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人間の“しょぼさ”に震えるノワールの名作 映画「哀しき獣」 #600

しょぼい生活を送っている、しょぼいオッサンは、決して怒らせてはいけないオッサンだった!

キム・ユンソク×ハ・ジョンウの映画「チェイサー」で華々しくデビューしたナ・ホンジン監督が、再びふたりを主演に据えてつくった「哀しき獣」。映画には、しょぼいオッサンしか出てきません。これが極悪の闇なんです。

<あらすじ>
中国・延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手をしているグナムは、借金返済のために賭博に手を出すが、失敗してしまう。そこへ、ミョンから、韓国へ行ってある人物を殺せば借金を帳消しにすると持ちかけられる。グナムは、韓国へ出稼ぎにいったまま音信の途絶えた妻に会うためにも、ミョンの提案を受諾。韓国にたどり着くが……。

4人のしょぼいオッサンを軸に話は展開していきます。ひとりずつ紹介しますね。

しょぼいオッサン1:グナム

演じているのはハ・ジョンウ。寒さと貧しさを象徴するような“青い”画面の中、追い詰められていくオッサンです。韓国に来てから、さらに追い込まれます。気の毒。

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(画像はKMDbより)

しょぼいオッサン2:ミョン

みすぼらしいけど、迫力は満点のオッサンを演じるのは、キム・ユンソク。前作の「チェイサー」とは善玉悪玉が反転しているんですよね。まったくセクシーじゃないし、知的でもない。上野公園を歩いていそうなしょぼいオッサンなのに、目が離せない俳優です。

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(画像はKMDbより)

しょぼいオッサン3:キム・テウォン

チョ・ソンハという、こちらはちょっとキレイめなオッサンが演じています。といっても、キレイなのは見た目だけなんですけど。

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(画像はKMDbより)

しょぼいオッサン4:キム・スンヒョン

出番はちょっとしかないですが、めちゃくちゃ強い印象を残したクァク・ドウォン。この映画でナ・ホンジン監督に惚れ込まれ、次の作品である「哭声 コクソン」で主演を務めることになりました。

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(画像はKMDbより)

ミョンから「キム・スンヒョン」を殺害するよう指示されたグナム。韓国へとやって来ますが、自分が「捨て駒」なことに気がついて反撃に出る、というストーリーです。

しょぼいオッサンが、しょぼいオッサンに噛みつく!
あっちでも、しょぼいオッサンが、しょぼいオッサンに斧を振り下ろす!
おかげでこっちから包丁を持ったしょぼいオッサンが登場!

という感じで、前作「チェイサー」で見せた、キム・ユンソクとハ・ジョンウの「絶対にあきらめない」パワーが、さらに強力に、強烈に展開されていきます。

前半のノワール劇に加えて、後半のカーチェイスは歴代最高の出来だと思います。手持ちカメラの「手ぶれ感」が、こんなにも恐怖を煽るものだとは……。

でも、この映画の製作費は約100億ウォン(約10億円)。韓国映画の中では“大作”の水準だそうですが、ハリウッド映画の規模からしたらネズミのウンチ程度でしょう。

製作費400億ウォンを費やしたポン・ジュノ監督の「スノーピアサー」に出演した際、クリス・エヴァンスはこんな風に語っていたそうです。

規模は非常に小さいけど、斬新でユニークな作品に出演したんだよ」

製作費の多寡で、クオリティを云々できないのが「映画」というものではないかと思います。おまけに現在は、コンピュータで、いくらでも視覚的な特殊効果を施せる時代。韓国にはデクスタースタジオなど、視覚効果の有名スタジオがありますが、その技術は文句なしのハイクオリティです。2月にNetflixで公開された「スペース・スウィーパーズ」では、予算を抑えることにも成功しています。

上の記事に出てくる「デクスタースタジオ」のキム・ヨンファ代表は、「神と共に」シリーズの監督でもあります。自身の映画の失敗を糧に、技術を磨いた結果としての“いま”なんです。韓国映画の製作費は「しょぼい」金額かもしれませんが、映画も技術も決して「しょぼくない」。というか、「すばらしい」レベルです。

ただ。

わたしは、俳優たちの演技のぶつかり合いが見たいし、監督の演出に惚れちゃうんですよね。特に、人間のしょうもなさを描いた脚本にはしびれます。

映画「哀しき獣」は、しょぼいオッサンの大暴走が見どころですが、全貌が明らかになった時、呆気にとられてしまいます。

そんな「しょぼい」理由が発端だなんて!!!

ハ・ジョンウ演じるグナムが求めていたのは、しょぼくてもいいから家族一緒に笑える暮らしだったのでは。

人間の「しょぼさ」に震える名作です。そして、「しょぼくない」は「すばらしい」とイコールではないと、腹の底から納得できる映画です。


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