【短編】ねえ、朝だよ。  1000文字 

誰でもない誰かの話

朝が苦手だ。

網戸を通り抜ける鳥の声や、今にも崩れそうな空模様も。

いずれ死んでしまうのに毎日毎日、目を覚まして顔を洗って歯を磨き、まだ眠いと思いながらコーヒーを飲む。

確かにもう1人、この部屋には人がいたのにいなくなってしまって。

ますます朝が苦手になった。

今日は土曜日で仕事は休みだ。

「ねえ、朝だよ。起きてよ。」

そう言って僕を起こしてくれたのに。
僕は起きずに「休みだから一緒に寝ようよ」って。そう言って、二度寝も三度寝もする。

その度に呆れたって笑い声が聞こえていたのに。

知らなかったよ。

「ごめんね、なんか病気なんだって。」
「なんの?」
「わかんない、なんか、難しいんだって。」

それが最後の会話になって。

その日は、すごく綺麗な青空が窓から見えて、景色の端っこには萌黄色が点々とあったんだ。


戻ってくることは二度となかった。


コーヒーをひとくち。
iPhoneをいじってSNSを開く。

まだ閉鎖していない彼女のFacebook。
元気だった頃の笑った横顔。

何度も見る。
『ねえ、朝だよ。起きてよ。』

そう言ってくれないかなって。


恋人なんて儚くて。


また、コーヒーをひとくち。
LINEを開く
『必ず戻ってくるから病院には来ないでね。』

なぜ、従ってしまったんだろう。

僕は弱っていく彼女の姿を知らなくて。
死に向かっていくその姿を知らなくて。


思い出せるのは

元気な笑った顔、
喧嘩して怒った顔、
映画を見ながら隣で泣いている顔、
仕事から帰ってきて疲れた顔、
僕が作る料理を口いっぱいに入れていた顔…。

そんな毎日の彼女。


休みの日、
彼女が焼いた蜂蜜トーストを食べて。
彼女がいれたコーヒーを飲んで。

「ねえ、蜂蜜、ちょっとかけすぎだよ。
ねえ、コーヒー、ちゃんとドリップした?」

なんて、文句ばっかり言っていたんだ。

「うるさいなあ…」
って、少し笑いながら言う彼女が可愛くて仕方がなかった。


もう、いない。

人間なんて死ぬんだ。


どんなに愛おしくても。
どんなに尊くとも。


インターフォンが鳴る。

僕に何の用だろう。
そちら側に何らかの用があれど、僕からしたらそちら側に何の用もない。

黙ってやり過ごそうと思う。


もう一度インターフォン。

出ることにした。

「水谷さんですか。」
「はい。」
「ここにサインください」

小さな段ボール箱。
差出人に目を疑った。


開けてみると、目覚まし時計。
手紙が一枚。

『ねえ、朝だよ。起きてよ。』


なんだか今でも彼女に見られている気がした。


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#あたらよ
#晴るる
#ちえるさんの空の写真お借りしました感謝


あたらよ
で、書きたい!!

あたらよ
全部いいんです。

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