月光

かつて付き合っていた恋人の実家には
大きなグランドピアノが置いてあった。

本人も中学に上がるか上がらないかまでは
弾いていたそうだが
今は妹が主に弾いているとのことだった。

彼の家はたいそう広く、グランドピアノが
リビングの真ん中に置いてあっても
圧迫感を感じるどころか
素敵なオブジェとしても成り立っていた。

いつだったか
家にお邪魔していた時に
ピアノの音が聞こえてきた。

珍しいことではなかったが
その旋律がその時の私にとても響いて
忘れられなかった。

「この曲なんていう曲？」

彼に訊ねたら

「月光。ベートーベンの」

といった。

寂しくて暗いけど美しくて
素晴らしい曲だなと思った。

すぐにタワーレコードにいき
私は月光が入っているCDを購入した。

CDから聞こえてくる音は
正しくあの時私が聞いた月光だったけど
でもあの日、あの時に聞いたものとは
別のような気もした。

あの時、彼の妹が
どんな気持ちで月光を弾いていたのかはわからないけど
あの時の私に届いたあの曲は
もう聞けないんだなと
ちょっと寂しい気持ちがまたあの曲を美しいものにして
私の中で忘れられない曲の一つになった。

#思い出の曲