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微動だにしない男との接見記録②   ~接見の動機~

被告人I 無職 事件番号:令和2年(あ)第●5●号

強盗殺人・傷害・窃盗・覚せい剤取締法違反

検察官求刑:無期懲役 

現在上告棄却決定に対する異議申し立て中

負けてたまるかという気持ちです。でもどうせ無期懲役なら検察官を一発ぶん殴っても傷害罪が加わるだけじゃないですか。だからぶん殴ってやろうかとも思いましたがそこはグッとこらえました」。

私はこの男に不利な判決を全て傍聴した。つまり東京高裁の強盗殺人無罪に対する差し戻し判決、千葉地裁の無期懲役判決、そして再び東京高裁における控訴棄却判決・・・。

改めてここに記すまでもないが懲役6年と無期懲役では天と地ほどの差がある。懲役6年であれば未決拘留日数もあるので男は既に釈放されている・・・。

犯人はお前だ(運転していたのはお前だ)と宣告されたとき、男は取り乱したり感情を露わにすることはなかった。むしろ立派だった、というより立派に見えた。正に微動だにしなかったのである。しかし傍聴席から男の心の中は読めない。

男の心中にはどんな思いが去来したのか?立派に見えた態度の裏に秘められた思いとは・・・。

自分は本当に犯人ではないという確信からくる自信なのか?

ここで犯人だと宣告されたとしてもいつかは自分が犯人でないという日が来るという希望からなのか?

それともいつかこうなってしまうとわかっていたある種の諦めからなのか?

上記のいずれとも違うところからくるものなのか?

私が男と接触したいと考えた動機はそこにあった。そして初夏に初めて東京拘置所を訪れた。興味本位で接見するのは失礼だという両親も勿論持ち合わせていたが、どうしてもあの立派に見えた態度について男に聞きたいという好奇心が上回った。

東京拘置所の窓口に面会希望の用紙を提出し待合ホールのソファに腰かけて待っているときのなんともいえない緊張感・・・。接見するために手紙などで連絡をしていなかったため接見を拒否されるのではないかという不安感。接見が叶ったとしても興味本位で来やがってと怒られるのではないかというある種の恐怖感。

そんないくつかの感情が自分の中でせめぎ合っている中、受け取った面会整理票の番号が面会ホールの隅に置かれていた電光掲示板に表示された。〇〇〇番の番号札をお持ちの方は4Fフロアにお上がり下さい。

金属探知機及び所持品のチェックを受けるとエレベーターまでの長い廊下を歩く。薄暗くて無機質であり、何ともいえない独特な雰囲気のある廊下である。自分にとってはこの廊下こそが塀の中と塀の外の最たる象徴物であると思った。

4Fの受付のようなところで番号札を見せると本人こっちに向かっているのでもう少しお待ちくださいと言われ待合ホールのソファに腰かけた。コロナウイルスの影響で隣り合って座らないで下さいと張り紙がしてある。1Fのソファにも同じような張り紙があったことをここで認識した。1Fで待っているよりは幾分か緊張が和らいだのだろう。

というよりかはここまで来たらもう接見するしかないという開き直りの気持ちが自分を冷静にさせたのかもしれない。接見に応じてくれたということは考えられるのは面と向かって怒られるだけ・・・。この状況で自分にできることはただ一つ腹を括ることだけ。

体感で5分位してからだろうか、受付にいた刑務官さんが〇〇〇番の方5号室にお入り下さいと呼ばれ待合ホールの左手側5つあるドアの一番受付側の扉を開いた。パイプ椅子が3脚並んでいる。緊張感がピークに達する中、男が面会室に入ってきた。

「今日は突然すみません。裁判傍聴してました。私のことわかりますか?」と聞くと男は「はい」と答えた。「どうしても聞きたいことがあり失礼を承知で接見に来ました」というと男は「とんでもないです。何でも聞いて下さいと」温和な笑みを浮かべた。

男のイメージはとても腰が低く、礼儀正しく男の犯罪を知らない人が初めて会ったら間違いなく好青年というイメージを抱くだろう。15分くらい前に1Fの待合ホールで逡巡した己の考えが全て覆され、思惑を超えた結果にい意味で裏切られた。そして自分の疑問に思っていた質問を男に投げかけ冒頭の答えが聞き出せたのであった。

画像はwikipediaより

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