マガジンのカバー画像

読書感想(おちまこと)

212
読んだ本の感想を書いています。
運営しているクリエイター

#読書

読書感想 『コロナの時代の僕ら』 パオロ・ジョルダーノ  「不安の中での知性のあり方」

2020年に入ってすぐの頃、1月くらいを思い出そうとしても、とても遠くに感じる。そして、今とはまったく違う社会だったのだけど、それも含めて、すでに記憶があやふやになっている。  それは、私だけが特殊というのではなく、今の日本に生きている人たちとは、かなりの部分で共有できるように思っている。 海外の人たちへの関心の薄さ  最初は、そんなに大ごとではなかった。  新しい病気がやってきそうだけど、そんなに危険ではない。あまり致死率が高くなく、いってみれば、毎年、流行を繰り返す

読書感想 『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』 石井 暁 ----「終わらない戦前」

 もう過去のことになってしまい忘れられているかもしれないけれど、テレビドラマ「VIVANT」が放送され話題になっていたのは2023年の夏の頃だった。  知っている俳優が、これでもかと出ていたし、役所広司と二宮和紀が揃うことも珍しいと思ったので毎週見ていた。だけど時々、組織に忠誠を誓いすぎる半沢直樹のようにも見えてしまったし、もう少しさりげなく行動してくれたらプロの怖さと凄みが出るのに、などと勝手なことを思いながら見ていたせいで、熱狂には遠く、ということは本当に楽しめなかった

読書感想 『ルンルンを買っておうちに帰ろう』  「バブル時代の古典」

 2023年頃、テレビでよく見るようになった一人に林真理子がいる。  様々な問題が噴出した日本大学で初めての女性理事長になり、その後もさらに問題が広がったことに対応するために記者会見で質問をされる立場になり、いらだったような表情で話をしていた。  1980年代からコピーライターとして活躍し、エッセイがベストセラーになり、小説を書いて直木賞をとり、その後は、直木賞の選考委員をはじめとして、様々な要職を務めている。  何冊しか読んだことのない熱心ではない読者の感想として、大

読書感想  『何もしないほうが得な日本』 「停滞する現実の正体」

「失われた10年」と、確か最初は言われていた。  そのうちに、その期間が20年、30年、と伸びて、これからさらに「失われた」年月は伸びそうなのが、バブル崩壊後の、日本の現状のようだ。  そして、気がついたら、その「失われた」状態に適応しすぎてしまって、今も、電気料金が値上がりする、ということになれば、それが本当に必然性があるかどうの検討の前に、すぐに「どれだけ節電できるか」に話題がうつる。  ただ、時々、ちょっと思うのは、「失われていない」状態が、本当にあったのだろうか

読書感想 『母という呪縛 娘という牢獄』 齊藤彩 「奇跡のようなドキュメント」

 この書籍のことを、最初にどこで知ったのかは覚えていないのだけど、その内容については、忘れられなかった。  医学部受験を母親に「強要」されて、9年も浪人し、そして、その娘が母親を殺害する。  そんなことがあるのだろうか。という思いと、そうした当事者がどんな気持ちでいたのか。そういうあまり上品とはいえない好奇心のようなもので、読みたいと思った。  だけど、同時に、とても重い内容だという覚悟のようなものもあった。 『母という呪縛 娘という牢獄』 齊藤彩  最初に、意外だっ

読書感想  『52ヘルツのくじらたち』 町田そのこ 「孤独の果てにあるもの」

「本屋大賞」受賞作、と言われると、前は、気持ち的には避けていたのだけど、やっぱり、選ばれるだけの理由があるのかもと思うようになって、だけど、申し訳ないのだけど、自分が経済的に貧しいこともあり、購入する気持ちにまではなれず、図書館で予約した。  そこには、予約者の人数が掲示されるのだけど、三桁になっていて、11ヶ月待って、手元に届いた。  人気作家、というのは、こういうことだと改めて知った。 (※この先は、小説の内容にも触れています。未読の方で、何も情報を知らないまま読み

読書感想   『おらおらでひとりいぐも』 「孤独の多面性。老いのその先」

 この作品が、芥川賞を受賞したときのニュースは覚えている。  かなりの高年齢になってからの受賞で話題になった。  だけど、このタイトルで、方言なのは分かるので、生まれた場所を中心にすえた話だと勝手に思って、なんだか敬遠していた。 『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子 芥川賞受賞は、翌2018年だから、単行本の初版では、そのことは書いていない。改めて経歴を見ると、自分のイメージよりは意外と最近の受賞で、しかも、自分が無知なだけだけど、映画化までされていた。  先に妻が

『海をあげる』 上間陽子 「正確で切実で鮮やかな日常」

 著者の本業(こういう表現も少し違うかもしれないが)は、大学の教員であり、研究者である。  同じ著者の別の著作(「裸足で逃げる」)を読んで、こんなに「見えている」人が、大学の先生でもあることに、今、もしも自分がノンフィクションの職業的なライターだったしたら、そんな比較は意味がないとしても、とても敵わないのではないかと感じたりもした。  そして、この本は、著者の「目の前の日々」のことを書いたものだけど、著者自身の気持ちの変化も正確に鮮やかに描かれていることで、読者にも、切実

読書感想 『102本の記事で、人気のあった17本』

 noteを始めて2年が経ちました。  毎週土曜日には、自分が本を読んだ感想を書こうと思い、ほぼそのペースで書き続けてこられたと思います。  そうすると、気がついたら「102本」の記事になっていました。  本当であれば、ぴったり「100」で振り返るのだと思いますが、ちょっと過ぎてしまい申し訳ない上に、選んだのが「17本」という、これも微妙な数になってしまいました。  今回は、この「読書感想」に、何人の方が「スキ」をつけてくれたかで、17本を選びました。細々と続けているn

読書感想 『だまされ屋さん』 星野智幸  「人間関係の可能性の拡張」

 妻が先に読んでいて、とても面白いと言っていた。  途中で、すごく顔をしかめていたので、その理由を聞いたら、登場人物に嫌悪感を抱いていたらしいが、それだけリアルに描かれているようだった。  そして、終盤に向けての展開が、意外だった、と感心と共に語っていた。  すごく魅力的な小説に思えたので、内容は教えてもらわないようにして、自分も読んだ。  妻と、ほぼ同じような感想になった。 『だまされ屋さん』 星野智幸  家族の話だった。  そして、その家族は、小説ではよくあるよう

読書感想 『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』 笛美 「気づいたあとも、踏みとどまり、戦い続ける記録」

 その出来事はニュースで知った。  一人のツイートから始まったことが、政策に影響を与えたのではないか、という話だった。  それは、自分からはとても遠かった。  その「笛美」と名乗る女性が本を書いたこともラジオで知った。  その内容について話されている言葉も聞いた。  それは、自分とは縁が薄い話に感じた。 『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』 笛美   読んだら、読む前に抱いていた印象とは、まったく違った。  自分が昭和生まれの男性で、この著者の困難に対し

読書感想 『「利他」とは何か』 「世界を存続させるための出発点」

 少し前まで「偽善」という言葉と「利他」はセットのように見えていたし、日常とは違う場所で、どこかエリをただして聞く言葉のように思えていた。  それが、完全に変わったのは、コロナ禍からだった。  今はデルタ株の感染拡大によって、様相は変わってきたものの、初期の情報では、特に若い世代は感染しても無症状、もしくは軽症のことが多いと言われていた。  しかも、マスクは自分自身が感染しないため、には効果が薄く、誰かに感染させないためにしていることになるらしい。そう考えると、自身の近く

読書感想  『愛と家事』  太田明日香   「時代が動かない場所から」

 読んでいて思い出したのが、「82年生まれ、キム・ジヨン」(リンクあり)だった。  安直な比較は、両作家に失礼だとは思う。ただ、偶然だけど、この「愛と家事」の著者も1982年生まれで、二十歳になった時は、すでに21世紀にも関わらず、作品の登場人物の経験の数々が、もっと昔のことのように感じ、そして、同時に、そう簡単に時代は変わらない、という事実も突きつけられる、ということが似ているように思えた。  それは、私のような昭和生まれの男性には、こうした作品を語る資格はないと思いな

読書感想 『私はあなたの瞳の林檎』 舞城王太郎 「“世界”に巻き込む圧倒的な力」

 舞城王太郎を読んで、面白いと思って、その後に微妙に不安になることがある。  すでに安定したベテランの書き手になっているはずなのだけど、読むたびに、新鮮な印象があって、ただ、そう感じる自分が、「心の若づくり」をしているのではないか、という自意識過剰な不安に襲われる。それだけ、読んでいる間は、その書かれている“世界”に自分がいて、いつもと違う感覚になっているから、余計に、そんな気がするのだと思う。 『私はあなたの瞳の林檎』  2018年に、舞城王太郎は、2ヶ月で2冊の本を続