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2023年1月2日 20:40
[3250字:8分] 夜に暗く静かになる庭。事務所窓のブラインドを降ろす梶。「話せないし、話したくなかった。和を乱さない選択。慎重というより、私は臆病なのでしょう」 入り口近くの机の椅子を部屋側に向けて、國村は湯呑を持つ。「所属こそ一カ月違いだが、修治は『中央』との関わりは前からだろ?」「私に東睡の管理を任せたのは前任の椿瑠院でした。椿に瑠璃の瑠でツルさん。知っているでしょう。私の育て
2023年1月11日 12:33
[3309字:8分]「帰って大丈夫なの?」 助手席で松田が訊ねる。「今夜は進展がないと思います。貴方の云う通り、三月迄の安否は隠さないとならない。あの時間、あの場に『中央』の人間が集まるリスク、を知った上で来たのでしょう」 ハンドルを握っている國村の隣。「最近、ゆっくり話す暇もなかったし」と呟く松田。「千景くん、いえ、夏目先生に伝えてください。採点の締め日は土曜日に変更すると」
2023年1月20日 21:06
[4248字:11分] 膝に『蟹』のぬいぐるみを載せて、深夜特急を読んでいたりんねは玄関の鍵を回す音に顔を上げる。テーブルに本を置いて、立ち上がる。「ただいま」 怜莉がドアを開けるタイミングで玄関に飛び込んでくるりんね。「お……おかえりなさいませ」「……ませ?」怜莉はリュックを上り口に置いて笑う。「職場の人、大丈夫だった?」「うん。家族も居たし、着いた時には状態も安定していたし」
2023年2月3日 18:56
[4094字:11分] 交換したリネンの入ったバスケットを抱えた花は施術室から廊下に出る。治療院の玄関チャイムが鳴って、引き戸が開く。「……こんにちは」 灰色の髪をひとつに結んで、作業用のエプロンを着けた花は予定外の来客に挨拶はしたものの、直ぐに振り返って、施術室の真屋を見る。「今日は予約じゃなくて、花ちゃんと真屋先生にシュークリームを持って来たの」 玄関に入って来た男性はサイズの違う
2023年2月15日 20:07
[4130字:10分] 廊下の床に置かれる一本の鍵。「悪かった。桜海(おうみ)の部屋には入らない。開かずの間の鍵も返す。一階の応接間にもう一台机を置く」 部屋の内側で襖に背を付けたまま、梶が螺旋階段を下りる音を、桜海は耳で確認している。 二階は一階の半分の広さ。そして一階を見下ろす為に作られた柵付のキャットウォークに出た桜海は、千社札に囲まれる窓枠の外を見る。縦型のビジネスバッグを
2023年2月27日 07:06
[3418字:9分]「ただいま」 夕方。怜莉が帰宅すると「おかえりなさい」とりんねが居間に飛び出してくる。「兎のルームウェア、着てないの?」 りんねは怜莉の側に来ると「……午前中、洗濯して乾燥機にかけたら、ふかふかになって、一人でふかふかしていたら恥ずかしくなって」と下向き加減に答える。 怜莉は靴も脱がず、笑いながら、りんねを抱き寄せる。「仕事……疲れた」と云うと、りんねの肩に顔
2023年3月11日 21:13
[4346字:11分]「代表の御子息の、桜海(おうみ)さんですか?」 律は高杯グラスを傾けながら、梶に訊ねる。 寺院の二階自室。とりあえず掛けただけのブランケットに法衣を着たままの桜海は目を覚まして、洗面台。顔を洗い、水滴をタオルで抑え、一呼吸を吐く。 そして開かずの間の前。 鍵を差し込み、目を瞑って、勢いで鍵を回す。しかし手応えが返らない。「……」 桜海は瞼を開けて、ムキになっ
2023年3月19日 21:42
[3587字:9分]「修治はどう思ってんの?」 長くなりかけた沈黙から、梶は國村に問い掛ける。「申し訳なく思っています。最終的な責任は私が取ります」「そういう事じゃなくてね。自動的に何かしらの決定事項が発生したんだろ? 其れはお前にも当てはまるんだろ? お前はどうするの?」「私は覚悟していましたから。状況は受け入れていますが、回避したい事態である以上、捜すしか出来ません」「於菟(おと
2023年3月28日 19:16
[3337字:8分] 寝室。ベッドの上。 いつもは怜莉が寝ているスペースで横になっているりんね。ネイビーの生地にドットに広がる星柄のパジャマ。半回転させて蟹の状態にしたウーパールーパーのぬいぐるみ。タオルに包んだ冷却枕に載せた頭。持ち上げたりんねの髪を高い位置でお団子に結ぶ怜莉。「大丈夫?」「うん」 心配そうに顔を見る怜莉は「病院に行こう」と話す。嫌がるりんね。「だったら、りんね。二
2023年4月6日 18:42
[3112字:8分]「西の門は鍵を使えば開きます。来られては困る者が居る故、閉めてある。もし訪ねて来られたのなら、兼明親王の『七重八重の和歌』を『門を開けず』に伝え、帰ってもらってください」「誰が訪ねて来るんですか?」「通称『イブ』です」 事務所の机に一人突っ伏している怜莉。「寝てる」とドアを開けて入って来た桜海(おうみ)が訊ねる。「起きてる。桜海こそ日曜日なのに?」顔を上げて訊
2023年4月16日 22:56
[3978字:10分] 首を傾げるりんね、の顔をしたままの茉莉。「此れ、私の話でしたよね?」「よく分からないけどさ。私はあんたを心配してる側だし」と云ったセリは「どちら側って考えは苦手だけど」と付け加える。「でも今回は完全にあんた側だからね?」 言い切ると蓋を開けたレモンティーのペットボトルを傾けて飲む。「茉莉は困って誰かを頼る質じゃないと思ってた。歳のわりにしっかりして……いや、た
2023年4月28日 19:43
[3917字:10分]「玄関に飾ってあるヒスイカズラの水墨画。描いたの修治の母親?」 問い掛ける梶。「そういえば貴方には色が着いて見えるんでしたね」 答える國村。 梶が中央に来て、一年経った五月。本殿の事務所。 机に置いてある二枚の虎の絵の一枚を梶は手に取る。「『秘匿』の持ち主が描いたんだってね?」 窓際の壁に凭れ、ファイルを開いていた國村は顔を上げる。「其の話は誰から」「岩手
2023年5月24日 19:26
[3932字:10分]「桜海くんも魔法を使えるの?」 3分経って、タイマーが鳴る。 桜海はきょとんとして、まりかの顔を見て、それから二人同時にインスタントヌードルの蓋を剥ぐ。「ハッカちゃんが昔、『中央』は魔法を勉強する処だって云っていたの」「母さんが? 魔法とは違うと思うけど」 揃って「頂きます」と云い、揃って、割り箸を割る。テーブルの向かい合わせ。早めの夕食。インスタントのワンタ
2023年6月4日 20:59
[3444字:9分] 「春が来て、春が来て、また春が来て、夏が終わり、秋も過ぎ、冬になって誕生日が訪れたのなら」「三年。待ってほしいの」 風に薄いブランコの僅かな揺れを抑える怜莉。「……三年」「三度目の春には状況が変わると思うの。今の決まりが何もなくなるから。……その年の冬になったら」 三年という言葉に考え込む怜莉を見て、りんねは急に不安げになり、「また間違えたの……かな」と呟く。