちがリーグ戦で優勝を争うようになると、野球とサッカーで概念のまったく違う球技同士が徐々に比較されるようになった。

僕は野球もサッカーも好きなので、よく「野球とサッカーどっちが好きなの?」と聞かれる。

基本的に比べるものではないから、こんな質問はナンセンスだと思っているのだが、「そんなのナンセンスだ」と言い放ってしまうと、会話が成り立たなくなり社会性を損なってしまうので、ガマンをする。

ガマンをしたうえで、このように答えている。

「まあ、どっちかと言えばサッカーかな」

理由は個人的なものであるが、プロ野球はもう体感したいことをすべて経験したからである。

リーグ優勝、日本一、両方ともチームが成し遂げた時に僕は外野スタンドにいた。

声を枯らして応援をして、リーグ優勝の時は嬉しくて涙を流して仲間たちと抱き合って喜びを共有した。

試合後に選手たちの真似をしてビールかけもした。応援している者として夢は叶ったのだ。

一方のサッカーは応援しているクラブについて、リーグ優勝の経験がない。

喜びを共有した経験が、プロ野球に比べて圧倒的に少ないのだ。

応援について僕の持論は、勝ち馬に乗りたいわけではない。喜びを共有したいのだ。ということ。

これは、とても難しいことなんだけど、喜び=勝利と定義づけてしまうと矛盾が生じる。

ややこしいので簡単に説明すると、喜びまでの経緯を含めて共有したい。といった感じだ。

応援とは、他人に力を貸して手助けをすること、味方を励まして元気づけること。

ここに、「共に勝利を目指すこと」とは書いていないのだ。

応援できるチーム、クラブがあるだけで感謝できるハズなのである。


スポーツがドキドキする理由

スポーツは、ルールや条件のもとに勝利を目指しており、どの競技にもあてはまるものであり、共通到達点である。

球技に関しては、得点を競うことで勝敗をつけているのだが、バレーボールや卓球のように「何点取れば勝ち」と明確に決められている球技がある一方、野球のように「何点取っても勝敗が決まらない」球技もある。

プロ野球(NPB)の場合は、基本的に時間も定められていない(延長戦を除く)。

そして、サッカーやバスケットボールなどのように、決められた時間制限という条件がさらに加わる競技もある。

時間制限があるスポーツは、なんとなく人生そのものに似ている。

限りある時間の中で、どのようにして勝利を掴むのか。

そのために普段から練習を重ねて、試合で良いパフォーマンスを発揮して勝利に向かってプレーをする。

結果は試合終了まで誰にも分からない。人生も同じだと思う。だからスポーツはドキドキする。

もうダメだ思った時に、逆転勝利なんかした日には奇跡が起こったかのように喜びが爆発する。涙が溢れてくることもある。

人生においても、もうダメだと思ってからどれだけ踏ん張れるか。

踏ん張った後に微笑む天使の存在を信じることができるかどうか。

信じて全力を尽くしても、保証などまったくない。報われないかもしれない。

無理して全力を出した結果、怪我をしてしまうかもしれない。

そんなことは誰も分からないのだ。

誰も分からないから、できることを一生懸命にやるしかないんだね。

結果を求められるのがプロ。

でも、選手当人は結果ばかり考えてもしょうがないと思う。

結果など考えずにやれることを精一杯やって、それで得た結果を粛々を受け止める。

結果に満足がいかないのであれば、また練習するしかない。しかし、満足しても練習するだろう。

結局、やることは一緒。

良い結果が得られても、得ることができなくても、同じなんだ。

だから、結果に捉われず決めたことをやり続けて行くことがプロの道なのだと思う。

人生のプロになりたいのなら、決めたことを一生掛けてやり続けて行く気概覚悟が必要である。

ドキドキした人生を過ごしたいなら、試合に出続けなくてはならない。

試合にすべて勝つことが不可能に近いと言うことを、スポーツに関わる全ての人が知っている。

1試合負けたところで下を向くような選手がいたら、「下を向くな、顔を上げろ」と声をかけて激励するだろう。

それを自分自身にしたらいい。

全試合勝とうだなんて到底無理な話なんだから。勝ち試合もあれば、負け試合もあるさ。


それでは、今日はここまで。

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2016年にフリーライターとして独立したパラレルワーカー。よいなと思うモノ、いいなと思うコト。→https://417ena.net

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