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【短編】バカヤロウの使い道 1000文字

誰でもない誰かの話

妻の作ってくれる弁当は、俗に言うキャラ弁だ。別に漫画もアニメも特に好きではないはずなのに。流行りの絵を海苔で作って白米に乗せている。

器用だな…。

蓋を開けて1番最初に思ったのはそれだった。実家が檀家になっているお寺のお坊さんも切り絵を趣味にしているから、こういうアート作品はよく見ていた。

ただ、今日はメッセージがただひと言、白米に海苔で書いてある。

【バカヤロウ】
寄席文字で隙間少なく書かれている。お弁当のど真ん中に縦組みで余白たっぷりに。


おかずがない。

え。

まさか、白米の下におかずがあるんか?

白米を慌てて掘ってみる。

ない。

え?

【バカヤロウ】

それしか、ない。白米にはそれしかない。海苔はそれしか言ってない。今までの器用で陽気な海苔アートじゃない。怒りとか恨み。たぶん、それ。
昼休みのデスクで、ただ、海苔を見つめる。お腹は減っているから、ひと口ずつ、白米を口に入れていく。僕が妻にしたこと。なんだろう。バカヤロウなこと。

靴下裏返しのまま、洗濯機に入れた。→【バカヤロウ】

足拭きマットにコーヒーの粉をこぼしたまま片付けなかった。→【バカヤロウ】

ずっとパズドラやってる→【バカヤロウ】

ゴミをテーブルに置きっぱなし→【バカヤロウ】

帰るのが遅い→【バカヤロウ】

…→【バカヤロウ】

バカヤロウの周りの白米を食べきって残されたのはバカヤロウの貼られた白米。ふと、左手の指輪が目に入る。胸の奥がぞわる。指輪を外して刻印を確認する。

09.03 WtoF

昨日だ。
だから、【バカヤロウ】なんだ。

スマホを手に取って、弁当の写真を撮って、LINEを妻に送る。返信がすぐに来た。

『わかったならよし』
……よしなんだ。そうなんだ。ウ、ロ、ヤを食べる。バカだけが残る。

バカ

今日、ケーキとお花買って帰ろう。それだけで5文字分の怒りは消えるだろうか。そしてまた呑気なイラストの海苔の切り絵に戻るだろうか。行方不明のおかずたちも戻ってくるだろうか。

バカは、ひと口で食べる。

何これ、酸っぱ!

LINEが来た。
『バカは、男梅海苔だから。酸っぱいの苦手だよね。ばーかばーか。』

やられた。よりによって最後の一口になるとは。
ばーかばーか。には、ちょっと笑っちゃう。妻は怒ってる時も少し陽気だ。

LINEを送る。
『きょう、早く帰る。』
返信が来る。
『嘘ついたらわかってるよね?』
まだ怒ってるのかな。

わからないな。

ケーキはチョコレートが好きだった。お花は…ピンクのガーベラが好きだったな。うん、帰りに買って帰ろう。

ごめんね。

あ、カモミールティーも買おう。


#猫のサラさんのイラストお借りしました感謝

#小説 #短編 #バカヤロウ

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