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「応援の向こう側 ー 2007年の横浜スタジアム」(後半)

(14年前の日本の社会人アメリカンフットボールの観戦記ですが、よろしかったら、前半から読んでもらえるとありがたいです)。

ハーフタイム

 ハーフタイムは15分間。そんなに長いのか。帰ろうかな。でも、せっかくだから見ていこうかな。後半はもっとサクサクと時計が進んでいかないかな。と勝手な事を思っていた。トイレに行っても、まだハーフタイムは残っていた。

 1980年代の後半から、私は細々とこのスポーツを見てきた。最初は取材者として関わり、仕事をやめた後には観客としてスタンドに足を運んだ。 
 バブルの頃は、好景気のせいもあり、日本の社会人アメリカンフットボールは「ブーム」とも言われていた。数年で新しいチームが50以上も誕生した。企業チームが大量動員をして、東京ドームが満員になる事も珍しくなかった。アメリカのプロフットボールのスター選手を日本のチームでプレーさせる、という噂もあった。「ライバルは日本のプロ野球」という関係者もいた、と聞いた事もある。

 しかし、バブル崩壊後、その勢いは急速になくなり、観客数も減り、チーム数も減少を続け、以前の華やかさはまるで「都市伝説」に思えるほど、遠い出来事になってしまった。
 そういう時間の流れは、やっぱり不思議に思える事だった。

 それでも、試合は続いていたし、リーグ戦も歴史を重ねていた。

試合の後半

 2007年11月3日。社会人アメリカンフットボールのリーグ最終戦。ユニフォームが青のチームと赤のチームの試合の後半が始まった。私は赤のチームのスタンドに座って、試合を見ていた。

 青のチームはリーグ上位だったが、すでに優勝はなくなり、実質上、シーズンは終わっていたし、赤のチームはここまで全敗で、この試合の結果に関わらず、すでに最下位は決まっていた。前半は、青のチームが33対0と大幅なリードをして、すでに勝敗は決まっていたといってよかった。

 アメリカンフットボールは、第1クォーターから、第4クォーターで、試合は進んでいく。

 後半の第3クォーターに入ってから、赤のチームのオフェンスは久々にロングパスを決めた。大きく前進し、ゴールラインまであと7ヤードまで来た。そのラインを超えて、ボールを持ち込めば、タッチダウンで6点が入る。

「タッチダウン!」。
「タッチダウン!」。
「タッチダウン!」。

 赤のチームのスタンドからは、やっと応援らしい言葉が上がるようになった。これまでチャンスらしいチャンスもなかったから、「ゴー!ゴー!」という声が繰り返されることが多かった。明らかに、ここまでで一番盛り上がる。

 でも、赤のチームのオフェンスは、得点できなかった。

 また時間はゆるみ、進み方も遅くなり、寒さが増した。反則が再び多くなった。なんだか眠くなってきた。横浜スタジアムのスタンドは、季節のせいか、気温も低く、冷えるせいか、ふくらはぎが痛い。

 第3クォーターが終わった時は午後8時になっていた。帰ろうかと思った時に、右斜め前のベテランの観客の女性が「おさえれば、いい」とつぶやくように言った声が耳に入った。そういえば、赤のチームは、後半になってから得点もないが、あれだけ攻撃されているのに、失点もないことに電光掲示板を見て改めて気がついた。
 0対33で、赤のチームは、勝つ見込みはほぼない。
 だけど、帰るのを、やめた。

スタンドの声 

 さらに時間が流れた。第4クォーターになって、またタッチダウンをとられた。もう完全にとどめを刺された。あとは寒い中で試合が終わるのを待つだけ…そんな空気になってきたと思えた時、私の右側で熱心に応援を続けていたベテランのグループの少し上で、それまであまり目立たなかった男性が大きな声を出した。

 あきらめるな。
 とにかく、点をとってくれ。


 そんな言葉をつなげた後に、さらにひときわ大きくハッキリと叫んだ。

 「おとこだろー!」。

 少しの笑いと共に周囲20メートルの空気が少し変わった気がした。

 それなのに、赤のチームのオフェンスのパスは、相手にとられてしまった。また得点のチャンスはなくなった。
 おとこだろー、と叫んだダークグリーンのダウンを着た男性はそれでも変わらずに太い声で応援を続け、まっすぐにフィールドを見ている。

 また点をとられた。
 0対47になった。

チアリーダーの声

 チアリーダーのリーダーの女性は変わらない笑顔で、「皆さん、メガホンの用意はいかがですか?」と言って応援をうながし続ける。

「がんばれー」とスタンドで応援するベテランのグループは大きな声をかけている。ダークグリーンのダウンの男性は「ゴーゴー!」と言い続け、チアリーダーより先に「オーフェンス!」と叫び、周囲もそれに同調する。あっさりと攻撃が終わっても、今度は「インターセプト頼むぞ」とディフェンスに声がかかる。

 もう最下位が決まっているのに、こんなに負けているのに、こんなに寒いのに、こんなに見せ場もないのに、赤のチームのまばらなスタンドはさらに温度が上がったような気がする。

 試合時間は、残り10秒になった。

「みなさん、メガホンの用意はいかがでしょうか?」。
 チアリーダーが呼びかける。
「ディーフェンス!」。
 観客の声が揃う。明らかに一体感が増していた。

 残り2秒しかない。
 それでもまだ笑顔で声を出し続け、動き続けるチアリーダーと、それに応えるスタンド。少しだけど、寒さを忘れるような空気があった。
 試合はそのまま見せ場もなく、0対47のまま終わった。それでも最後まで見てよかった、と思った。

応援の向こう側

 試合が終わって、フィールドの真ん中に机ひとつだけが置かれた。その前に2人の男性が立っている。今日、リーグ戦は、すべての日程が終わった。男性たちは「Xリーグ」のセントラルディビジョンの1位と2位のチームの関係者だった。机の向こう側には日本社会人アメリカンフットボール協会の役員の男性一人と、その男性に賞状を手渡す役目の若い女性が一人いる。

 すごく寒い。
 そのささやか過ぎる2分足らずの表彰式にも、向こうのスタンドからも、こちらの観客席からも、きちんとした拍手が起こった。

 それから試合を終えた選手達がスタンドに近づいてくると、観客達のほとんどは立ち上がって拍手をしていた。
 主将が御礼の言葉と、申し訳ない、という話と、次の入れ替え戦もお付き合いください、と言って頭を下げるとまた拍手が起こった。それは本気の響きがあった。

 そのあと、チアリーダーの代表がマイクを握り、試合中と同じようなテンションの声で話を始める。
「寒い中、ありがとうございました」。

 こういう状況の中でのあいさつとしては、よく聞く言葉が並んでいったが、途中で声の調子が少し変わった。
「ぜんぶ、来ていただいた人もいると思います。…みなさんの、あたたかい気持ち…」。
 ここでうつむいて言葉につまった。短い沈黙のあとに、さっきまでとは少し違う笑顔で言葉を続けた。
「…ありがたいと、思っております…」。

 午後8時45分。横浜スタジアムの照明は半分消されていた。ダークグリーンのダウンジャケットの男性は周りのゴミを拾い、連れてきた子供に丁寧にリュックを背負わせ、穏やかな表情で去っていった。

 スタンドの人を見上げるように、フィールドから笑顔で話しかける選手達。薄暗くなったスタジアムでVサインで写真を撮り合っているチアリーダーたち。

 自分自身の貧乏で悲惨な体験を本に書き、ベストセラーになったプロの芸人がいる。その人が、テレビの中で、その時のいくつかのエピソードを話した時は、ものすごく笑いながら、同時に感心していた。それは、少ないお米をかんで、かんで、味が無くなったと思ってから、またかみ続けると、ふわっと甘味が広がる時がある。それを「味の向こう側」という、どこか希望にもつながるような言葉で表現したのを聞いた時は、素直にスゴいと思えた。

 今日の試合は、赤のチームにとっては、ネガティブな要素の方が始まる前から多いような気がした。すでに最下位は決まっていた。観客も少なかった。

 それでも、最初は勝利を。途中からは、とにかく得点を。残り数秒になっても、一つでもいいからいいプレーを…と、最後まであきらめない応援を続けた赤のチームのスタンドの観客と、チアリーダー達の姿は、試合が終わる頃には「応援の向こう側」といっていい光景を見せてくれたように思った。

 12月の入換え戦に、赤のチームは勝った。だから、富士ゼロックスは、次の2008年のシーズンも「Xリーグ」で戦うことが出来る。

2021年の「ライスボウル」

 それから10年以上がたった。
 スポーツで日本一を決める試合は、NHKが放送してきたが、以前は地上波だった「ライスボウル」は、今は衛星放送での中継になっている。

 2020年の「Xリーグ」は、コロナ禍の影響で、普段と違う交流戦方式でありながらも、社会人代表はオービックシーガルズとなり、2021年1月3日の「ライスボウル」は、学生代表の関西学院大と戦い、35対18で日本一となった。

 1980年代に「ライスボウル」は、学生代表と社会人代表が戦う形になったのだが、当初は、練習量にまさる学生代表に、社会人代表が勝つのはとても難しいと言われていた。それが、今は、逆のことが言われ始めている。それも含めて、時間がたったのだと思う。




【2007年の時の記録です。公募された賞に応募し、落選した文章に加筆・修正しています】





(他にもスポーツについても、書いています↓。読んでいただければ、幸いです)。

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