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そして彼女は彼方へと消えた【短編小説】

一ノ瀬あかりが手紙で示していた住所までの時間は、電車で約一時間掛かった。

頭の中で、あいつが暗い、山の奥へと消えていく姿が頭から離れない。

荷物は何も持たず、背負っているものをすべて脱ぎ捨てて。まるで舞うように。

そのイメージを否定するように首を横に振る。
電車に乗っているこの時間が、煩わしかった。

ようやく最寄り駅に着き、携帯のマップ案内で山のスタート地点まで来た。

「おいおい、ここを登るのか」

山の頂上までの道のりは、約2㎞。時間にして90分と書かれていた。
時刻は夕方。そろそろ日も落ちてくる頃だ。

何をしに行くんだ。そう自分で自問自答する。

一ノ瀬あかりが失踪したことを知ったのは、今日、学校を早退した時だった。

警察が、僕が暮らしている児童養護施設の職員にそう言っていたのを聞いて、居ても経ってもいられずこうしてわざわざ来ているわけだが。

それもこれも、2週間前に宇都宮が僕の元を訪ねて来なければ、ここまでの行動に移していなかっただろう。

あの時、去り際に渡された手紙。また会いに来て、と言われた手紙に書かれていた住所が、ここの山の入り口だった。

どういうつもりだよ。
これ、どういう意味なんだよ。

大体、一ノ瀬あかりは僕にとって、それ程の存在なのだろうか。

児童養護施設で約6年間一緒に過ごした。
あいつに救われた経験も確かに一度や二度では無い。

だけど、あいつがここにいる確証もないのに、何故僕は今ここにいるのだろう。


しかし、登る。自分の問いに答えが出なくても、ひたすら登る。
傾斜もきつい。だが、足は止めない。

そして、丁度90分。山頂に着いた。

山頂には灯台があった。

中に入ると、様々な写真が壁にかかっていた。
どれも、山が映っている。

ベンチに机。そして机の上にはメモ帳とペンが置いてあった。

灯台を出たところに、緑色の手すりがある。
その手すりは円形に広がり、360度から景色が見られるようだ。
手すりに手を置き、下を見下ろす。

ここから、飛び降りたら・・・。

やはり、嫌なイメージが頭をよぎる。

彼女は、ここに僕を連れてきて何を見せたかったのだろう。

あいつは最後に会ったとき、「山を登ることにしたんだ」と言った。
決意表明だ、と。

きっと、何かある。僕は灯台に戻り、もう一度中をくまなく探す。

机に注目する。
メモ帳は無地で1枚1枚めくるブロックタイプの物だった。
ペラペラとめくる。
何枚かめくられた感じはあったが、何も書いていない。
引き出しを開ける。

一段目、何もない。
二段目、何もない。
三段目、一番奥の端に半分に折られた紙があった。

それを拾い、広げる。
正方形に広がった紙には、こう書かれてあった。

『虹を見た。私の目にも、多色に映った。虹に込められた意味を、知っている?』

その手紙は、宛先も氏名も書かれていなかった。

だけど、誰に何を宛てた手紙か僕には分かる。

「声くらい、聞かせろ」

誰もいない灯台で一人ぼやく。
一ノ瀬が書いた住所のことで気になり、一度連絡した。
『また一緒に行こう思って』
そう連絡が返ってきた。
電話をしたが、出なかった。

一ノ瀬あかりとは、僕にとって喉に引っかかった魚の骨だ。

すごく、気になる。
何かを飲み込もうとすると、痛みが伴う。

そうだ。
あいつが家庭に引き取られた時も、そして最後に会ったときも、ずっと、無理に笑った顔が気になっていた。

ずっとそうだ。
あいつは、自分の痛みに鈍感だ。いつも割り切る。理不尽を仕方ないと思う。
いつ、こいつの張り詰めた糸が切れないかと気になっていた。

結局、一ノ瀬あかりが何処にいるのかは分からない。

だけど、生きている限り、いつか必ず会える。

僕は灯台に置いてあるメモを1枚破り、書いた。

虹の意味は、明日への架け橋だ。

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久しぶりに登る山は、幼い頃よりも辛く険しい道のりに思えた。

こんなに、辛かったっけ。

天気は、小雨だった。

今日は、死ぬには良い日だ。

昔、何かのテレビでやっていた海外番組のコメンテーターが言っていた言葉。
昔はよく分からなかったこの言葉が、今はしっくりくる。

登り続けること90分。山の頂上についた。

山の頂上には、灯台があり、そこから辺り一面を見落とせるようになっている。

あぁ、こんな景色だったっけ。

幼い頃、父に肩車をして貰って見た景色と重ねる。

今はあの時より大きくなっているはずだが、目線はあの頃より低い。

無性に寂しくなって、涙がこぼれた。

優しい父の、大きな手。その手に引かれて登ってきた山。

今は、一人。

灯台から麓を見下ろせる手すりに、手をかけたときだった。

視線をその手すりに移すと、文字が書いてあった。

『あかり・しんじ』

幼い頃の記憶が蘇る。
そうだ、ここに、父と自分の名前を刻んだ。

また、これるように。

虹が見れなくて、落ち込んだ私に対して父はその時にこう言った。

「また、来ればいい。何度も来よう。そしたら、きっと、虹が見れる」

そして、名前を刻んだ。これは、誓いだ。と笑いながら。

涙を拭っている時だった。異変を感じ、視線をその先へ移す。

前方を見ると、雲の隙間から、一筋の光が麓を照らしていた。

そして、私がずっと望んでいたものが、そこにはあった。

視界が滲む。

父さん、天野。

私の目にも、虹は色鮮やかに映ったよ。

希望なんて何もないと思っていた。
でも、こうして美しい景色がまだこの世界にはあって、目を閉じると大切に浮かぶ人もいる。

だったら、まだ足掻けるはず。
天野宛に書いていた手紙は、もういらない。

天野、虹の意味はもう知っているかな。
いつか、自分の問題が解決したら天野に会いに行こう。
そう、虹に誓った。

(完/2285文字)

#第二回絵から小説 #短編小説#三部作#創作

今回、清世さん主催の「絵から小説」に参加させて頂きました。

絵は全部で3枚あり、どれも素敵で、どうせなら物語を繋げたい!と思い立ちました。

期間を長く設定して下さったお陰で、書き終えました。
清世さん、素敵な企画ありがとうございました!

リンクは下に張らせて頂きます。

また、他の2枚から創作した物語も、興味があれば是非お願いします!

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