ここくんの災難・ににちゃんの心眼

6月の今日、朝からしらしら降り続いた雨は、昼過ぎに霧雨に姿を変えた。
部屋に置いた時計の秒針の音が刻々やたらと強調してくる。
圧倒的な静寂に包まれた午後に響く、その音は、きっとなにかはじまる
ーカウントダウンー

午後のここ
あ、お部屋、アイテイル。
夢のような瞬間です。
ぼく、脱走する。

3年1か月、おじいちゃんマウスのここくん。
決意と行動開始がほぼ同時にここくんを駆け巡りました。
いってきます。
そうして、振り返ることなく元気に脱走の旅へ出発してしまいました。

午後のにに
いっぽうににちゃん。
ににちゃんは、咬み散らかした床敷を一か所に集めていました。
ににちゃん、なにしているの？興味津々のマウソック。
そんなマウソックを相手にせず、ににちゃんは大忙し。
さわさわと動き回りながら、ようやく一か所にあつめた床敷に頭をのせてひとやすみ。

あー、枕だ！すごい。
ににちゃんは、しばらく枕に頭をのせたまま目をあけていましたが、
そのまま夢の中へとすっぽり入ってしまいました。

ににちゃんのお部屋の中で、おもちゃたちが、じっとしていました。
静かな午後。霧雨がさらさらと降っています。
部屋を揺らぐ扇風機の風は、器に入れた飲み水のそのきれいな水面をときどきゆらしていました。

今、マウソックができること
そんな、しずかなお部屋の中へ、忍び込んだ影・・・・思惑を持ったマウソックの手が、ぐっすりと眠っているににちゃんのそばを通り過ぎました。不穏に大きな影をににちゃんに落としながら、ゆっくり、ゆっくり、息をたてず。

目的は、「Get 回し車」。

よりによってお部屋の奥に置いてしまった 回し車。ようやく手が届きました。ににちゃんが寝ている最中を狙って、そっと・・G、Get!・・・・・・

マウソックがこんな悪事を働いているのも切実な理由があります。実は、なかなか自分のお部屋に飽きてしまったここくん。すぐに回し車をプレゼントしたくても到着まで時間がまだまだかかる・・・ににちゃん、ちょびっとね、貸してもらえませんか。

相変わらずぐっすり寝ているににちゃん。
マウソックの心の声は、ににちゃんの心に聞こえたものとして
回し車がそろそろ運ばれていきます。

息がおもうようにできず、苦しいマウソック。
眠れる鼠姫、にに。
ただいま脱走中、ここ。

2匹と1人、それぞれの時間が過ぎていきました。

夢にもおもわない
ににちゃんのお部屋は一気にさみしくなりました。ににちゃんだけが何も知らずに眠り続けています。ににちゃんが起きるまえに返さなきゃ。
怪盗？マウソックは、一塊の良心があることをみずから確認するようにつぶやくと回し車をそっとここくんのお部屋に入れました。

ここくん、回し車だよ。ににちゃんが貸してくれるって。
息するように嘘を言ってから、ようやくここで気が付きました。

あれ？ここくん、ここくん？！・・・うそ・・・どこいっちゃったの・・

脱力とともに一気に襲ってきた焦燥感。
ここくん？ここくん？どこですか？！

この時ここくんは、床にある置物の陰でじっとしていたらしく、マウソックの声が聞こえると、以外にもそろそろとマウソックの前に現れました。

よかった！ここくん。
ここくんは、マウソックの目の前に出てくると、ぴたりと立ち止まりました。なんだかほっとしたようなまなざしを向けたここくん。すぐそばで両手を開くと、ここくんは素直に手のひらへ乗ってきました。

ここくん、お部屋つまらなかったんだよね。なんとなくそう思っていたよ。
だからににちゃんからおもちゃを借りました。一緒に遊んでみようね。

そういって、ここくんを回し車の前で下ろすと、ここくんは、新奇な目線を辺りに配らせながら回し車の回りをくるくると歩き回りました。

なんですか？これ？

ここくんは、回し車の使い方がわからず、しきりと歩き回るだけです。
マウソック、回し車の使い方を教えてあげました。
ここくんはそれを見ると同じように回し車に乗り、そろそろと回し車の上を歩き始めました。

あ、楽しい。

ここくんが段々勢いをつけて小走りになると思わぬことが起きた。
回し車をセットした真上には七夕の短冊のようにたくさんの紙やら木のアイススプーンやらじゃらじゃらとマウソック手製おもちゃがぶら下がっています。ここくんが激しく回し車を回し始めるとそのおもちゃたちがここくんの頬を何度も打ちました。

かたづけるのを忘れた！！

時、遅し。何度も頬を打たれたここくん、戸惑って嫌になっちゃった。
なんでぼくビンタされちゃうの？
「キュッ、キキッ」
ここくん、小さな鳴き声を上げ、降りてしまいました。

眠れる鼠姫が目を覚ますとき
ににちゃんは、お部屋の入口に座っていました。そして回し車をもって白状するかのようにたたずむマウソックを、漆黒の瞳で見ていました。