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愛を知らない少女の愛の物語『ザリガニの鳴くところ』 #289

野生動物に育てられた人間の子どもの話は、インドやメキシコなど、世界中にあるようです。『ガラスの仮面」で北島マヤがオオカミ少女ジェーンを演じていましたね。手塚治虫の長編漫画『火の鳥』にもありました。

ディズニー映画にも「ジャングル・ブック」があります。2016年に公開されたジョン・ファヴロー監督版はよかったなー。

「ジャングル・ブック」の主人公である少年モーグリの場合、育ての母がオオカミ、師匠が黒ヒョウと、野生動物に生きる知恵を授けてもらいながら生きていました。

人間のモーグリは、自分と違う特性をもつ存在として、愛を持って受け入れられていたのです。

一方、今日ご紹介する『ザリガニの鳴くところ』の主人公・カイアは、6歳の時に人間の家族に見捨てられ、文字通りたったひとりで生きる少女です。湿地の中にあるぼろ屋で、他の人間とほとんど言葉を交わすことなく生きる少女の物語。

小説は母が出て行ってしまった日から始まります。6人いたはずの兄姉はひとりずつ逃げだし、残ったのは兄だけ。アル中で暴力をふるうばかりの父から隠れるように暮らしていたふたりですが、とうとうその兄も出て行ってしまいます。

その日から、料理も、ボートの操り方も知らないカイアの闘いが始まったのでした。

こちらがカイアの少女時代のお話。

物語は、1969年に発生した殺人事件を捜査する警官の話と交互に進みます。殺されたのは裕福な家庭の息子で、女たらしのチェイス。カイアが大人になるにつれ、物語は事件の起きた年に近づいていく。そして、事件の有力な容疑者となるのがカイアなのです。

「ジャングル・ブック」の少年モーグリは、育ての親である野生動物たちの愛を信じていました。だけど、カイアには信じられるものが何もなかった。お酒を飲んでは暴れるだけの父、自分を置き去りにした母や兄たち。初恋の少年テイト。蔑みの目で見る町の人々。

みんなが自分を捨てていく中で、彼女を受け入れてくれたのは湿地だけ。これほどの孤独があるのだろうか。6歳の子どもに。

たった1日しか学校に行ったことがないカイアは当然、10代になっても読み書きができません。兄の友人であるテイトに文字を教わり、本を読むようになって、カイアの世界は劇的に変わります。

こんなにも学ぶ喜びを感じられる小説はないなと感じました。

カイアたちはいつもボートで移動しているので、「湿地」というイメージがなかなかわかなかったんですよね。「干潟」とどう違うんだろうと思ったら。

干潟は引き潮時に干出するところ。
湿地は常時冠水していたり、定期的に冠水する低地のこと。

だそう。

どちらも水と陸地が出会う場所に形成され、貯水機能や水質の浄化機能があり、多様な生物に生きる場所を与えてくれます。

カイアも湿地の一部なのかもしれない。

本のタイトルになっている「ザリガニの鳴くところ」とは、「生き物たちが自然のままの姿で生きてる場所」のこと。男の身勝手の犠牲になっておびえるしかなかった小さなカイアにとっては、自然のままの姿で生きられる場所が湿地で、生きる術を与えてくれた湿地を、愛を持ってみつめることができたのだと思います。

愛を知らない、野生の中で生きてきた少女の愛の物語。ラストの衝撃体験がいまも胸に残っています。




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