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中条遺跡 土偶A 2:天冠を被った蛇神

このページでは愛知県刈谷市の中条遺跡(なかじょういせき)から出土した土偶Aと弁財天との繋がりを説明します。

●中条遺跡 土偶A

中条遺跡から出土した土偶Aは頭部に正立三角形が刻まれているのだが,茅野市(かやのし)で出土した仮面の女神(ヘッダー写真)は顔部が逆三角形をしている。
魔除けのシンボルとされる籠目の構成要素である正立三角形(陽)と逆三角形(陰)に別けて見れば,仮面の女神は女性性(陰)を示しており、中条遺跡 土偶Aは男性性(陽)を示したものと受け取れる。

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そして、陰陽の三角形を合わせた形が籠目で、魔除けの効果があるというのだが、国内では伊勢神宮の献灯の柱に刻まれた籠目紋と昔のカゴメ株式会社の商品パッケージでしか見かけたことがないものだ。
ところで、顔部が逆三角形の土偶は他の著名な土偶でも複数見られるし、数多く出土している三角土版も、基本的に逆三角形であり、縄文時代の遺物で正立三角形の部位を持つものは記憶に少ない。
個人的に思い浮かぶものは以下の3点しかなかった。

7三角トウ形土製品/鐸形土製品/大きな口を開けた土偶

その中で中条遺跡 土偶Aの頭部と思われる面に刻まれた三角形に最も近いものが三角トウ形土製品(縄文時代)だ。
この写真はネットオークションに出品された画像がネット上に残っていたもので、画像以外のデータは一切残っていない。
名称の「トウ」は表示できない漢字だ。ただ、「三角トウ形土製品」は出土した場所特有の呼称、あるいは漢字表記であり、他地域では「三角濤形土製品」(新潟県)とか、「三角柱状土製品」(福島県)とか呼ばれていて、統一されていない。
この三角トウ形土製品の正三角形の面に2本の平行線で枠取りがされており、三角形の中に何か紋が刻まれているのだが、それらを無視したように大きな円形の穴が開けられている。
三角トウ形土製品は5面を別々に製作してから組み立てたものらしく、他の三角トウ形土製品によれば躯体内は中空になっているようで、穴は貫通しているようだ。
この土製品を焼き上げるのに、串刺しにして焼き鳥のように回転させながら直火焼きをしたために穴が広がってしまったものではないかと想像してしまった。
焼き鳥なら短時間で焼けるので、竹串でことたりるが、縄文期に金属は無く、木製の串を水で湿らせながら焼いたのだろうか。
三角トウ形土製品は長方形の面を下に置けば、どう置いても三角面は正立三角形になるが、三角面を天地にして置いたり、穴に紐を通してブラ下げた可能性も考えられる。

岐阜県の西田遺跡から出土した土偶は頭部が正立三角形で、目鼻口が凹凸の円形で造形され、登頂に水平線が1本入っており、帽子のように見えるのだが、顎部にも円弧の線が入っており、顎の下部は隠れている。
もしかしたら頭巾かヘルメットを被っていたのではないだろうか。
胸の表現は他の多くの豊満な表現のされた土偶とは異なり、男性にも見えるのだが、男性であるなら、正立三角形の頭部と意味的には一致する。
しかし、頭部を含めて、どこか全体に宇宙服っぽく、そのために胸が隠れているとも受け取れる。

北海道の鷲ノ木遺跡から出土した鐸形土製品は頭部が正立三角形になっており、イカに似ていることから「イカ形土製品」などとも呼ばれるものだが、イカ形をしているのはこの個体のみで、他の鐸形土製品は徳利の口をカットしたり、平らに潰して閉じ、天地を縮めたようなフォルムのものが主流で、祭祀・儀礼の道具とされている。
このイカ形土製品を目にしたことで、中条遺跡 土偶Aが頭部ではなく、頭部の飾りである可能性があることに気づいた。

つまり、天冠(てんがん)ではないかということだ。

8天冠

よく、幽霊が被っている三角頭巾のことだが、幽霊が被っているものも正式名称は天冠であることを、この機会に初めて知った。原型は金属製の冠で、三蔵法師の帽子も天冠である。
原型が金属製なら縄文期には存在しないものであることになるのだが、いわき市の神谷作101号墳に残っていた埴輪は明らかに金属製ではない天冠を被っており、福島県立博物館の学芸員荒木 隆氏は天冠を革を使用して再現していた。

9埴輪男子胡坐像(いわき市神谷作101号墳)

革や木や編んだものなら、縄文期でも天冠の製作は可能なので、中条遺跡 土偶Aが天冠を表現したものである可能性もあることになる。
ただし、天冠は王権が成立したことで存在するものであり、縄文期に王権が存在した可能性は無い。だから国家も成立していなかっただろう。
王権そのものが、縄文期のベーシックな考え方だったと思われるシラス思想にそぐわないものだ。
ついでだが、神谷作101号墳埴輪は天冠だけではなく、顔面も含め、全身に鱗紋が入っている。
この埴輪には「男子胡坐像」という名称が付されているのだが、この全身鱗紋からすると竜神そのものであり、弁財天の原型にも思える。
となると、腰に巻きついているものが気になるのだが、この写真ではよく分からない。
「男子」という判断は胸の表現と腰に差している剣によるものだろうか。
しかし、調べてみると胸の表現は神谷作101号墳埴輪女性像と変わりなかった。だから剣を身につけていても古墳時代の女性祭祀者の正装である可能性も考えられる。実際、八臂弁財天像は剣を持っている。
もし「男子」であるなら竜王の原型とも受け取れる。
神谷作101号墳埴輪の鱗紋のように複数の三角形を組み合わせた紋の中で、典型的なものが三ツ鱗だが、「三ツ鱗」は北条氏が家紋に使用したことで知られており、その由来は江ノ島弁財天にある。
以下のような由来だ。

北条時政は子孫の繁栄を江ノ島弁財天に祈願した。すると、祈願の満願の夜、時政の前に高貴な服を身にまとった女性が目の前に現れ、北条家の未来についてお告げをした。女性はお告げをすると、大蛇に変身して海中に消えていったのだが、去った後には三枚の鱗が残されていた。そこで、北条時政は、その三枚の鱗を家紋に使用することにしたという。

中条遺跡 土偶Aの三本線の三角と三ツ鱗に繋がりがあるのかは不明だが、江ノ島弁財天(現江島神社)の弁天像を見ると、なんと、天冠を被っているのだ。

10江島神社:木造弁才天坐像/神紋

江島神社の神紋は女性性器を意識したものだろう。

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中条遺跡 土偶Aが蛇神につながっている可能性に関しては想定外でした。やはり、101号墳埴輪の腰に巻かれているものが気になります。

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