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映画「TENET」を貫く思想部分を噛み砕いてみる&難解部分の解説[Q&A]【TENETレビュー】

クリストファー・ノーラン監督の待望の新作映画、「TENET」。
物理学だの決定論だの映画のあるべき姿だのと、様々な理論や思想が絡み合って非常に考察しがいがある映画ですが、私のnoteはその思想だったり、哲学だったりの部分をできるだけ飲み込めるところまで噛み砕いてみようという試みです。

ここに伏線があった、とか、物語の結末は〜という解説は他の方がたくさんされると思いますので、そちらにお譲りしようと思います。
とはいえ、物語を理解する上で必要になってくる部分に関しては最後に「おまけ」としてQ&Aの形でまとめましたのでご覧くださいませ。


なぜ、思想や哲学の部分にフォーカスするかと言うと、ノーラン監督の作品は派手なギミック、リアルな映像、難解なストーリーに焦点が当てられがちですが、その本質は「自分はどう考えるか」「どう生きるか」という問答にあると思っているからです。

この記事を読んでいただいた方に、TENETを通して、ノーラン監督作品の楽しみ方の一つの視座を提供できたら、これほど嬉しいことはありません。

それが、このnoteの目的。

このnoteでは、各章でまず「問い」を立てますので、少し逡巡して、自分だったらどう答えるか?という回答を立てながら読み進めてみてください。最後には、私が考えた「TENETとは何だったのか」も説明できればと思います。

あ、読み始める前に。
一回目の鑑賞がお済みでない方、絶対映画を先に見てから読んでくださいね。ネタバレが含まれるのはもちろんですが、「まずは自分の頭で考える」のが、ノーラン作品の正しい楽しみ方です!

*一部、台詞の引用が「文字通り」ではないところがございますが、
筆者が字幕半分、英語台詞半分で見てたので、正確な書き起こしでないことはご容赦ください・・・。意味としてズレてはいないはずです。

1.) 「結末がわかった」はスタート地点に過ぎない


問1. 素晴らしいストーリーテリングにあるものって、何だと思いますか?

複雑に絡み合った人間関係?
たくさん張られた伏線が回収されること?
フィクションなのに全く矛盾がなくてリアルであること?
誰も想像したことのない世界や、仕掛けがあること?

泣ける?
笑える?
驚く?
感動する?

私は、こう思います。


見終わった後に鑑賞者が考えられずにいられない、「問い」を立てること。


見て感動する、面白い、素晴らしい映画は星の数ほどあると思います。
でも、鑑賞した次の朝まで、悶々と頭の中を埋め尽くす「問い」を立ててくれる映画は、そうはありません。

ノーラン監督作品をみるときはいつも、映画を通して監督から、
「それで、君はどう思うんだ?」と聞かれている気がしてしまいます。
「それで、君はどう生きるんだ?」と。

必ず、彼の作品には「正解がない問い」がでてきます。
今回TENETが素晴らしかったのは、これが沢山あったところ。
しかも、考えれば考えるほど、それが私たちの生き方の根底にある価値観に直結していることに気付かされます。
それを感じながら、二回目を見ると、セリフの一つ一つがかなりの重みを持って胸に迫り、泣けてきます。

今回は、主にニールが、その問いを投げかける役目を負っていました。
もはやニールが、監督の代弁者であるかのように感じるくらい。
徹底した現実主義者、というところもニールと監督の共通点ですね。
二回目はニール視点で見るのが、すごくオススメ。より理解でき、共感でき、泣ける作品になります。

なので、今回のnoteでは、結末を解き明かすことではなく、
その監督が(作品が)投げかける「正解がない問い」と物語との絡みにフォーカスしていきたいと思います。


2.) TENETは壮大なイデオロギー闘争を描く物語

問2. 「祖父殺しの矛盾(Grand Father Paradox)」の正解は何でしょう?

祖父殺しの矛盾。TENETでは数度、この言葉が出てきました。
簡単にさらっておくと、

時間を遡って、自分が生まれる前に自分の祖父を殺した場合、
①自分も消えてしまう
②自分は消えない
どちらだろうか、という問いに対して、
今の所、正解はどんなに賢い人でも「わからない」。

ニールも主人公に答えを聞かれて、「矛盾(パラドックス)だよ。正解はわからないんだ」と答えていましたね。

祖父を殺したら、自分が生まれることがないのだから、自分も消えてしまう、と思う人。
自分が消えてしまったら、祖父を殺した人間が生まれないのだから、結果祖父は存在してしまう、ゆえに、自分が消えることはない、と思う人。
いわゆる鶏・卵論争です。


で。あなたはどちらだと思いますか?


正解が無いから考えても無駄でしょ、と思った方は
この映画の核の部分を見落としているかもしれません。
何故なら、この問いがこの映画におけるバックボーンだから。

この問いへの考え方(イデオロギー)の違いが、未来のセイターを操る側と主人公&ニール側を大きく隔て、戦争に至らしめているものだからです。
アルゴリズムは手段にすぎず、今回描かれたのは手段の奪い合いに過ぎません。ゆえに、それが無くなったところで、争いが根本的に解決するわけではなく、TENETの世界ではこれからもずっと、この戦いは続いていくでしょう。セイター側の未来人は何とかして、世界を逆行させる方法を見つけようと模索するでしょうし、主人公側はそれを止めようとし続けるでしょう。

論理的に説明できる正解が無い問いがあり、それへの回答が迫られた時に私たちができるのは、何を信じるか(TENET)を選び取ることだけ、というのがこの物語を支配する「現実」です。まさしく、TENETを巡る戦いであり、TENETが発端であり、TENETが戦う方法を規定しており、この映画が描いた世界そのものです。

tenet: (宗教や政治の基本的な)教義、信条

英辞郎 on the web より引用
https://eow.alc.co.jp/search?q=TENET&ref=sa

そしてそれは、私たちが今いる世界を規定するものでもあります。

公平か、自由か。
個人か、全体か。
お金か、愛か。

私たちが持っている「正しい」や「正義」なんて、
所詮は「そう信じている」ことに過ぎない。
どれほど理屈をこねたところで、どちらかを選んだ時点で「好み」や「趣向」や「願望」に過ぎないのです。

多くの場合私たちは「事実」と「信念」をごっちゃにして生きています。何かを信じないと生きていけないのが人間ですからね。私たちにその差を見せつけ、思考の渦に叩き落とすのが今回の作品です。

そして、"信じること""理解すること"の違い、"真実"と"事実"の違いは過去のノーラン作品でも扱われてきたテーマでもあります。私たちの世界はどうやら、私たちが思っている以上に未知で、不確かで、未だ立証されていないことが多いのに、私たちはさも事実が何であるか知っているかのように生きているようです。自分が見ているのは自分が見たいものにすぎない、と気づかずに・・・。誰かにとっての事実は誰かにとっての虚構である、ということは、過去のノーラン作品でも描かれてきたことです。

話を戻して・・・
TENETの世界では「原因」と「結果」は入れ替わる、相互性のものとして描かれているように、相互性があるものに関して、どちらがより重要か、どちらが先立つものか、というのを満場一致の答えとして決めることはできません。

だからこそ、イデオロギーを巡る争いというものには終着地点がなく、
それが何らかの理由で(TENETで言えば未来の環境破壊、です)その問いに直面し二者択一せざるをえない時、対立をエスカレートさせ、一線を超える(例えば人類の明暗がかかると思われる状態になる)と戦争になってしまう、という今この世界にもある事実を提示するのがこの「祖父殺しの矛盾」でした。

ニールが語ったように、ただ重要なのは、「祖父を殺しても問題ない」と考えている人々が未来には一定数いて、世界を逆行させたがっていて、それを止めようとしてる派閥(主人公チーム)がある、という事実だけです。どっちが正しいかなんて、ここまできたら関係ないですね。答えのない対立では、勝ったほうが答えです。

ちなみに。
この「祖父殺しの矛盾」を何とか説明しようと考え出された理論が「並行世界(パラレル・ワールド)」。TENETはタイムリープではなく、逆行(つまり、ある過去の地点に飛ぶ、のではなく、遡っていくことしかできない)という設定で、この可能性をあえて潰しているのかな、と思います。
たまにレビューを読むとこの辺りを勘違いして、タイムスリップ/リープ/トラベルだと思っている人がいますが・・・移動時間が端折られているだけで、タイムスリップができる、という描写は一度も出てきませんよ!)
余談ですが、ニールはどんだけの時間逆行で過ごしたんだよって感じですよね。ちょっと気が狂いそう。笑


3.) Fateか、Free Willか、Realityか


問3. 起こることは全て決まっており、その結果に向かって私たちは、脚本をなぞるように生きている。とすれば、それは「自由意志による選択の結果」でしょうか。「運命」でしょうか。

TENETという作品の面白い仕掛けの一つが、物語の全体を司る「回文性」。
主人公を一番戸惑わせるのがこのポイントです。

分かりやすくするために、一つのシーンを例に出しましょう。

1度目のカーチェイスのあと、セイターはキャットに拳銃を突きつけて、
主人公に対し、アルゴリズムをどこに隠したのか白状するように脅します。
主人公はガラスについた一発の銃痕を見て、キャットが撃たれることは既に決まっている事をさとり、嘘の場所を伝えます。
ニールが主人公に「セイターに嘘を教えたのか?」と聞いた時、主人公は「キャットはどちらにせよ撃たれたから」と答えました。

キャットが撃たれたのは、このシーンの主人公にとっては体感としての「これから起こる事」でもあり、事実としての「過去に起こった事」でもある、ということですね。

そして、ニールの言葉を借りるなら、その「中間点」にいる主人公は、過去になにが起こったのかを予測しながら自身の足跡をたどるような作業をしているわけです。

カーチェイス&アルゴリズム奪われる←→キャット撃たれる←→カーチェイス&アルゴリズム奪われる

過去から未来へ進んでも、未来から過去へ遡っても、
自身の体感する順序は入れ替わりますが、俯瞰して見た時に起こったことは同じ。「未来」や「過去」という言葉はあくまで、自分の視点から見てどちらかを指す相対的な言葉にすぎず、「右」や「左」と同じ。自分の立ち位置が変われば、さっき右だったものが左にくることもあります。

主人公の今いる「時」を表すために「現在」と呼ぶことにします。
ガラス一枚隔ててキャットがセイターに捕まっています。キャットは自身は順行ですが、セイターは逆行です。つまり、時間がたてばたつほどセイターは過去に遡っていくので、「現在」の自分にとってこれから起こることは、より「過去」の時点で起こっていることです。


「起こったことは起こったこと」なので変えられないわけです。このセリフも劇中で何度か出てきますね。「What happens, happens.」「What has done, has done」。なるようにしかならない。覆水盆に返らず。過去形にしようが現在形にしようが、そしてそれを未来系にしようが、意味するところは同じで、「起こったことは変えられない」。

それを、「現在」の主人公は銃痕から理解して、let it beとばかり、そのまま起こるに任せます。(代わりにアルゴリズムの場所は嘘をつくのですが、結局アルゴリズムはセイターが奪い去るということに変わりはありませんでした。)

ようは、予言の自己成就のような物語になっているわけです。
構造がものすごく回文的。
前から読んでも後から読んでも意味は同じ。
過去からみても未来から見ても結果は同じ。

でも、ふと思うわけです。

じゃあなんで逆行するんだっけ。
結果変わらないんでしょ?あがいても、何もしなくても。


主人公もこのシーンの少しあと、似たような事を聞きます。「But, what about free will?(それでは自由意志とは?)」と。
既にそうなると決まっていることを現実にしていく作業が自分たちのしていることであるのならば、「自分の意思で選んだ」と言えるのか、と。

映画の最後の方にも聞きますね。「これは運命なのか?」と。
ニールは答えます。「Call whatever you want. I call it "reality".(何とでも好きなように呼べばいいさ。僕はこれを”現実”と呼ぶ)」と。

本作品中一番共感できる台詞でした。

運命、というのは原因を自身の外に、結果を自身に置く見方。
何か大きな力が働いて、その結果今の自身の状態がある、ということ。

自由意志(あるいは選択)、というのは原因を自身に、結果を外に置く見方。
自身の選択が起点となって、その結果いまの状況がある、ということ。

ニールはどちらにも身をおかず、切り離したところから俯瞰し、
原因と結果は双方向的なものとして見ているのです。

そんな彼の言う「現実」とは、つまりはこのような事ではないでしょうか。

この世界は僕たちがそのような選択をする世界である、という、ただそれだけ。
そして僕たちは、僕たちがそのような選択をする世界に存在している、というだけ。

成る可くして成る、という言葉が近いでしょうか。

極力シンプルに考えるために、今回のTENETの世界を世界Aとします。

ニールは世界のために死を選ぶし、
主人公は仲間のために命をなげうつ世界です。

パラレルワールドに、下記のような世界Bがあるとします。

ニールは世界のために死を選ばないし、
主人公は仲間のために命をなげうたない世界。

その世界では第三次世界大戦は起こるのか?
アルゴリズムをセイターから奪い取れたのか?

答えは・・・「わからない」が正解でしょうか。

他のヒーローが現れて、世界は無事順行のまま存在するかもしれないし
そもそもアルゴリズム自体が発見されないかもしれない。

でも、ひとつわかるのは、Aの世界にいるニールや主人公にとって、それは全く別の世界ということ。Aの世界のニールや主人公はAの世界だからこそ存在し、Aの世界のニールや主人公がいるからこそ、Aの世界は存在する。Bの世界の人間はAの世界に存在しえないし、逆も然り。

自分の選択を規定するのは、自分の人間性である
であると同時に、
自分の人間性を規定するのは、自分の選択である。

私がTENETを見て、noteに感想を書く、というのは私の選択と言えますが
では、その選択をしなかったとしたら、それは私と言えるのか?

いえ、それは私ではありません。

となると、言葉を変えて、
私はTENETをみてnoteに感想を書くという選択をするような人間に生まれついた。これは運命だった。
とも言える。

これを一段階規模をあげたのが、先ほどのA世界・B世界の例えです。

A世界はニールや主人公がいる世界として存在している。
言い換えれば、ニールや主人公がいる世界がA世界である。

原因と結果が双方向的なものであるように
選択と結末も双方向的なものである、ということですかね。
コインの裏と表のように、ワンセットである、ということ。
もっと言うと、運命も自由意志も、二項対立の概念ではない、ということ。

だからこそ、ニールはいうわけです。
「(結果は同じ)だからといって、何もしなくてもよい、ということにはならない」

ぐうの音もでないくらい格好いいです。
めちゃくちゃ現実主義者。

そして主人公も、運命か選択か、という逡巡から抜け出して、最後には同じような境地にたどり着いたのではないでしょうか。それが「物の見方を変える」ということでしょう。
最初はごくごく一般的な考えとして、自分の行動は自分が決め、それに結果がついてくると思っていた主人公が、結果と原因の回文性に気づき、全ては定められた運命なのか、と肩を落としたくなるものの、去りゆくニールに、ただ「現実」にすぎない、という言葉を残される。最後のシーン、暗殺されそうなキャットを救いに現れた主人公は、ニールの”俯瞰”を自身のものにしているような表情、観察者の目をしています。


ただ、これも、どのTENETを自分のものとするか、というところに最終的には行き着くような気がします。

どの視点で生きていくかは人それぞれ、選択の問題です。
全ての結果は運命だと思って身を委ねて生きることもできるし、
自分が選び取るものだと思って生きることも、
どちらでもありどちらでもない、ただ現実として存在するだけ、と考えることも。
だって(なんども言いますが)結果は結果ですしね。変わらないんです。
運命か、自由意志かなんて、自分の認識の問題にすぎないのです。

Fate, Free Will, or Reality.

あなたは自分の信条としてどれを選びますか?


4.) 「知らない」幸運


問4. 無知であることで、有利になることがあるとしたら、それはどんな場合でしょうか?

私たちは、なんでも知りたがる生き物ですよね。
特に自分の未来がどうなるか、とか
未来をよくするために今できることや過去にできたことがあるか、とか。
知っていることは基本的には良いことであるはず。
私たちが起こすミスや不都合は、大体は無知からくるもの。
知っていたら必ず回避できますよね。

TENETの一つである、「無知は私たちにとって武器である」とはどういうことでしょうか。これがなかなか、最初はすんなり飲み込めなかったのですが・・・。

だって、セイターや逆行の回転ドアのことを最初から教えられていたら、
あんなに遠回りする必要なかったじゃん。
もっと早く、問題は解決したはず。
最初のオペラハウスの時点で、アルゴリズムを持って逃げるのが一番。

本当に、そうでしょうか?

二つの言葉がヒントとしてでてきたのかな、と思います。


まず一つ目。

先ほどのニールの言葉「結果が変わらないとして、何もしなくてよい、ということにはならない」


この物語を「現在」の時点から見ている限り、
無知が武器になる、という意味は永遠にわからないのかな、と思います。
この世界が回文的である、ということをもう一度思い出して見てみましょう。

未来から見て、これはどんな物語でしょうか。

未来の人間には、アルゴリズムはセイターから無事奪い取れることも、セイターが銃に撃たれて死ぬことも、ニールが死ぬことも分かっています。記録に残っているし、主人公の未来の姿はこの作戦を率いるボスであり、自身の経験として、この作戦が成功することも知っています。

つまり、「作戦成功」という結果は(語弊がありますが)重要ではないのです。それはすでに過去に成し遂げられたものであるから。
では、ポイントはどこにあったのでしょうか?

未来の視点から見た場合、この出来事は、主人公の物の見方に決定的な違いをもたらしたものであり、未来の<順行継続派>を率いるボスとなっていく成長過程でもあります。
主人公が時間の逆行と、原因と結果の因果関係について、「見方を変える」(=成長する)ことがなければ、未来のボスになることもないだろうし、そうしたらこの物語だって成立しないわけですからね。

つまり、この物語で真にフォーカスすべきは、<ニールが死ぬ>という結果でもなければ<アルゴリズムをセイターから奪い取る>という結果でもなく、<主人公がいかにして順行継続派のボスとなっていったか>というプロセスの方にあるのではないでしょうか。それが、未来の彼らにとっての、本当のミッションであるとも言えます。主役を主役にすること。

では、最初から<アルゴリズムは〇月〇日に××で奪い取れるよ><キャットを守るには△△すればいいよ><ちなみにニールは未来からきたんだけどこのあと死ぬからさ>などといった風に結果を教えられたとして、時間の相対性や原因と結果の関係性を真に理解できたでしょうか?

冒頭の、逆行銃を試し打ちした時に見たように、主人公は「直感的に」原因と結果の関係性を学ぶタイプでした。そしてそれが真に主人公の中で腹落ちしたのは物語の中盤〜後半にかけてです。自分自身をよく知る未来の主人公は、主人公が未来のボスへと成長するためにこのプロセスは必要不可欠だった、と考え、それに基づいてオペレーションに関わる人員への情報のコントロールを徹底したのではないでしょうか。そうすることで、あえて主人公が無知の状態から「本能的に」原因と結果、順行と逆行の関係性について体感し身につけるプロセスを用意したのです。


2つ目の台詞。
冒頭に出てくる、「炎の熱さを知った人にとって、炎の中に飛び込むことは難しい」といった趣旨の台詞(うろ覚え)。

つまり、私たちは何かを知ってしまうと、知る前と同じ行動はなかなか取りづらい、本能的に反応してしまう、ということです。それが、主人公の行動に決定的な違いを生み出してしまうことを、未来の人々は恐れたのかもしれない、ということ。
たとえば、主人公を庇って死んだのがニールだったと主人公が知っていたとしたら、考えるより先に、咄嗟に庇ってしまうかも知れません。もちろん主人公が死ねば、この物語は成立しません。
じゃあ問題ない範囲で教えればいいじゃない、と思うかもしれませんが、物事の因果関係というのは、複雑に絡み合っているものです。「このくらいは良いだろう」の範囲を完璧に設定することが可能な人はきっといないでしょう。

と、2つの理由を挙げてみましたが・・・
実際には、未来に起こることを知っている人が一人いますよね。

ニールです。彼の二つの台詞から、彼は自分が死地へと向かっているのを知っていたのは明らかです。
「この作戦が終わった時に二人がまだ生きていたら、その時は僕の人生について話すよ。」
「これが美しき友情の終わりだ」

今書いていても泣ける・・・。

では、なぜニールだけは自身の人生の結末を知らされていたのでしょうか。
おそらく、ニールがこのチームに選ばれた理由にあるのでは、と推測します。それは、主人公が選ばれた理由と同じ、「仲間を売るくらいなら、死を選ぶから」。

ニールは自身の行く末を知っていたようですが、プロセスについては知っていなかったように感じます。例えば、フリーポートでのシーン。一回目のフリーポートの時、突如現れた黒ずくめの男の正体について、ヘッドギアが取れるまでは気づいていなさそうでした。あるいは、カーチェイスについても、慌てて応援部隊を呼び、主人公に詰め寄られているところでも、確かに狼狽を感じます。最後の戦闘シーンでも、入り口が爆破されたのを見て驚いて引き返し、順行に切り替えて主人公たちに知らせようと必死でクラクションを押しますね。あれ、プロセスを知っていたら、間に合わないとわかっていたはず。間に合わないと知っていたら、別の方法で間に合わせようとするだろうし(もうちょっと早く順行に切り替えて止めに走るとか、逆に順行に切り替えるまでに十分逆行するとか)、そうすればあの基地での一連の出来事自体がおきません。

これらのことから任務の概要、クリアすべきミッション、自身の死に関しては知っていたものの、プロセスの詳細が一つ一つ知らされていたかというと、そうではなかった、というのが結論です。そして、結果、無知であることがミッション成功に繋がりました。

未来の主人公はどうやら、適切なプロセスが踏まれるように、巧みに情報と記録をコントロールしているようですね。

5.) で、TENETって結局何よ。

問5. 映画では度々「TENET」という言葉が出てきます。文脈によって多少ニュアンスが変わるようですが、この「TENET」とは結局何だったのでしょう?

これは、個々人、好きに解釈すればいいと思うのですが、少なくともダブルミーニング、トリプルミーニング、もしかすると超えてマルチミーニングじゃないか、と思います。


①有名な回文から考える
これはもうみなさん考察されている通りなのでちょっと端折ります。
この世界は、このnoteで書いた通り、非常に回文的な世界です。
その世界構成をさして、TENETと呼ぶ、というのは間違いない解釈だと思います。


また、逆行と順行という回文的な現象を指すのも、間違いないでしょう。あるいは、回文におけるTENETの位置は「しんぶんし」の「ぶ」の部分にあたるとも言えるので、この映画でいう「ぶ」に当たる部分にあるのは「回転扉」。

もしくは、挟撃作戦のちょうど中間地点に存在する主人公も「ぶ」に存在する、と考えることができます。
主人公の名前だったら、かなり熱いですね!

「TENET」は度々、信じるものや従うものとしての文脈で映画に登場します。確かに、主人公は未来の「ボス」的存在です。主人公の名前は劇中では言及されていませんが・・・まぁ、でも自分の名前が度々登場すればさすがに、自分が未来のボスってすぐに気付いちゃうか。ちょっと無理がありましたね。

自分で仮説を立てておいてアレなのですが、これにあえて反論すると、主人公の名前が無いのは、たぶん、一つの説として、主人公=観客、だからです。この章の最後に、私にとっての「TENET」を書きますが、そう考えると、この視点がめまぐるしく変わっていく世界に翻弄されながら思考を、理解を深め、何が起こったかを悟っていくという主人公の姿は、そのまま「映画」という媒体に接する際の観客の心情と重なるように思うのです。

脱線しましたが、話を戻します。映画自体の構成(起承転結、とか言われるもの)も回文的にできている(たとえば、最初の方に映るカバンの紐を、最後の方でニールの物とわからせるために見せる、など、問いと答えの置き方など)
また、挟み撃ち作戦もこれまで説明した通り、回文的です。

なので、回文のTENETから、下記でが候補に挙がってくるかと思います。
・この作品で描かれた世界そのものの法則
・逆行と順行というシステムを指した(あるいは回転扉自体の名前)
・主人公の名前
・映画自体の構成を端的に表現した
・挟み撃ち作戦の名前

②単語自体の意味から考える
上記に付け足して、「宗教的・政治的な、教義・信条」という意味も同時に考えたい、というのが私の個人的な意見。

やはり、事の発端は「何を信じるか」に置ける対立です。Grand Father Paradoxの項で示した通り、これはイデオロギー戦争です。
なので、これは入れておきたい。

・この作品の登場人物たちを動かす動機や原動力である、信条

逆行派も、順行派も、宗教的とも言えるこの信条をめぐって争っているわけですから。
また、主人公以外の、主人公側の人たちは度々TENETという言葉を使い、それに従っている事を示します。
彼らの信じることには以下が含まれます。

<無知こそが武器・起きることは起きる、起こったことは変えられない・だとしても、やらなくて良いということにはならない>

それが彼らにとってのtenet。
もちろん、tenetは挟み撃ち作戦のこともさしているので、
彼らが従っているものには、この作戦のオペレーションも含まれるでしょう。

なので、これも入れときたい。
・心に常に抱く、自分たちの従うべきルール

つまり、世界と、映画と、システムと、作戦と、人物の心全てを動かし規定するものを全部ひっくるめて、TENETという一単語に集約している。

すべての始まりであり終着地点であるTENETはまさしく逆行と順行の狭間に存在する、回転扉のような役割で、私たちにいろんな景色を見せてくれるもの。と言うと、なんだか一つ思い出すものがあります。私にとっては。


「映画そのもの」


TENETは映画という媒体そのもの
主人公は観客である私で
それに答えではなくヒントを与え導くニールは監督のような存在。


あなたにとってのTENETは何ですか?


6.) Back To The Futureの世界と比べてみる

BTTFはTENETが現れるまではマイNo.1フィルムでした。
もちろん、TENETが現れたからといってその素晴らしさは変わりません。
最後に、BTTFの前提と、TENETの前提を比べてみましょう。

<時間の進む方向>
TENET: 双方向。未来から過去へも、過去から未来へも進む
BTTF: 一方向。世界は常に、過去から未来へと進む

<過去に行く方法>
TENET: テープを巻き戻すように、逆順に遡っていく
BTTF: 現在から過去の特定の地点まで”飛び越える”

<使用する機器>
TENET: 回転扉(曲線的運動)
BTTF: デロリアン(直線的運動)

<過去を決定的に変更すると、今の自分にも影響が及ぶかどうか>
TENET: 影響する、と考える派閥と、影響しない、と考える派閥がある
BTTF: 影響する。両親が結婚しなければ自分が消えてしまう


7.) 終わりに

 映画レビューサイトを見ていると、「矛盾が多い」みたいな指摘とともに低評価が多くてなかなかびっくりなのですが、誰よりもストーリーテリングに精通した完璧主義の監督&脚本家に、本物の物理学者がついているので、素人でもわかる矛盾が大量に放置されることはないのです(もちろんフィクションとして、実際の物理学とズレる部分はあるでしょうが、一度見てそれがわかる人は学者レベルの人だけでしょう)。
 なので、もし内容に矛盾があると感じた人は、まず自身の理解が追いついていないかも知れないことをぜひ疑っていただきたいと思います。そうして、理解できるところまで見た方が、ノーラン作品は絶対に面白いから。
 今回の作品は、どんな登場人物のどんな台詞も一つとして、無駄がありませんでした。全て、「問い」か「回答」のどちらかに振り分けられるんじゃないかってレベルです。映画の構造自体が回文のようで、最初の方の問いが最後の方で回収される場合もあれば、最後の方に出てきた疑問へのヒントが、最初の方にすでに隠されている場合もあります。一つ一つの絵も同様です。ニールのカバンはその代表ではありますが、その他のシーン一つ一つ、どれをとっても、映画の構成として必要不可欠であることこそが、この監督の能力がいかに飛び抜けたものであるかを表しているかと思います。

 また、物語を理解することと、メッセージを理解することの差に気づき、ノーラン作品の背景に貫かれている哲学的な部分にまで思考の触手を伸ばせば、今までの自身の思考の枠組みの狭さと、世界の広さに改めて開眼する想いに至ります。それが、「ノーラン作品を見る真の価値」だと思います。自分を知らない世界に連れて行ってくれて、思考のレベルを引き上げてくれる監督に、感謝&脱帽です。

https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/index.html


8.) おまけ

 映画の内容でわかりづらかったところの解説をば。
 多分に推測と解釈を含みます。私は監督でも物理学者でもないので、内容の保証はできませんし、他のサイトでもきっと似たようなことは見つかると思いますので、投げ銭的な感じでこのトータル2万字近くのnoteに「お疲れ様」って思っていただける方だけ、どうぞ読んでいってくださいね。
 他にも思い出したら付け加えるかも。もしご質問や、いやいや自分はこう思うぞ、って事がある方はぜひ!お待ちしています。

おまけの見出し:
8-1.) 逆行ではなんで炎で低体温症になるの?
8-2.) 逆行の人と順行の人が会話できているのはなんで?
8-3.) なんで逆行状態では普通に空気が吸えないの?
8-4.) 最後の戦闘シーンとニールの動きってどういうこと?
8-5.) セイターはどうやって未来からの指令を受け取ったのか
8-6.) 最後、主人公がキャットの暗殺現場に先回りして助けることができたのはなぜ?
8-7.) キャットの傷を直すために、なぜ逆行したのか
8-8.) なぜ、回転扉に入る際にガラスに映る自分を確認するのか
8-9.) そもそもなぜ回転扉か
8-10.) もしキャットがセイターを撃たなかったら

8-1.) 逆行ではなんで炎で低体温症になるの?

順行状態のものは、勢いの良い炎ほど、温度が上がります。
逆行状態のものは、勢いの良い炎ほど、温度が下がります。
なぜか。そういう設定だからです。(身も蓋もない)

まず一度、時間のことは忘れてください。

現実の熱力学の話をします。
「熱」は何かを温めるエネルギーのことですが、これは必ず熱いものから冷たいものへと伝わり、両者の温度が同じになるまで伝わり続けます。例えば「氷を入れて水を冷やした」としても、同じ温度になるまで「水の温度が氷へと伝わっている」、というのが実際に起こっていることであり、マイナスエネルギーが氷から水へ伝わっているわけではない、ということです。冷蔵庫でジュースが冷えるのは、実際にはジュースの持っている熱が、冷蔵庫内の空気に流れ出した、ということ。熱量(何かを温めるエネルギーの量)にマイナスはありません。これが「熱の不可逆性」で、この不可逆性を表す指標が「エントロピー」です。
熱の移動が大きければ大きいほど、エントロピー(不可逆性)は増大します。炎の勢いが強い(周りの空気との温度差が大きい)ほど、エントロピーもどんどん増大します。

これがそもそも先立つ理論です。
物理学を根底から支える揺るがない理論の一つ。

ここで、TENETの設定を思い出しましょう。
「もし、エントロピーを減少させるアルゴリズムが発見されたら」
今回の設定の一番基礎の部分は、「時間が逆行する」ことではなく、そのさらに前段階の「エントロピーの減少が可能になる」こと、です。
なので、エントロピーが関係する全てのものに影響を与えるはずなので、当然「熱」にも変化が起きます。


通常世界では、温度が高い方から低い方へ熱が移動していたのが、逆行世界ではエントロピーが減少する=熱量が低い方から高い方へ移動することになり、温度差が大きければ大きいほどその傾向が大きくなるので、どんどんマイナスの熱量が周囲に伝わっていきます。

今回で言うと、「ガソリンの炎とその周辺の熱い空気」や「炎に炙られた車」と「主人公の体温」に差があるため、冷たさが主人公から車や周りの空気へと伝わっていく、という現象が起きた、というわけです。

補足:ガソリンは順行なのに、主人公が低体温になるのは解せない、というご意見があったので更に考えてみたいと思います!

エントロピーが減少する=主人公がどんどん冷えていく、という際に実際に起こっているのは、主人公の冷たさが周囲の熱へと移っていく、というマイナスのエネルギーの伝達です。普通は熱が温度が低いものへと移っていくところ、逆になって、冷たさが熱いものへ移っていくのです。しかも、両者が同じ温度になるまでこれは止ません。なので、主人公は炎の熱さに反比例して、周りにどんどん冷たさをあたえていくわけです。

順行の世界=エントロピーは増大し続ける→熱が温度が高い方から低い方へ伝わる
逆行の世界=エントロピーは減少し続ける→マイナスの熱が、低い方から高い方へ伝わる

さて、ここでそもそも「燃える」ということはどんな現象か、をみてみましょう。

わかりやすい説明があったので引用します。

「ものが燃える」とは、可燃物と支燃物(酸素など、可燃物に結びついて可燃物を燃やすもの)が、着火源から熱をもらうことにより、高温で高速の発熱反応を起こし、可燃物と支燃物の化学エネルギーが熱と光のエネルギーに変換される現象を指します。
消防研究センターより引用
http://nrifd.fdma.go.jp/public_info/faq/combustion/index.html#:~:text=%E3%80%8C%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%8C%E7%87%83%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%82%8B%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E3%82%92%E6%8C%87%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

つまり、「可燃物+支燃物+熱→燃える」ですが、今回は主人公が逆行している=エントロピーの減少状態にあることから、この「熱」がマイナスになっていくうえ、車まで凍結させるほど周囲も巻き込みながら冷やしているので、炎の勢いは最初が一番強く、どんどん冷やされて、燃えるものもなくなり、炎が勢いを失っていく、というわけです。

ガソリンは順行のものなので燃えていましたが、それ以外に燃やせるものが当座なかった上、熱もどんどん失われていった。そのため炎が収まった。ということですね。

ということかと思いますが、専門家では全くない素人文系人が一生懸命調べてみた程度なので、間違ってたらすみません。笑
ご指摘は甘んじて受け入れますので、どうぞコメントくださいませ。

ただ、一つ言えるのは・・・
「エントロピーが減少すると時間が逆に進む」は受け入れられるのに
「エントロピーが減少すると炎が激しいと温度が下がる」は受け入れられない、というのは根本的におかしいですね。
どちらも、ただの、「仮にエントロピーが減少したら」という今現在は起こると実際には考えにくい仮定の話なので、受け入れられない人はそもそも今回の映画の設定がただ単に「時間が逆行したら」だと思っているのでしょう。

頭を柔らかくして、広い心でこの仮定を受け入れましょう。笑


8-2.) 逆行の人と順行の人が会話できているのはなんで?

直接会話をしているシーンは無いはず・・・です。
常になんらかのデバイスを介して逆再生をするしか無いのでは。
逆行の人が話すのは逆さ言葉になるので。
(順行の主人公&ニールが、カーチェイスシーンで逆行チームの無線を傍受しても逆さ言葉で何を言っているかわからない、というのがあったかと思います)


8-3.) なんで逆行状態では普通に空気が吸えないの?

逆行したものが逆行状態で正常にコントロールできるのは、逆行したものの本体だけ、というのがルールみたいですね。
つまり、逆行装置の回転扉かそれに類する装置をくぐったもの以外は逆行しない。
つまり吸ったり吐いたりする空気は、順行なので、吐く肺の動きには入る方向に動き、吸う肺の動きには出て行く方向に動くでしょうから(そもそも吸えないから吐けないのだけど例として)、肺の動きと連動しないので、息ができない。
たぶん、マスクは酸素自体を逆行させる装置がついているのでしょう・・・。酸素ボンベがあるようには見えなかったので。


8-4.) 最後の戦闘シーンとニールの動きってどういうこと?

紙に書き出しましょう!
一枚目の紙に0:00~10:00の間にAチームに起こったことを左から右に書き、
二枚目の紙に同じようにBチームに起こったことを左から右に書きます。
(同じ幅、同じ間隔になるようにきをつけてください。あと、ニールはとりあえず一度無視。後ほど書きますが、途中で順行になるので・・・)
で、2枚目の紙をノートを閉じる時のように一枚目に合わせてください。5:00時点が真ん中で、ずれないように。
はい、それが実際起こったことの流れです。(雑)


A班は順行で、少し離れたところ(B班脱出予定地点)から、基地入り口へと向かって攻め上がって行きます。
B班は逆行で、脱出予定地点へと攻め下がって行きます。

順行のA班から見るとB班は、B班脱出地点から、逆さの動きで基地入り口に攻め上がっているように見えます。

この作戦でA班はB班の脱出経路を確保できるし、B班はA班の突入部隊のために入り口のクリアランスができる。

05:00を挟んでロケットランチャー各班から1発ずつ発射されるのが印象的でしたよね。建物が一瞬しか建ってない。笑
05:00地点にあなたが居たとすると、建物は「すでに壊されている」し、「これから壊される」。結果、二発のロケットランチャーの間の時間だけがちゃんと建っている、という不思議な状態。順行ロケランで撃たれた建物はそれ以降の時間ずっと壊れているし、逆行ロケランで撃たれた建物はそれ以前の過去ずっと壊れている、ってことですね。

このロケットランチャー=A班とB班が交差する瞬間を挟んで、A班はさらに未来へ(といってもすでに過去なのがややこしい)と、B班はさらに過去へと進んで(戻って)いくわけです。

では逆行チームのニールの視点で見てみましょう。
ニールは脱出地点まで攻め下がっていくのがミッションです。
でも開始して数分で(逆再生状態で)、基地入り口爆破→敵が1名ヘリで来る→敵がヘリから降りる→入り口に入っていく→敵が爆弾を仕掛ける→主人公たちが入り口から突入、というシーンをみます。
逆行中の逆再生状態なので、順行の時間軸で考えると、主人公たちが入り口から突入→敵が爆弾を仕掛ける→入り口から出てくる→敵がヘリに乗る→敵がヘリで去る→入り口爆破、ということになります。

それで、主人公たちが閉じ込られて出られない、という状態になるのを理解し、敵の回転扉まで行って順行に切り替えます。この間も、逆行状態で過去へと遡っているため、順行に切り替えて車で急いで戻れば、主人公たちが入り口に入る前に止められる、と考えたわけですね。間に合わなかったけど。どうせならもうちょっと回転扉に入るまで待てば、とか思っちゃう。そうすると、ストーリーが崩壊するので、無知こそが武器ってこういうところに生きているのかと。無知だから結果オーライに持ち込めた好例です。ていうか、映画を成り立たせるために、主人公やニールたちは無知でないといけなかった、が製作陣の本音かもしれません。

この映画が一見でわかりにくいのは、時々視点が入れ替わるからです。
ノーラン監督の作品に慣れている人はそうしたかとは思うのですが、一番の特効薬は常に、「今の自分の視点の位置」を認識することです。場所、時間、人、そして今は逆行中か順行中か、自分が見ている人物等は逆行中か順行中か、を常に意識していると、混乱が少なくすみます。

「未来」と「現在」と「過去」、「逆行」と「順行」、「結果」と「原因」は、それぞれ相対的な言葉です。主人公から見た現在はニールには過去であるし、B班から見ればA班は逆行しているかのような動きをしています(実際の時間軸ではB班が逆行しているのに)。それを意識してスイッチングについていければ、物語自体は全く難しくないシンプルなものです。

視点を固定して俯瞰にすればわかりやすくはなるし、例えば物語のスタート地点をBACK TO THE FUTUREみたいに、逆行する前(未来の主人公とニールが任務をスタートさせるところ)にすれば、すっきりはするかもしれませんが、この「全ては相対的であり、視点を入れ替えれば真逆になりうる」という監督が描きたかった状態(つまり主人公が経験し学び取らなければいけなかったこと)を描くには、今回の「ややこしさ」が(主人公の戸惑いに共感する意味でも)ちょうど良かった、とも思います。

他でもすでに指摘されていることかと思いますが、基本的にはシンボルカラーとして順行には赤が、逆行には青が使われています。画面の中でこの色を意識していれば、間違いはないかと。
あとは、風車の回る方向とか、煙の向きなどもちゃんと考えられており、そういったものから、自分が見ている映像は逆行か順行かをとらえていきます。人は見ちゃいけません。逆行中は、順行中の人々が逆歩きをしているように見えます。その逆も同様なので、一方向にしか進まないはずのもの、で判断するしかありません。(流石にTENETの世界でもまだ、風車や煙やカモメなんか逆行させられないですから)自分と同じ方向の人の言葉は聞き取れて、別の方向の人の言葉は聞き取れないのも、相手がどちらにいるかを判断する材料になります。


8-5.) セイターはどうやって未来からの指令を受け取ったのか

若かりしセイターが廃墟のような場所で、スコップで同僚を殴り殺すシーン中に、箱に入った契約書のようなものが出てきます。
また、冒頭の科学者の女性が、逆行する物体(弾丸)を壁ごと見つけた、と語っていたシーンもあることから、セイターの場合も似たような状況だったのかと。
セイターが若かりし頃にプルトニウム探しをやっていた、見捨てられた土地に、未来から逆行するタイムカプセルが埋められていた、と考えることができます。
あるいは、核の事故が起こったなどの理由で、その場所のみエントロピーが減少して逆行していたから、未来の逆行派がそこに箱を仕込んだ。
これ、どちらかは私には判断がつきませんでした。どちらも理論的には可能かな、と思いましたが、たかが2回見ただけでは決定だとなる表現を見つけられなかったのが正直なところ。見落としたかな?



8-6.) 最後、主人公がキャットの暗殺現場に先回りして助けることができたのはなぜ?

キャットが消されると予想した主人公はあらかじめ(挟撃作戦を実行する主人公と、もう一日遡ってベトナムに行くキャットが別れる前)に、キャットに携帯電話を預け、何か不審な動きが身の回りであればそれにメッセージを吹き込むように言います。メッセージの内容は、場所と時間。そのメッセージは記録として保存されるため、未来の主人公はそれを発見し次第、逆行してキャットが殺される前に遡り、暗殺犯(プリヤたち)を止めることができる、という割と単純な仕掛けです。
記録を重要視する台詞が何度か出てきますが、未来の自分たちに役立つ情報を残しておけば、何かあっても何とかできる、ということですね。TENETの時間軸でいう「未来の主人公(ボス)」は無知を武器としていますが、キャットに出会った現在の主人公は、未来の自分をなぞるのではなく、キャットのために無知という武器をすて、記録という盾をとる判断をした、とも言えるのかも。

また自由意志か、運命か、現実か、という話に戻ってしまいますが、主人公は(CIA=アメリカ人というのもあって)、自由意志に傾倒しがちな性分に見えます(「これは運命なのか」って聞くとき、ひどく悲しそうでしたし)。現実を受け入れつつも、自分の意思で選択をおこなっていく・・・というスタンスなのかもしれません。主人公の中の信じるものの変化を考えるのも楽しい作品です。

そこから想像の翼を広げると・・・主人公がニールを助けにいくことはないかな?と考えてしまいます。一度は現実として受け入れたけど、できることならやっぱり死なせたくない。自身の意志で、未来を掴み取りたい、というのが人情ですよね。なので、最終的に主人公は「自由意志」を選んで、未来と過去を帰る戦いを始める・・・なんてね。
ここまでの「起こったことは起こったこと」という話とめちゃくちゃ矛盾しますが、アメコミヒーローばりに突破策を生み出したらカッコいいな。

と、書いてて思ったのですが、続編を作るとしたら、主人公と敵陣営が老衰で死ぬまで鶏・卵論みたいに延々続くループ物になるか、全ての逆行を無くして、アルゴリズムを完全破壊する勧善懲悪エンドしかないですよね・・・汗。あるいは、世界はこうして滅びました、というワースト・エンドか。
どれもあんまり面白くなさそうなのでパス、ということで。


8-7.) キャットの傷を直すために、なぜ逆行したのか

まず、撃つ・撃たれる物や人の順行・逆行と、エントロピーの関係、ダメージの増減を整理します。


順行の世界で逆行の弾丸に撃たれた壁を思い出します。穴が空いていたところから「治った」ように見えましたよね。

・主人公/銃を打つ人:順行
・銃&弾:逆行
・壁:順行(たぶん)
→エントロピーの減少=ダメージ後退

オペラハウスのシーン

・銃を撃つ人:順行
・銃&弾丸:逆行
・座席:順行
→エントロピー減少=ダメージ後退

私たちのいる通常世界では

・銃を打つ人:順行
・銃&弾丸:順行
・標的:順行
→エントロピーの増大=ダメージ拡大

ここからは推論ですが、

通常の世界と真逆にした場合

・銃を撃つ人:逆行
・銃&弾丸:逆行
・標的:逆行
→たぶん、エントロピーの減少=ダメージ後退(順行の時間軸で、ですよ。逆行の時間軸だと真逆で、ダメージは増大すると思われるので、すぐに順行に切り替えた方が良い)

では、キャットが撃たれた時は

・銃を撃つ人:逆行
・銃&弾丸:逆行
・キャット:順行

三つの因子がある上に、全ての組み合わせ例がない以上予想の行きを出ませんが、結果としてキャットの傷が順行状態で治っていかないということは、
エントロピーが増大している、ということだから、減少させる(治す)には
一か八か逆行させてみよう、というのがニールと主人公の選択でした。
たぶん治るだろう、という程度のニュアンスで話していたことから、
仮説状態だがやってみた、というのが本当のところでしょうね。

エントロピーの減少を可能にする条件の詳細がわからない以上、逆行による効果が及ぶ範囲を正確に特定するのは、TENETの世界でもまだまだ難しいようですね。

8-8.)なぜ、回転扉に入る際にガラスに映る自分を確認するのか

回転扉に入る前に自分の姿がガラスに写っているのを見ないと帰ってこれない、と映画中の台詞にありましたが、なぜでしょうか。
これは回文的世界のお話なので、回文で考えてみましょう。

しんぶんし

ぶ=回転扉です。その一つ隣には、前にも後ろにも必ず「ん」があります。どちらか一つが無いと、回文が成り立ちません。

視点を固定するために、回転扉の中にいる自分を現在としましょう。これが「ぶ」です。
この自分にとって10秒後は「過去」で、10秒前は「未来」です。どちらも「ん」です。
では10秒前の「未来」で、逆行しようとしている自分は、逆行側のガラスの向こうに何をみるでしょうか。回転扉の中の自分からみて10秒後の、逆行した後の「過去」の自分です。「ん」には合わせ鏡のように「ん」が見えます。

今から逆行するよ、というタイミングでガラスに自分が写っていない、ということはつまり「回転扉を使って逆行し過去に着いた自分」がいないということ。起こったことは起こったことで変えられないのと同様に、起こらなかったことを起こすことはできません。「逆行するぞ」と行動を始めた段階で、過去には「逆行後の」自分が存在しなければ、逆行は成功せず、回転扉の先は・・・よくて別次元の世界、悪ければ消滅なのか・・・誰も知る由もありません。それが回文的世界のルール。
第5次元にでも落っこちるんですかね。インターステラーでは奇跡的に戻ってこれたけど・・・?

この「自分が映っていなければ・・・」というのは、まぁ理論上はそうなんだろうけど、もはや思考実験の領域ですよね。


8-9.) そもそもなぜ回転扉か

順行の自分と逆行の自分がスーツを着用せずに触れ合うと対消滅が起こる、という前提があるため、静的な装置だと逆行した瞬間、切り替え完了してからその場所をでるまでの数秒の間に見事に消滅するでしょう。スイッチする瞬間の1秒前の自分も1秒後も自分も同じところにいることになるので、自分のいる位置に自分が現れて触れ合わないはずがない、から。

では、デロリアンだとどうでしょう?
自分が逆行するのにデロリアンが逆行してなかったら多分大事故なので、デロリアン自体に逆行作用をかけるとします。
BTTFと同じく、デロリアンが音速に達した瞬間(でしたっけ)に逆行になるとして・・・逆行した瞬間に逆行前の自分と、逆行後の自分が重なるか・・・うーん、速度もそのままに、逆行前の自分は後ろに遠ざかっていき、逆行中の自分は前に進んでいくのだけど、切り替えた瞬間はコンマ何秒かだけでも重なってしまう・・・のかな?そしたら自分もデロリアンも消える・・・のかな。

何にせよ、TENETの回転扉はよく考えられている。台座自体がまわることで地理的な意味で位置が重なる瞬間が無いし、もう一人の自分と距離がとれているから、一番リスクが少ないですね。


8-10.) もしキャットがセイターを撃たなかったら

これは、すみません、ちょっとどうでもいい話なのですが、
もし、キャットがセイターを撃たなかったらどうなっていたか。
セイターは薬を飲んで自殺する、はずなのですが、セイターが最後に手にしていた毒薬って、主人公が冒頭で飲んだ薬に見えませんか?
銀色の飲み薬って、なかなか見ないですよね。
ということは、これを飲んでもセイターは死なない・・・。

結局、この世界は主人公側の勝利が既定路線。
では、キャットの役割って。。。
もちろん、主人公の心情に深い影響を与えている重要キャラですが。

そして、セイターはなぜCIA諜報員と同じ薬を持っていたのか。
オペラハウス後に捕まった主人公たち一行を拷問したのはセイターたちの陣営であるはずなので、その時に回収してわざわざ手元に残しておいた?
他にも死ぬ手段はあるのにわざわざ?

あるいは、これが強力な鎮痛剤であることは知っていて、一度心臓が止まって仮死状態になり、逆行世界が開始させて、その後蘇生されることを望んでいた?

わからん。

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