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平和と令成の狭間を生きる僕たちへ #004

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演じられた僕たち


子供の頃は流暢に話す大人たちの言葉を聞いて、どこかに台本でもあるのかと考えていた。

なんのことはない、台本なんて世の中に溢れていた。

高名な学者やらタレントやらが何を話したら良いかという本を書いている。僕らはただそれをなぞって音を発すれば、打てば響くように答えは帰ってくる。

後は野球の変化球と同じだ。角度やスピードに合わせて微妙に調整してやれば良い。ただただ打席で棒切れを構えているだけでよいのだ。

「お前の目が怖いと思っていたけど、理由が分かったよ。」

傍らに座るイチが言う。彼は僕の中学校時代からの旧き友人であった。
口元からはニコチンを含んだ水蒸気をくゆらせて、手のひらをぱたぱたと降っている。

「きみは物事の本質に興味があるようだけど。その先に見えているのは空虚な洞穴か何かではないのかい?」

そうかな?何となく認めたくない気持ちが先行している気がする。掴みどころの無い理想の様なものを追い求めているような気はしていた。それでもその先に何も無いってことはないだろうさ。


果てなき禅問答


僕は何か自分の非常に弱いところをつつかれたような気がして、彼に少し意地悪な問いをたてることにした。

例えばきみがとてつもなく高価で希少な食材を口にしたとするだろう?
その価値はどのように測れるんだろうか?

「そこには体験があるんじゃないか。」

きみはその記憶をどの程度保有し続けることができるんだい?

「さてね、大事なことはきっと脳のどこかで覚えているだろうさ。」

本当にそうなんだろうか。

小学校などの楽しい思い出話をしても出てくるのは印象的な出来事だけだろう。たぶん、希少な体験や美味しい食べ物も体験していると思うのさ。忘れているだけでね。写真や動画なんかを見てもこんなのあったっけな?って思ったりするんじゃないかな。

つまり、記憶の無い過去は存在しないことと同じなのでは無いだろうか。・・・と僕は思うのさ。

「なるほどね。人間の脳が衰えていくと考えるとこんなに悲しいことは無いね。」

それでも何か残っている方が幾分マシだと思うんだよ。

「合点がいったよ。それで君は最近片手にメモを持っているんだね。」

これは僕が僕の記憶を留めておくための唯一のツールなのさ。頭の中身をデータ化することは今の技術ではできないからね。

「それはまた、徹底しているね。僕には真似できそうにない。」

そうかい、なら更に問おうか。

君には右足があるかい?

「あるだろうね。」

それなら右脳はどうだい?

「あるんじゃないかな。」

そうかな、僕には仮にきみのその頭の左側が空っぽでもわかりはしないよ。

「それもそうかな。ところで、この問答の着地を僕は見失ってしまっているよ。」

つまり、こういうことさ。

君はキーケースとコインケースを一緒に持ち歩くのかい?

それは、きっと君の大事な卵をバスケットに入れるようなことなのさ。

つぶやきと共に生み出されたふわふわと漂うゆらめきは老いた蝶蝶のような影をかたどりながら電球の先へ消えていった。

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