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ヒーローの助けは必要ない【短編小説】

「ねぇおじさん、昔、格闘技チャンピオンだったんでしょ?助けてよ」

必死な様子で、少年は中年男に話しかけた。

背は小さく、かけている眼鏡のフレームが少し汚れている。
顔にはあざ、手には擦り傷を作り、服は汚れていた。

「どこからの情報だ」

「だって、皆言ってるよ。昔子供たちのヒーローだったって。でも、今はボロ雑巾だって」

中年男は、煙草を吹かしながら少年の方を見る。

「坊主、ボロ雑巾って意味分かって言ってるのか」

「え、汚いってことでしょ?あとね、廃棄寸前の中古車ってみんな言ってた!スクラップとか」

遠慮なく言うその少年に、今度は煙草を顔めがけて吹きかける。

少年は盛大にむせた。

「いいか、俺が嫌いなのは二つある。一つは礼儀を知らないくそガキ。もう一つは、格闘技」

「なんで?だって、格闘技世界チャンピオンでしょ?」

「もう一つ追加だ。馬鹿は嫌いだ。世界チャンピオンが平日の昼間から、こんな寂れた公園にいるか」

少年は、助けてよ、と繰り返した。

中年男は伸びきった前髪をかき分けて、溜息をつく。

「俺に何を期待してるんだ」

「だから、ぶっちょをやっつけてよ」

「何だ、ぶっちょって」

「よくこの公園で僕をいじめてくるやつさ。あいつちょっと力強いからって」

少年は涙ぐみながら言う。

「なんでそのぶっちょはお前をいじめる」

「そんなの知らないよ!あの運動できるデブ」

「お前を虐める理由が分かった。」

「なんでそんなこと言うんだよ!」

少年はついに泣き出した。

中年男は再び溜息をつく。

「相手を傷つけるやつは、自分が傷つけられても文句を言ったら駄目なんだよ」

「もういいよ!スクラップおじさん!」

そう言って少年は走り出した。

中年男はやっと静かになった公園で一息ついた。

数日後、また例の少年が中年男の前に来た。

今度は服が破れている。

「スクラップおじさん」

「その呼び方はやめろ」

「じゃあ何て呼んだらいいのさ!」

その質問には答えず、煙草に火を付けた。

「ねぇ、喧嘩のやり方教えてよ」

「・・・なんだって?」

「だから、喧嘩の仕方だよ。もうおじさんには頼れないから、自分でやることにしたんだ」

「坊主、お前は喧嘩の仕方より他に覚えることが沢山ある」

キョトンとした目で少年は見る。

「それに、俺は喧嘩屋じゃあない」

「ホールレス?」

「ホームレスだ。いや、ホームレスでもない」

「リストラ?」

「なんでそんな言葉を知ってる」

「僕のお父さんリストラしたから」

「・・・リアルだな」

あいつさ、と少年は話し始める。

「ぶっちょって、許せないんだ」

中年男は返事をせず、遠い目をしながら煙草を吹かす。

「あいつ、クラスの女子を虐めてるんだよ。それに、僕のお父さんの悪口も言うし」

そう話しているうちに、また涙ぐむ。

それを見て中年男は溜息をついた。
この少年と話していると、昔の自分を思い出す。

「お前に大切なことを二つ教えてやる」

少年は涙を拭かず、中年男の方を見た。

「一つは、自分が許せないと思っている相手なら、自分で片を付けろ。お前は俺をヒーローだのチャンピオンだの勘違いしてるが、そんなことはない。
二つ目は、泣いても変わらん。そのぶっちょをやっつけたいなら、まずは泣くな」

少年は涙を拭く。そして、決意したように大きく頷いた。

それから暫く、少年は来なかった。

あるとき、いつものように中年男が公園で煙草を吹かしていると、大きな身体をした小学生と思われる子供が公園に来た。隣には痩せこけた背の小さい男子もいる。

「ぶっちょ君、あれはやばくない?」

隣の痩せこけた男子がオドオドした様子で話す。

「何ビビってんだよ。ちょっと軽く押しただけだろ」

ぶっちょと呼ばれた体の大きい男子が答える。

「でも、あいつ、階段から転げ落ちたよ」

「・・・大丈夫だろ。保健室行ってたし。あいつが、しつこく俺に向かってくるからだろ」

その会話を聞いた中年男は立ち上がった。

公園を通り過ぎようとする二人に「おい」と声をかける。

「ちょっと教えてくれねーかな」

「ぶっちょ君、こいつって」

痩せこけた男子が萎縮した様子で隣にる男子に話しかけている。ぶっちょと呼ばれて怒らないのかこいつは。

「今の会話、ちょっと気になったんだけど。もしかしたら、俺の友達かもしれねーんだわ」

横に設置してある灰皿に煙草をこすりつける。

「で、何をしたって?」

やばいよ、と言う声を無視し、ぶっちょは強気に発言した。

「俺の親は、偉いんだ。お前が俺に何かしたら、ただじゃすまないぞ」

なるほど、こいつが嫌われる原因が分かったと中年男は納得した。

「俺は捨てるものも何もない、ホールレスなんでね。お前は俺が嫌いな要素の詰め合わせだ」

にじり寄り、上から見下ろす。

「ポリシーとして。俺は、自分が気に入らねぇ奴がいたら、自分で片を付けることにしている」

そう言って、拳を振り上げた。


-

「おじさん!」

それからまた数日後、松葉杖をつきながら少年がやってきた。

「おう、くそガキ」

「ねぇおじさん、助けてくれたんでしょ?」

目をキラキラさせて、少年が言う。

「何のことだ」

「あれから、ぶっちょが謝ってきたんだ、ごめんって」

「・・・そうか。だが俺は何もしてない」

「嘘だ。ぶっちょが、おじさんの、シャブ?」

「ジャブだ」

そう、それ!と、笑った。

「凄かったって、何か感動したって。それで、もう二度と、悪口とか、何か、色々!止めるって」

「そうか」

ありがとう、と少年は笑った。

何年ぶりのことだろうか、人から感謝されるのは。

中年男は昔、確かに格闘技をやっていた。しかし、チャンピオンに挑む試合で負けてしまった。

敗れた後、手紙が多く届いた。多くは励ましの手紙だったが、中には誹謗中傷の手紙もあった。

『あなたが、チャンピオンになると息子に言っていたのにも関わらず、負けてしまったので、息子は絶望しています』

中年男は、あるサイン会で確かに子供達にそう宣言していた。コーチは気にするなと言っていたが、それでも気になったのでどうにかして連絡を取れないかと試みたが、叶わなかった。

その後、また同じ宛名で手紙が届いた。

『息子が、死にました。恨みます』

どこまで本当かは分からない。
確かめる術もない。

ただ、スランプに陥っていた彼にはその手紙は追い打ちをかけるには充分だった。

「ねぇ、おじさん。もう格闘技はしないの?」

キラキラした目で、少年は言う。

「どうだろうな・・・」

絶望して尚、忘れられないのが格闘技だった。

「約束してよ。また世界チャンピオンになるって」

中年男は苦笑する。だから、どこからの情報だ。

「僕も、もうおじさんには頼らないで頑張るからさ」

「約束は、しない。ただ、まぁ、今度は自分のために」

それ以上は言わず、中年男は立ち上がった。

そして、頭をくしゃくしゃと撫で、じゃあな、くそガキ。と、煙草とライターをベンチにおいて去って行った。

それから数年後、格闘技界である男の劇的な復帰が世間で話題になる。

(完/2703文字)

今回、PJさん主催の「うたスト」に参加させて頂きました。

期間も残り僅かなところで、どうしてもPJさんの曲を元に物語を作りたい、と思いながら、何とか仕上げました。リンクは下に貼らせていただきます。


課題曲は「世界の約束」
作詞作曲はPJさん。
聞いていると、何だか前向きになれる曲です。
この曲から、今回の物語を書かせていただきました!

「うたスト」の企画には、三作品投稿させていただきましたが、本当に楽しく企画に参加させて頂きました!

素敵な企画、ありがとうございました!

#うたスト #課題曲A#短編小説#企画#創作

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