歳差運動3-⑫
色は褪せているが、しっかりとしたつくりの大きな賽銭箱に、賽銭を放り投げた。 賽銭は真っ暗な穴の中に音もせずに吸い込まれた。 夜だろうか…真っ暗闇で周りは何も見えない。 アルマイトの傘がついた裸電球が鈍い光を発し、賽銭箱と足もとをかすかに照らしていた。ここに毎晩お参りに来なければならない。そしてお賽銭をあげ続けなければならない…気がした。するとお金がどんどんとなくなってしまう…うちは貧乏だから、生活に困ってしまうと思った。
家に帰ると昼間のように明るかった。家の中に入ると、何人かの男女の若者が笑い顔で俺を迎えてくれた。何故か、みんな赤い祝儀袋を手にして俺の方に差し出していた… …遠くで、神社の方だろうか(といってもどの方角に神社があるのかわからない)、賽銭箱の上方にある鈴が鳴っていた。誰が揺らしているんだろう? 徐々に鈴の音が大きくなっている気がした……
デジタルの目覚まし時計の電子音で目覚めた。 どうも夢をみていたらしい。 暗い感じの夢だったが、何故か満ち足りた気分になっていた。
急いで支度をして家を出た。昨日が出張で学校を空けたのでたくさんの事後処理が待っている。教室の中は乱れているだろうし、自習のための課題プリントが山積みになっているだろう…
学校に着き、教室に直行しようとしたら、職員室の行事黒板前に校長が佇んでいた。
思わず
「おはようございます」
と口に出てしまった。
「あっ、おはようございます…いつも早いんですね」
作り笑顔のような表情に見えた。
「いえ、昨日が出張だったので…あっ!…昨日はお世話になりました」
「そうそう、出張でしたね。お疲れさまでした」
続けて
「研修会はどうでしたか?」
出張の報告をするのを忘れていた。というより、朝から校長が職員室に待っているとは思わなかったので面食らい、頭から飛んでいた。
~続く