銀二貫

ものづくりに賭ける想い 『銀二貫』 #204

本屋さん主催の文学賞といえば「本屋大賞」が有名ですが、町の書店の書店員さんが独自に選定している賞もあります。

たとえばHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの新井見枝香さんが選ぶ「新井賞」は、発表を心待ちにしている人もいるくらいの人気。

そして、一度は行きたいと思い続けている高知の本屋さんTSUTAYA 中万々店の山中さんも「山中賞」を選定。

今日ご紹介する高田郁さんの『銀二貫』を第1回受賞作に選んだ「Osaka Book One Project」も(現在は「大阪ほんま本大賞」に改称)。

「大阪ほんま本大賞」の選考対象となる本は、
・大阪に由来のある著者、物語であること
・文庫であること
・著者が存命であること
の3条件を満たすもの。

『銀二貫』は、安永7年(1778年)の大坂を舞台にした小説なんです。

ちなみに、「大坂」と「大阪」という表記の違いは明治維新に関係があるそう。「坂」の字を分解すると「土」と「反」に分けられますよね。

・土に返ると読めることから、縁起がよくない
・「士」に似ていることから、武士が反乱と読める

といった理由から、「大阪」の字が当てられ、1868年に「大阪府」が設置されたといわれています。

小説はそれより100年近く前の江戸時代が舞台です。寒天問屋「井川屋」の主人・和助に助けられた10歳の少年・鶴之輔が主人公。主人は鶴之輔を助ける代わりに「銀二貫」という大金を払わされることになります。

行く当てのない鶴之輔はそのまま主人の店で働くことに。松吉という名前をもらい、商家の躾に耐えながら、新商品の開発に乗り出す…というストーリー。

松吉には真帆という好きな女の子がいたのですが、彼女は大火事のために行方不明になってしまいます。「それもこれも、旦那様が銀二貫をこんな小僧のために使ってしまったからだ」と番頭さんからイヤミを言われ続ける日々。

なぜなら、松吉を助けるために使った「銀二貫」は、元々、大火で焼失した天満天神宮への寄進のために用意したお金だったからです。銀二貫とは、現代のお金にすると約220万円くらい。

そんなもん?

と思うかもしれませんが、物価が現代とは違うので、感覚的には2億円くらいなんじゃないかと思います。それくらい、途方もない額が松吉を助け、運命を縛っていく。

松吉が奉公している「井川屋」は寒天問屋です。爆発的に売り上げが上がることもなければ、単価を値上げすることもできない。堅実といえば堅実。面白みがないといえば、面白みがない。主人も番頭も年老いていくだけだし、新入りは逃げちゃうし、好きだった女の子は見つからないし。

人生、先細りやん!?

ですが、松吉には思いがけず、「ものづくり」に対するモーレツな我慢強さがありました。

アホじゃないかと思うほどの失敗を重ねる商品開発。読んでるだけでドキドキしちゃうほどリアルです。これは作者の高田さんが実際につくってみて、その失敗も含めて小説にしているから。

フィクションこそリアリティが大事、なんですね。

「大阪ほんま本大賞」の対象は「大阪に由来のある著者、物語であること」と書きましたが、高田さんの作品のほとんどは大坂が舞台です。言葉のやわらかさも含めて、人間に嫌みがないのもいい。

商売人の心意気も感じられる小説です。

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