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夏だから、活字弱者も読書する


◇1.読書記録を つけてみたい

私も読書記録なるものを つけてみたい。
ものすごく憧れる。
ただ、読書記録を つけたいのなら、まずは読書しなければならない。

何を隠そう、私は読書が大の苦手である。
本を開いて3行も読めば睡魔に襲われ、1ページ読む前にウトウト夢の中。
3ページも読めた日には、自分で自分を褒めてやりたくなる。
noteなら無限に読めるのに何故だろう。

読書が苦手と言ったが、単に本の魅力を知らないだけの可能性が大いにある。
面白い本に出逢っていないだけとか。

そんな私でも、過去に夢中になって時間を忘れて貪るように読んだ本が数冊あるので挙げてみる。

①『ハリー・ポッターと賢者の石』J.K.ローリング 著
②『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子 著
③『人間失格』太宰治 著
④『四畳半神話大系』森見登美彦 著



時間を忘れて読み耽る、という言葉を私に教えてくれた本たち。

しかし四冊って微妙だなあ。
あと もう一冊 挙げられればスッキリするのだけれども、どうしても思い浮かばない。
『かいけつゾロリ』や『デルトラ・クエスト』シリーズも確かに読み耽ったけれども内容を全く覚えていないから除外とする。

唯一、小川洋子さんの書籍だけは全て読んでみたくなって買い揃えているものの、積ん読状態になってしまっているので少しずつ読み進めたい。


『人間失格』を挙げることに躊躇した。
分かった気になりやがって、と一部の人間から石を投げつけられそうで怖い。
見栄を張っているのだろうかと自問自答したりもしたが、思い返せば夢中になってページを めくった自分が居たし、今すぐ読み直したいとも思えるし、読了しても売らずに手元に残してある数少ない本のうちの一冊だし。
理解が及ばずとも好きなものは好きと堂々と言いたい。


◇2.昔から歳上好きだった

夢中になって読んだ本を挙げながら、ふと集英社「少年少女世界名作の森」シリーズのことを思い出した。

このシリーズと出逢ったのは小学校高学年。
この独特なペーパークラフトの表紙絵が ものすごく懐かしい。
(ちなみに、このシリーズの表紙絵には必ず くちばしを開けた小鳥が隠れておりましてね。
当時その法則を発見して独りで感動した記憶があります。)

図書室に通い詰めてシリーズの大半を読んだはずなのだが内容は全く覚えていないから悲しくなってくるけれども、子供の頃の読書って そんなものなのかな。

ただ、このシリーズのうち一冊だけ記憶に鮮明に残っているものがある。

原題『レ・ミゼラブル』

これこれ、『ああ無情』。
懐かしいなあ、この表紙。
(ちなみに、例の小鳥は燭台の中央。
蝋燭の代わりに薄灰色の小鳥が火を吹いているの、お分かりいただけますでしょうか。
こんな感じで隠れているのです。
つい探してみたくなりますよね。)

次に借りたい人もいなかったから図書室で連続3回くらい借りたし、タイトルも主人公の名前(ジャン・バルジャン)も変だけと面白い!と母に報告した記憶がある。

ちなみに、他のシリーズと同様に内容は ほとんど覚えていない。

本作だけ私の記憶に鮮明に残っている理由は、主人公と少女の歳の離れた二人の関係に猛烈に惹かれたから。

何が きっかけだったのか これといった心当たりが無いのだが、当時から私は歳の離れた成人男性に強い関心があった。

街行く人々の中で つい目で追ってしまうのは、「男子」や「おにいさん」ではなく決まって「おじさん」だったように思う。
当時は大人の年齢なんて全く見当もつかないから「おじさん」と一括りにしていたけれども、思い返せば30代半ば〜40代後半くらいがターゲットだったのではないだろうか。


ただひとつ誤解されないよう言っておきたいことは、子供の私は決して ませていたわけではない。

小学校高学年になるにつれて、クラスメイトの男の子たちに立て続けに からかわれたこと(今 思えば他愛も無い小学生の悪ノリだったはず)が原因で同年代の異性に恐怖を感じるようになってしまった。

クラスの中に、女子同士だと元気良く笑って楽しそうに話しているくせに、男子相手になると もじもじ うつむいて一言も話さなくなる(正しくは「話せなくなる」なんだけどね)不気味な女子、いませんでしたか?
それ、私です。

そんなことも原因のひとつように思えるが、「おじさん」なら男子と違って大人だし、私を容姿で からかったりせず素の私を認めて愛してくれるだろうという不健康な妄想に私は取り憑かれるようになった。

完全なる現実逃避。
これは学年が上がるにつれて ますます酷くなる一方だった。

小学校高学年あたりで、この考えが なんとなく頭を よぎるようになった。
中学校に上がり漫画やアニメを大量摂取するようになると その歪んだ思考は より一層 強くなった。
同年代の異性が怖くて たまらなくて、高校は女子校を選んだ。
高校で電車通学になり 「おじさん」を目にする機会が格段に増えたことによって、その痛ましい妄想が私にとって当たり前の日常と化してしまった。

話が脱線してしまっただろうか。
熱く語りすぎてしまった。

そんな当時の私は、『ああ無情』の少女コゼットに自分を重ねて何度も繰り返し読んだ。
いつか こんな私でも無条件で愛してくれるジャン・バルジャンのような「おじさん」が現れることを夢見て。

まさか母も、10歳そこらの私が そんな歪な妄想を膨らませながら『ああ無情』を読んでいただなんて想像もしなかっただろう。



◇3.読書感想文

読書が苦手な私は、当然のことながら読書感想文も大の苦手である。

これは私が高校生の頃の おはなし。

夏休み直前に先生より配布される課題図書一覧に、どうか既に読んだことのある本が一冊でも入っていてくれ…!と願うような子供だった。
もちろん読書をしていないわけだから既読の本が一覧に入っているわけもなく。

”とにかく何でも良いからサクッと読める、文字が大きくてページ数の少ないやつ“ を一覧から選び出すのも私にとっては苦行でしかない。
コミックエッセイとかあれば、絶対に それにするのになあ〜。

読書好きで一覧の半分以上は既に読んでいるというクラスメイトに こっそり訊いてみた。
「このなかで おすすめ、ある?」

彼女が言うには『夜のピクニック』という小説が とてつもなく面白いらしい。

ほおー。
そうなんだ。
じゃあ、それにしよう。
どうも ありがとう。


課題図書は予約殺到するため図書室では到底 借りられないと分かりきっていたし、わざわざ市の図書館に赴くのは面倒だったため『夜のピクニック』を購入すべく本屋に立ち寄った。

その本は本棚ではなく、夏のオススメ書籍コーナーにピックアップされていた。

へえー。
そんなに有名なんだ、これ。

本を手に取ってみて絶望した。

うわっ。
想像以上に厚い。
ちょっと待ってよ。
400ページ以上あるじゃん。
しかも文字 細かっ。

嫌だ嫌だいやだイヤだヤダやだやだ無理

でも、めっちゃ面白いって言ってたしなあ。
他の課題図書も どうせ そのくらい厚いし文字が細かいだろうし、考えるの面倒だから これでいいや。

私は気怠そうに本を手に取りレジに並んだ。


とまあ、ここまで読んでいただき、なんとなく予想はつくと思いますが、結論:面白かった。

「文字が細かくページ数が多い=難解で退屈」という活字弱者である私の思い込みを払拭してくれた本だった。

活字を追うことに苦しまず無事に読み終えたことに安堵したが、その休息も束の間、すぐに原稿用紙との にらめっこが始まった。
感想文に何を書いたかは覚えていないから、可もなく不可もなく、当たり障りのないことを書いたように思う。


あの夏から14年が経とうとしている。
久しぶりに実家の本棚を眺めてみると、当時 購入した『夜のピクニック』が そっくりそのまま置いてあって驚いた。

実家って すごいよねえ。
若干 日焼けしちゃってるのかな。
仕方ないよね、買ったの14年前だもん。




三十路を迎えて再び読み直す機会がくるとは想像もしなかったが、これは何かの縁だ。
読了したら14年越しの感想文を書いてみようと思う。


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