見出し画像

【ショートショート】機嫌ペンダントは用法容量を正しく守って使いましょう

「機嫌ペンダント」
それは着用している人の機嫌によって違った色に変わるペンダントだ。通常は無色透明だが、喜びは黄色、怒りは赤、悲しみは青といったように分かりやすい色に変わる。

感情の感知が必要なこのペンダントは、ネックレスの鎖を首の神経と実際に手術で接続する必要があり、一度着用すると20年間は取り換えが不可能になる。

一見すると恐ろしそうだが、その利便性から国中のほぼ全ての人がこのネックレスを着用しており、生まれてすぐの0歳、20歳、40歳と、20の倍数の歳に手術を受けネックレスを着用することが一般的になっていた。

色によってその人の感情がすぐ分かるこの国では、黄色の人にはハイタッチで喜びを分かち合い、赤い人とは距離を取り、青い人には優しい声をかけるようになっていた。

あるところに周囲の気を惹きたい19歳の女子大生Aがいた。Aには家族も友達も恋人もいたが、平凡な日常に飽き飽きしており、もっと周りから注目を集める方法はないかと考えていた。

そんなある日のこと。
大学から帰宅後にいつも通りInstagramを眺めていたAは、気になる投稿を見つけた。それは「特別な機嫌ペンダントを売っています」というものだった。
説明書きを読むと、そのペンダントは、実際の機嫌とは関係なく自分の意思で色を買える事が出来る“裏”機嫌ペンダントらしい。

Aはすぐさま「これだ」と思い、投稿者BにDMを送った。Aはペンダントの色を青にする事で周囲の注目を集めることを思い付いたのだった。Bより裏ペンダントを入手したAは、20歳になった時にこの裏ペンダントを身に付ける手術を受けたのだった。

Aの作戦は上手くいき、通常のペンダントだとこれまでは3日に一回、いや1週間に一回しか青色にならなかったところ、Aは悲しくもないのに毎日のようにペンダントの色を青に変え、周りから心配の声を集める事に成功したのだった。

「みんなに気を使ってもらえるって、なんて気持ち良いんだろう」
これまでの人生でいつも誰かの脇役だったAはこれに味を占め、授業中、サークル、バイト先、家と所かまわずペンダントの色を変えては周囲の気を惹き、初めての主役気分を満喫していた。

ある日のこと。
いつものようにペンダントの色を青に変えようとしたところ、ペンダントは無色透明のまま反応がない。不審に思ったAは、この裏ペンダントを売ってくれた投稿者BにDMを送ったところ、すぐさま返信が返ってきた。

「この度は裏ペンダントのご利用ありがとうございます。ご購入時にもお伝えしておりますが、それぞれの色には使用回数限度があり、その限度を超えるとペンダント内の電球が切れ、色が変わらなくなりますので使用頻度にはご注意ください。」

「そんなの聞いてないって」と焦りながら、AはBとのDMのやり取りを振り返ると、確かに購入時に同じ注意書きを受け取っていたのだった。

それからというもの、ペンダントの色は一切青色に変わる事はなくなってしまった。周囲のAに対する関心は一切失われ、Aは誰からも声をかけて貰う事はなくなり、Aの機嫌はその後20年間ブルーになってしまった。

                               (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?