10年前のあの日の記憶7

この時、自宅に戻るまでにどんな会話をしたのか、どんな風に帰ったかの記憶が全く残っていない。

きっと家族に会えて安心し、気が抜けていたのだと思う。

記憶にあるのは自宅の玄関前で、中の様子を覗きながら、中に入った母を待っているところだ。

出てきた母は、淡々と

「窓ガラスは割れてないけど、食器の破片だらけだし、家具も倒れていて、寝られる状況じゃないね。

明日掃除するとして、今日は車で寝るしかないと思う。」

そう言って、暖かそうな毛布を数枚出してきてくれた。

二手に分かれて車に乗り込む。

時々エンジンをかけて暖房をつけながらラジオを聴いた。

そのラジオでやっと今回の地震がどれほどの規模で、恐ろしい被害をもたらしたのかを知った。

そして、海沿いの工場で爆発が起こり、火災が続いていることも、その時に知った。

真っ暗闇の夜の世界で、海の方向だけが赤々と明るかった。

そのラジオから流れてきた、

『どうか、希望を捨てないで。信じてください。明けない夜はありません。』

そんな励ましの言葉が今でも忘れられない。

あの夜、日本中が不安だっただろうと思う。

何度も何度も繰り返し聴こえてきたあの声に励まされた人がどれだけいただろう。

結局、その夜は不安と寒さ、そして断続的に起こる余震。さまざまな要因でほとんど眠ることは出来なかった。

夜空が薄明るくなってきて夜が明けたとき、状況は何も変わっていないのに、ホッとした。

火事の明るさへは恐怖を、陽の光へは偉大さを感じた。


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