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「世の中は、それほど甘くない」のは、どうしてなのか。それを、改めて考える。

 随分と前のことだけど、不思議な高齢者に会ったことがある。

 その当時、呼び名自体はなかったものの、後期高齢者というような年齢の男性だった。話をしていて、かなりそばで見ても、顔にシワがほとんど見えず、肌のツヤもよかった。

 髪はほぼ真っ白になっていて、だから、それなりの年齢に見えるのだけど、話し方も柔らかく、空気感も穏やかだった。

 微妙に現実感がない存在だった。

 その人は、何代も資産家のようで、その当時の肩書きも自営業的なものだったけれど、自分とは、全く違うものを感じていた。

 その人だけでなく、その親の、さらにはもっと昔の代から、豊かな時間の中で過ごしてきたように思えた。

 もちろん、そんな短い時間で、全てを分かるわけもないけれど、その人が、強い怒りで顔がゆがむようなことは、とても想像ができなかった。

リラックス

 最近は少なくなってきたけれど、少し前まで、夜のFMの番組では、現在のニュースを掘り下げるようにコメンテーターが話したり、それと並行して、音楽を中心としたエンターテイメントの時間の両方が混在していた頃がある。

 その時に、印象的だったのは、その全部の時間の総合司会のような役割をしていたDJの態度だった。その番組に出演していたコメンテーター自身が、本人が悪いわけでもないのに、様々な批判にさらされたりして、番組にざらついた生々しさが漂ったり、音楽に政治的なメッセージが入ったりすることを、総合司会が、かなり嫌がっているのは、リスナーにも伝わってきた。

 ある時、そのようなことについて、こんな言い方をしていたことがあった。

 音楽は、とにかくリラックスして楽しみたい。

 もうロックという分野がクラシックのような扱いもされるようになったけれど、それでも、最初は当然のように政治的なメッセージもあったし、ふざけるな、という現状への怒りを発していたのも自然だった。今は、ヒップホップが世界の市場をかなり占めているけれど、それが政治的なメッセージと無縁なわけもない。

 だけど、そうしたことを、そのDJは生理的に遠ざけたいようだった。

 その本人のプロフィールには、小学校から高校まで私立一貫校出身で、高校時代には短期留学をしたことまで書いてあった。

 もちろん、それだけで全てが分かるわけもないのだけど、この人は、少なくとも経済的には豊かな時間の中で過ごしてきたのだと思った。

怒らない人々

 1980年代。週刊「モーニング」の中で、異質感があるページがあった。
 主人公たちは、穏やかで、怒らなそうで、豊かに見えた。
 それが、「ハートカクテル」という漫画で、そのバブルと言われる時代の中でも違和感もあり、そして、この漫画雑誌の中では、私にとっては、読み飛ばすようなページだった。

 80年代はみんな無謀で、分不相応な夢を持っていた時代。みんなの消費意欲もすごくて、貯金はしなかったんじゃないかな。明日はもっともらえるから、夢を買うために働こうって感じでした。とっても楽しそうでね。会社員の頃、通勤中に僕が連載していた週刊誌を持っている人がいました。僕のページで止まってじっくり読んでくれる人もいれば、ぱっと飛ばしちゃう人もいました。少し余裕のある人は『ハートカクテル』の世界をいいなと思ってくれていたんでしょう。

 これは2018年当時のわたせせいぞうのインタビューで、80年代のことを語っているけれど、この「みんな」に私は入っていないし、「少し余裕のある人」でもなかったのだと思う。

 わたせせいぞう氏も、戦後すぐの生まれで、私立の中学校に通っているから、それだけで断定するのは失礼だとは思うけれど、だけど、経済的に余裕のある家の人なのだと思う。

 あまり現状に怒らなくてもすむ人の可能性もあるし、もしかしたら、「世の中はそんなに甘いものじゃない」と、あまり言われたことがないのかもしれない。

格差

    この著者・ピケティは、資本主義が、元々、フェアではない、ということを証明しているようだった。元々の資本がある人間が、より豊かになっていくシステムで、それはいくら労働しても追いつかないのであれば、時間が経つほど、格差が広がっていく社会になっている事になる。

 どこに生まれるかで、その後の人生まで決まってしまう社会が、フェアとは思えない。

 日本の現状も、その格差がむき出しになっているような状況だ。

 相対的貧困率は主要国でトップクラスです。最大の特徴は母子世帯などひとり親世帯の貧困率が50%前後と極めて高いということ。発展途上国では日本と近い国はありますが、先進国ではほとんどありません。
 最大の問題は、日本の労働者が正規と非正規に完全に分断されてしまったということです。非正規労働の賃金では自分1人が生存するのにぎりぎりの賃金しか受け取れず、家族を養うのも難しい。家族を持てず次世代を生み育てることができない人々が構造的に生み出されるようになったというのは極めて深刻な問題です。

 その一方で、豊かな人はより豊かになっている、という表現は、それほど間違っていないようだ。

 80年代には格差が広がり始め、そうした指摘も多くあったのに、政府は全くそれに耳を傾けなかった。そして、90年代の終わりに、首相の諮問機関「経済戦略会議」が、「日本経済再生への戦略」という答申をまとめます。そこでは、日本経済再生のためには「過度に結果の平等を重視する日本型の社会システムを変革し」、「個々人の自己責任と自助努力をベースとする健全で創造的な競争社会を構築」することが必要だと提言します。これがその後の政府の政策の方向性を決めました。つまり、格差拡大が続き、もうここで手を打たないと取り返しがつかないというタイミングで、政府は規制緩和に大きくかじを切り、事態を深刻化させたのです。                    (「朝日新聞GLOBE+」より)


 さらに、その政府にも、世襲議員が多い。

自民党の議員を見ても、小選挙区で当選した議員のうち33%が世襲議員。これは、世界的に見ても異常なことで、アメリカの場合、下院議員、上院議員の世襲議員の割合はそれぞれ5%程度だという。

 格差は広がり、そして、固定化されがちになっている。

 その上、これだけ世襲議員が多いとすれば、あまり単純に決めつけるのもおかしいけれど、それは、現状維持の傾向を強める政策を取りがち、と言ってもいいと思う。

「世の中は甘いもんじゃない」

 豊かな層に生まれた人たちは、自分たちが豊かであるとは、あまり思わないかもしれない。どれだけ特権に恵まれているかも、分からないはずだ。

 それは、ただの「日常」であるからで、だけど、格差が広がって、それが固定化されるということは、その豊かな層に生まれるかどうかで、その後まで決まってしまうことでもある。

 すでに明らかになりつつあるが、一見、平等そうな「学歴」でさえ、「恵まれた層」に有利なのは間違いない。

 

 豊かな層に生まれなかった人間にとっては、「世の中は甘いもんじゃない」のは、分かっている。全体が貧しくなりながらも、格差を広げることを政策としてきた日本にいる限り、豊かな層に生まれなければ、ずっと「甘い」ことはない。

 だから、「世の中は甘いもんじゃない」と、今も、あちこちで言われ続けているはずだ。

「甘さ」の偏り

 今の日常に大きな不満もなく、経済的力を背景として、ごく普通に、文化的な豊かさも享受できるような、格差社会の「上位層」に生まれていれば、そんなに怒ることもないのかもしれない。

 顔をゆがめるような強い感情に襲われることもそれほどなければ、穏やかな表情と気配を持つ人間になっていくのだろう。

 そして、格差が固定傾向にあるとすれば、そして権力すらも世襲しているとすれば、その上位層に有利なシステムが維持されていく可能性も高い。

 もちろん、そこにいない人間には、想像もできないような大変さもあるのかもしれないけれど、だけど、今は、その有利な層に生まれた責任や使命(世のため、人のため)を果たそうとしている人が多いようには見えないから、その「有利な層の生活」を、格差が広がった下の層から見たら、「世の中の甘さが偏っている」と思われても仕方がない。

 もし、何かいい事と言えるような、「甘さ」(チャンスとも言い換えられるが)がもっと社会全体に均等に存在していれば、それが平等な社会とも言えるのだけど、それが現実化すれば、「世の中はそんなに甘いもんじゃない」という言葉が使われる頻度は、もう少し減っていくはずだ。

 だけど、格差が広がり、その有利さを享受できるかどうかは、どこに生まれるかで決まってしまうとしたら、「豊かな層」以外の層に生まれたら「世の中はそんなに甘いもんじゃない」ということは、強く内面化され、そして、余裕もなく、いつしか怒る気力さえも奪われ、生きていくしかないのだろうか。

 今いる場所で、なるべく幸せになるように、文句を言わずに自分を高めるように生きる。

 それも本当のことだとは思うけれど、今は、それを強く言えるほど、最低限のフェアさのある社会ではなくなっているような気がする。


 だから、「世の中はそんなに甘いもんじゃない」という言葉は、一部の豊かな層以外では、これからも使われそうだけど、「甘さの偏り」について、どうしたらいいのかについては、考えていく必要はあると思う。




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