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本を焼く土地では、やがて人を焼くようになる 『炎の中の図書館』 #370

「わたしは図書館で大きくなった」

『炎の中の図書館 110万冊を焼いた大火』を書いたジャーナリストのスーザン・オーリアンの言葉です。間違いなくこの言葉はわたしに子ども時代を思い出させてくれました。

『ボストン・グローブ』などでコラムニストとしても活動していた著者は、ロサンゼルスに引っ越した後、息子を連れてロサンゼルス中央図書館を訪れます。その時、母に連れられて図書館に通った幼い日のことを思い出すのです。

家から数ブロックの所にある図書館の分館に行き、それぞれにお気に入りの棚で過ごしたり、背表紙をながめながら目を奪われるものに出会ったり。節約を常としていた両親にとって、「本を買う」という行為はとてもぜいたくなものだったようです。

わたしが子どもの頃に住んでいた田舎町には、そもそも本屋さんがありませんでした。家にあるのは、「世界文学全集」のでっかいシリーズくらい。『彦一さん』のような本との出会いは図書館だったんですよね。

著者と同じように、わたしも自分で本を買えるようになってから「本を所有する」ことに大きな喜びを感じるようになりました。学生時代はエンゲル係数よりも、本係数の方が高かったかもしれない。

それでもやっぱり、今でも図書館は特別な場所だと感じます。

図書分類法のベースとなっているのは、アメリカの図書館学者であるメルヴィル・デューイが考えた「デューイ十進分類法」だそうですが、そこに日本に関連した項目を付けくわえたのが「日本十進分類法」です。図書館司書の森清さんが考案したそう。

この分類があるおかげで、生物学ならあの辺、小説ならあの棚、ということがすぐに分かるようになっています。分類と整理こそ、図書館の使命なのかもしれません。

が。

1986年4月30日。ロサンゼルス公共図書館中央館は、大火災によって40万冊を焼失。70万冊の本が煙か水かその両方かによって損傷。黒焦げの塊が、いったい何の本だったのかさえ分からないという事態になりました。

図書館で働く人たちにとっても、近隣の利用者にとっても大きな衝撃を与えた火災の犯人とされたのがハリー・ピークです。

『炎の中の図書館 110万冊を焼いた大火』は、久しぶりの図書館訪問で母との思い出を引き起こされたスーザン・オーリアンが、この火事について知るところから始まります。司書、代々の図書館長、市の役員、そしてハリー・ピークの家族らに取材した内容が交互に紹介されていきます。

周囲からは好青年とみられていたハリー・ピークは、ハリウッドでちょい役をこなしながら、実際はご近所さんの御用聞きのような仕事をして生計を立てていたという青年。彼の生い立ちを知るにつれ、「なぜ、そんなことを?」という疑問がつのりました。

図書館に行くことで母との懐かしい日々を取り戻した著者。でも母自身は記憶を失う病にかかっていました。図書館への想い、本への愛情は、母を含むすべての人間への畏敬につながっていきます。

燃えてしまった本の中には、もちろん世界に数冊しかない貴重な稀覯本もありました。地域の史料もあります。本に焼き付けられているのは誰かの人生であり、何かの記録であり、記憶でもあるのです。

ドイツの詩人ハイネは「本を焼く土地では、やがて人を焼くようになる」と警告しました。

セネガルでは誰かが亡くなったことを表現するとき、その人の「図書館が燃えた」と表現するのだそうです。

なんとも深遠な言葉じゃないですか?

わたしの中にある経験と記憶は、わたしだけの「図書館」。それをこうしてnoteに書き残すことで、誰かと分かち合うことができればうれしいなと、あらためて感じたのでした。


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