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【短編】柿のカーテン 

誰でもない誰かの話


三浦弥平杯ロードレース大会。
走るのが嫌いな僕。
学校の授業の一環で5キロコースには
必ず出なきゃいけない。
学校のジャージと運動靴を持って
梁川総合支所に朝7時に集合する。

僕の住んでる五十沢は、
黒くならない干し柿
あんぽ柿の発祥の地で、
うちも、あんぽ柿を作っている。

コースの下見のために
昨日、学級委員長と一緒にコースを歩いてきた。
あんぽ柿の原料柿が
ロードレースのコースから見える。
僕は柿を見るたびに、家の手伝いがあると言って
この大会をサボれたら良いのにと思う。
「コースを下見するなんて、君は真面目だね」
「全く知らない道だと、
一番最後になった時に
帰って来れなくなりそうだし。」
「そんなことはないでしょう…
最後の人の後ろには、
最後ってゼッケンつけた大会委員が
自転車でついてくるんだから。」
「金栗四三のように途中で迷子になったら…」
「ならないよ。きっと。」
「委員長はよく僕に付き合ってくれるね」
「君のこと嫌いじゃないので」
「明日、終わったら福のれんに行かない?」
「ロールケーキでも奢ってくれるの?」
「僕はかき氷が食べたい」
「こんな寒いのに…」
秋の色が濃くなり始める頃だ。
僕もウインドブレーカーを着ているくらい。
「ここ、私の家。」
「そう。意外と学校から近いんだね。」
「うん、歩きでもいけるよ。」
「いいな。五十沢は、ちょっと遠いよ。」
「そうだね。」
委員長とは家の前で別れて、
残りは一人で歩いた。
見上げたら曇り空が広がっていて
明日が雨で中止になれば良いって思った。

7時ちょっと前に梁川総合支所に着いた。
雨も降らず中止にもならなかったんだ。
クラスメイトも揃い始めている。
学級委員長は、明るくてみんなの中心。
僕は人気者にはなった事がない。

『太一、明日観に行くからね。
頑張って走るんだよ。』
昨日、ロープにはわせ燻蒸した柿を干しながら
お母さんが言ったことを思い出した。
柿ばせで、柿を干す手伝いをしながら
観に来なくたって良いって僕は言った。
僕が一番嫌なのは、折り返して帰ってくるころ
きっと僕の後ろに最後のゼッケンをつけた
大会委員がいて、それを
お母さんが頑張れって言いながら
声をかけてくること。

小学校の運動会も、僕は一番最後だった。

このロードレース大会は、
地元からオリンピック選手が出たから
それを讃えてやっている。
僕はマラソンが嫌いだから、
マラソン選手が、僕と同じ土地に
生まれたことを恨んだ。
あの人がいなかったらこの大会もなかったのに。

ただ、一つだけ、感謝することはある。
好きって言う気持ちを知ったのも
この大会なんだ。

駅伝の選手でもある学級委員長は
僕に走り方を教えてくれた。
女子だから一緒にはスタートしないけど、
スタート時間のギリギリまで
一緒にいてくれる。
どうしてそうしてくれるのかは
わからないけれど。
「そろそろ行くね。」
「うん。」
「がんばろうね。」
「委員長も」
僕はどうせ一番最後だから
頑張っても仕方がないと思っている。
「終わったら福のれんだからね。」
「うん。」
ウインドブレーカーを脱いだ学級委員長は
陸上のユニフォームを着ている。
僕は、ウインドブレーカーの下は、
学校のただのジャージだ。
足が遅いのは理由があった。
僕は、諦めてしまう癖があるからだ。
疲れてしまって走りたくなくて、
歩き出してしまう。
5キロコース。
周りを見渡せば、陸上部の人に
社会人のマラソン愛好家の人。
お爺さんなのに目に輝きがある人。

こんな風に走ることを
楽しめる人に僕はなれない。

ピストルの音と一緒にみんな走り出す。
僕の隣には目の輝くお爺さんがいる。

僕は1キロだって走るのが辛いのに。

沿道の応援は無責任だ。
学校のジャージで走る、
小柄で痩せた僕にも
頑張ってという。
だったら、自分も走ってみろって思うんだ。

2キロくらいには、高架橋がある。
登っていくのが辛い。
やながわ希望の森公園前駅から
線路が伸びるその上を走る
ちょうど阿武隈急行線が僕の下を通った。
僕は電車が好きだから、
その屋根を見られたことは少し楽しかった。
稲刈りをしているおじさんとおばさんたち。
コンバインから僕らに手を振るのが見えた。
近くのトラックを見ると米袋がたくさん並ぶ。
息を切らして、米の袋の数を目で数えた。

そばにある柿の木の果実の数を数えて
頭の中で、
夕陽がさす柿ばせを想像する。
柿のカーテンのオレンジは僕が好きな場所。

折り返し地点の市民プールは、
学校の授業でよく来る。
僕は走るより泳ぐ方が好きだ。
また、高架橋を上る。足元に目線が落ちる
『なるべく遠くを見て景色を楽しむの』
それが委員長が教えてくれたこと。
遠くを見た。
高架橋を降りる途中
デイケアのおばあさん、お爺さんが
民報新聞の旗を持って、僕を応援している。
「がんばれ、ちびすけ」
おじいさんの掠れた声が耳に入ってきた。
僕は、おじいさんに向かって少し笑った。
気持ちも足も軽くなるようだった。
去年よりも足が前に出てくれる。
委員長の家の前も通り過ぎる。
「太一、がんばれ」
見に来なくて良いって言ったのに、
お母さんが来ていて
「もう少し!太一くん!」
そばに学級委員長がいた。
どうせ、僕の後ろには〝最後”がいるんだ。
声援に手を振ってゴールを目指した。
青いプラスチックの板がゴールライン。
その板を踏むとタイムが自動的に計測される。
ゴールして振り返ると、
僕と同じジャージを着た中学生が、
まだ何人か残っていた。

諦めて歩いたりしなかったのは
初めてだった。

「お疲れ!」
学級委員長が駆け寄ってきてくれた。
流れる汗を止められない。
スポーツタオルを渡されて
頭から拭いた。
「初めて、ちゃんと走った。」
「見てたよ。」
ふと前を見ると、お母さんが見えた。
目が合うと、いつもなら寄ってくるのに
来てくれない。
きっと、僕と委員長が一緒にいるから。
「太一くんは良いな。」
「え?」
「優しいお母さんが、見に来てくれてさ」
委員長が、お母さんにお辞儀をした。

帰りに福のれんに寄る。
僕は寒くてもかき氷を食べて、
委員長はロールケーキを食べた。
日曜日だから、混んでるかなって
思っていたけどそんなこともなかった。
「僕、初めて最後じゃなかったんだ。
委員長のおかげだよ。」
「太一くんが、諦めなかったから
いつもより速く走れたんだよ。」
少しでもかっこよく終わりたかったんだ。
ここでもし、告白してもきっと、
上手くいかないって僕は思っているから。
学級委員長は、人気があって、
もうすでに誰かと付き合ってるって噂もあった。
「五十沢は、あんぽ柿、
みんな作ってるんでしょ」
「うん、うちも作ってるよ。」
「見てみたいんだ、柿のカーテン。」
「今日くる?夕陽に当たると、綺麗だよ。」
「いいの?」
ロードレース大会を見に来てくれたお母さんに
ロールケーキをお土産に買って帰る。
お小遣いは、もう少しでなくなりそうだ。

自転車の後ろに学級委員長を乗せて、
橋を渡って五十沢に帰る。

家の前の柿の木は
柿はもうない。
荷物を、自分の部屋に置いて、
柿ばせに上がった。

午後4時、陽は西の空。
だんだん沈んでいく。
柿のカーテンのオレンジが輝きを見せる。
「綺麗だね」
夕陽が僕に見せる学級委員長の横顔も
いつもより綺麗だった。
「すごいね、こんなにたくさん」
「12月には、一個もなくなるけどね。」
「太一くんも手伝ってるの?」
「うん。お母さんと一緒に」
「いいね。」
夕陽が沈んで行く。
空は青と黒に変わっていきそうだ。

今しかないって、決めた。
「僕、委員長が好きなんだ。」
生まれて初めて告白をした。
どうせうまくいかないってわかってる。
きっと、”ごめんね”なんだ。

柿のオレンジの輝きに包まれて
落ち込む気持ちを掬い上げる。

ゆっくり委員長を見た。
「…なんだ。一緒だね」


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伊達市梁川町の三浦弥平杯ロードレース大会は
アントワープオリンピックに出場した
三浦弥平さんを讃えて毎年開催されています。
結構な大雨でも中止にならない大会です。
去年はコロナで中止でした。
今年はどうかな…。

大雨の日
雨カバーをかけて取材しに行ったことも
ありました。
その時は、どんなに走るの好きでも
これじゃ風邪ひくから中止にすりゃ良いのに
と思いました。
カメラを振る私も雨でぐちゃぐちゃな靴、
水の染みるナイロンパーカーで震えたのを
思い出します。
よく晴れた日もあり、地元の学校の子が、
歩いた方が早いんじゃないかと思うスピードで
太い体を引きずりながら高架橋を走っていくのを
見ていました。
撮影するのもなんかなあと思いながらも
最後尾のゼッケンの二人と走る彼を
少しだけカメラで追ったのです。
息を切らして限界に挑む彼に
思わず、がんばれ と言いました。
彼には届かなかったと思いますが。
五十沢のあんぽ柿は、震災後に出会いました。
完全復活までにはだいたい3年ほどだったはず。
たてながのはちや柿、種のない丸い平核無核。
中のトロトロ食感は上品に甘い。
元祖あんぽ柿、冬の味覚です。
ご賞味あれ。

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