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言葉はどこに向かうのだろう?

業務用エアコンの吹き出し口で大きなファンがクルクル回っているのを、私は1人カウンター席に座りながらじっと見ていた。壁には空のワインボトルが所狭しに並び、英語の文字が壁紙の模様になっていた。天井からは裸の電球がいくつもぶら下がり、オレンジ色の温い灯りをともしていた。

4人掛け席に2人の女性が座っている。
「久しぶりよね。いつ以来?」
「ずっと会ってないよね。どうしてたのよ?」
「キャハハハハハハハハ~」二人の笑い声が響く。
「えっと、何から話せばいいかな?報告することが山のようにあるわ。」
友達だろうと思われる女性の二人組はそんな会話からスタートした。
~あいうえお・かきくけこ・さしすせそ・たちつてと~

その隣の4人席には男性2人女性2人の4人組が着席している。
「お疲れ様です。上着預かりましょうか?こちらです。」
「おつかれさん。早かったな?」
「仕事が早めに終わって時間ができたので先に来て待っていました。」
会社の仲間だろうか?4人組は味気ないご挨拶からスタートした。
~なにぬねの・はひふへほ・まみむめも・やいゆゑよ~

「お飲み物はお決まりですか?ご注文がお決まりでしたらおうかがいいたします。」定員がそれぞれのテーブルへ注文を聞きに行った。その後、注文された飲み物が各テーブルへ運ばれ、「お疲れ様~!」の声と共に、それぞれのテーブルで小さなイベントがスタートした。


その間もファンはクルクルと円を描きながら回っている。お酒も入りあちらもこちらも会話が弾みだし、小さな空間のあちらこちらから沢山の言葉たちが拡がっていった。
喋る笑う食べる飲む、喋る笑う食べる飲む、喋る喋る喋る喋る。

「あの言葉たちはどこにいくのだろう?」私はじっと言葉の行く先を見守った。すると言葉たちは行列をなし天井のファンへ吸い込まれていったのだ。私は1人その不思議な光景を眺めていた。

あの大きなファンがあそこでクルクルしている理由が分かった。空間に縦横無尽に拡がる言葉たちを吸い込み混ぜこね、人間が発する会話として彼らに降ろしていく。喋るのも大変そうだが、言葉を吸い込むファンの仕事も大変そうだ。


この世界には言葉が溢れている。その言葉たちはどこにいくのだろう?私はいつもそんな不思議な感覚を持っていたが、必死に回り続けるファンと出会って少し安心した。
本当は、私の頭の中が一番クルクルと回っていたからだ。
~らりるれろ・わをん!~


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