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自分にウソをつかない仕事 『古くてあたらしい仕事』 #286

4月が始まって三週間が経ちました。新年度はいつもドタバタするものですが、今年はなおさらアワアワしている気がします。新しい部署での仕事が始まった人もいるでしょうし、社会人デビューをした人もいるでしょう。

居心地はいかがですか?

新人たちの本音を聞いてみたいと思う日々。彼らと話をしていると、自分が社会人デビューをした頃のことをよく思い出します。一週間の研修が終わった途端に、わたしだけ配属部署とは別のところに連れて行かれました。

電算化準備室。

時代を感じる名前だなぁ。それまで紙でしていた業務を電子化しようというプロジェクトが進んでいて、ローンチまでの最後の半年間、まとめ作業をいきなりわたしがやることになりました。メンバーは上司ひとりとわたしだけ。上司は自分の仕事があるので、朝にちょっとだけ会議室に来て指示を出すと、どこかへ行ってしまいます。右も左も分からない中で、たったひとりでシステム会社の方と打ち合わせをし、マニュアルを作り、環境整備をする。

秋になり、プロジェクトがオープンして、本来の業務に戻ったとき。

ああ、この仕事、好きじゃない。

そう感じてしまったんです。まっさらな状態から自分で畑を耕す仕事で味わった醍醐味と、数十年続いてきた事業ではギャップが大きかったのだと思います。

この仕事が好きじゃないなんてワガママ?

わたしがやりたいことってなんだっけ?

わたしにしかできない仕事ってなんだろう?

悩んだ結果、転職を決めました。悩んだのは三日だから、つくづく即断即決の女だなと思います。でも、あの時自分の気持ちにフタをしないでよかったなと思うのです。

ひとり出版社「夏葉社」の代表である島田潤一郎さんは、未経験から本を作り始めたという方です。会社員時代、苦手だった営業の仕事をしたことで、自分の気持ちにウソをつかない仕事をしようと立ち上げたのが「夏葉社」。そこでの10年の歩みを綴った本が『古くてあたらしい仕事』です。

無職で32歳、未経験という境遇から出版社を起ち上げた理由は、大好きな従兄の死だったそうです。気落ちする叔父叔母を喜ばせること。自分を必要としてくれる人のためにする仕事。

誰かのためになにかをしたいという欲望が、島田さんを動かします。

大好きな一編の詩を本にしてプレゼントする。そうして始まった「夏葉社」は、何度も読み返される、定番といわれるような本を、一冊一冊妥協せずにつくることを目標にしています。

和田誠さんとの思い出、庄野潤三さんとご家族とのおつきあい。“一冊入魂”の本作りだからか、出版までに関わる人たちとの関係も濃くならざるをえないのだろうなと感じます。

編集も、営業も、発送も、経理も、全部ひとりでできる規模で続ける出版社。規模を追わないなんて、趣味じゃんと考える人もいるかもしれません。もちろん島田さんだって、本は売れて欲しいでしょうし、お金だって欲しいでしょう。それを最大目標にしていないだけ。本作りに妥協はありません。

一冊の本が人生を救うというようなことはないかも知れない。でも、ぼくにはきっと、なにかできることがある。ぼくにしかできないことがある。

自分にしかできないことを、自分のやり方で。たとえ世間の常識と違っていても、自分の気持ちにウソをつかなければ自由は手の中にある。

ただし、自由は厳しい。


「夏葉社」のホームページはこちら。刊行済みの書籍一覧もありますよ。


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