「ほえる犬は噛まない」 ポン・ジュノ監督フィルモグラフィー①
すごいことが起きた。
製作にアメリカ資本が入っていない、アジア人しか出てこない、非英語の映画に贈られた最高の栄誉。
第92回アカデミー賞で「パラサイト 半地下の家族」が、作品賞、監督賞、国際映画賞、脚本賞を獲得しました。アジア映画としては初の栄冠です。
この選択は、アカデミー賞の新しい歴史を開くものだと思います。アカデミー会員の懐の深さに敬意を贈りたい。アカデミー賞について書くと長くなっちゃいそうなので、各賞のスピーチの翻訳を載せておきますね。
脚本賞でのポン監督スピーチはこちら。
共同脚本のハン・ジュヌォンのスピーチにでてくる「忠武路(チュンムノ)」は、ソウルにある町の名前です。その昔、映画会社の本社や映画館が多くあったので、韓国映画界の代名詞として知られています。
国際長編映画賞でのポン監督。うれしそうだなー。
そしてついにきた!!!! 監督賞のスピーチ。最初のツイートの下にデロデロと続いています。スコセッシの言葉を引いて敬意を示し、アメリカで全然名前を知られていない頃から「マイ・ベスト」に推してくれたタランティーノにも謝意を送っています。(話を聞きながら手が震えてタイプできなかった……)
そして驚天動地の作品賞!!! スピーチしたのはクァクプロデューサーです。続いて英語でスピーチしていた小っちゃいおばちゃんはイ・ミギョン(ミッキー・リー)さんというCJグループの副会長です。ポン監督をほめまくるので、監督は照れ臭そうにすみっこでウロウロしてました。
正直に言って、「パラサイト 半地下の家族」がここまで席巻するとは思っていませんでした。国際長編映画賞くらいはくれるよね?ね?ね!と思っていたくらいだったのに、この快挙。脚本賞の発表があった11時くらいから仕事が手につかず、ずっと監督のスピーチを翻訳していました。
仕事しろよ。はい。
わたしは2000年に韓国留学していたのですが、その時、話題の映画を観に行こうという先生に連れられて映画館に行きました。まだヒアリングなんてできるレベルではないので、先生があらすじと登場人物のキャラクターを解説してくれたんですよね。
この時、観たのが「ほえる犬は噛まない」でした。
あれから20年。すべての作品を追いかけてきて、頂点に立った姿が見られて感無量! うれしい!
でも、この映画で初めて韓国映画を観た、ポン・ジュノ監督を知った、ソン・ガンホの顔のでかさに驚いたという人も多いですよね。
そこで今週は<アカデミー賞への道 ポン・ジュノ監督フィルモグラフィー>と題して、代表作を1作ずつ紹介したいと思います。
ポン・ジュノ監督フィルモグラフィー
2000年:ほえる犬は噛まない
2003年:殺人の追憶
2006年:グエムル-漢江の怪物-
2009年:母なる証明
2013年:スノーピアサー
2017年:オクジャ/okja
2019年:パラサイト 半地下の家族
まずは長編デビュー作の「ほえる犬は噛まない」です。
映画「ほえる犬は噛まない」
韓国では2000年に公開され、海外の映画祭で新人監督賞などを受賞しましたが、興行的には失敗。ポン・ジュノ? だれ?という状況で、無力感に覆われる主人公の日常というストーリーはウケないのも当然ですかね。
さまざまな種類の犬が登場するのですが、犬に向かって主人公が八つ当たりするシーンがあるので、犬好きの方にはおすすめできないです。声を大にして言っておきます。犬好き・動物好きの方にはショッキングな映画です。ただし、撮影時に動物に危害は加えていないそう。
<あらすじ>
万年講師のコ・ユンジュは、マンション内に響き渡る犬の鳴き声にイライラ。小学生の女の子が連れていた子犬を地下に閉じこめてしまう。臨月の妻から嫌味を言われつつ出かけた会食で、教授職に応募するためには1500万ウォンが必要だと忠告を受ける。一方、マンションの管理事務所で働くヒョンナムは、女の子の代わりに子犬探しをすることに。しかし、2匹目の子犬が行方不明になり……!?
公開当時はヒョンナムを演じたペ・ドゥナが人気の頃で、ポスターなどもペ・ドゥナ押しでした。
文系博士の就職難、高卒生のワープア、出産退職勧告といった社会問題がギュギュッとつまったストーリー。
いろんな事件の罪を着せられてしまうのは、マンションの地下に住み着いていたホームレスです。彼が警察で語った言葉がせつない。
「刑務所に行けば、朝には天ぷら、昼には豚肉、夜はホッケ焼きが食べられるしいいんだよ……」
第50回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した今村昌平監督の映画「うなぎ」には、柄本明が「強姦でもして刑務所に戻りてー!」と叫ぶシーンがあります。
社会からはみ出してしまった者に、世間はやさしくありません。はみ出す寸前のところでモラトリアムな時を送るユンジュとヒョンナムのふたり。はたして現実的な生き方ができるようになるのか、が見どころです。
韓国語タイトルは「フランダースの犬」。いわずとしれた『世界名作劇場』の第1作目ですよ。イギリス人作家ウィーダの同名小説のアニメ化。貧しさに耐え、村の人からのいじめにも耐え、ルーベンスの絵を見つめながら天に召されるシーン……。
泣く!!!
「フランダースの犬」のアニメは韓国でも放映されていました。
映画「ほえる犬は噛まない」も、お友だちのワンコとの感動巨編!?
泣く!?!?
と思いきや。パトラッシュとはまーったく関係ありません。念のために言っておくと、ネロとも関係ないです。以前、ポン監督がインタビューで「犬といえば、と思って付けただけ」と語っているのを読んだ記憶があるんですけれど、記事を探しても見当たらず。うろ覚えですみません。
でも、パトラッシュとネロには関係がなくても、ポン監督の新作「パラサイト 半地下の家族」には関連ありありな映画です。
「パラサイト」との関連
ポン監督の長編デビュー作である「ほえる犬は噛まない」。この作品の特徴は、その後の作品でもずっと引き継がれています。
・ストーリーテリング
・閉鎖的な空間
・究極の選択を迫られた人間の心理描写
・社会風刺とブラックユーモア
・障がい者やホームレスなどの社会的弱者
・犬がいる
・ドロップキック
「ほえる犬は噛まない」は
「キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン」
という犬の鳴き声で始まります。
五月蝿!!!
という観る側の気持ちを一気に盛り上げて、主人公への共感につながるオープニング。
一方の「パラサイト」は、開始直前に鐘の音が鳴ります。これはサウンドチェック用に挿入された音がそのままになっているそう。どちらも映画のストーリーにつながっていく「音」の演出です。
ふたつの映画はラストシーンも同じです。
友人と登山に来て、鏡を見ながら歩いていたヒョンナムは、おもむろに振り返り、カメラの方に向かって鏡を動かします。
チカッチカッチカッ
「パラサイト」もやはり光のシーンで終わります。ネタバレしちゃうので詳しくは書けませんが、重要なメッセージを意味しています。そしてこれ、同じメッセージなのではないかと思うんです。
なぜならふたつの映画は、同じ構造でサンドイッチされているからです。
「ほえる犬は噛まない」は、既存の社会システムに適合できない男女の話です。世渡り下手で、大学に職を得るためには賄賂を用意するしかない男ユンジュと、純粋で人が好すぎたために職場をクビになってしまう女ヒョンナム。
処世術が分からないふたりは、無力感に覆われつつ、でも、システムへのあこがれを隠しません。これは半地下から世間を見上げる家族の目線とつながります。また、生活能力のない家長、消毒剤の散布といったエピソードもこの時すでに描かれています。
なにより重要なのは、「ほえる犬は噛まない」で語られる“ボイラー・キム氏”の伝説です。ボイラー修理の達人で、欠陥工事のマンションを安定させるために人柱として壁に塗りこめられてしまったという“ボイラー・キム氏”。実はこの後のポン・ジュノ作品にも登場しているのです。
“ボイラー・キム氏”の描き方をみれば、監督の意図が分かる!?
この後も“ボイラー・キム氏”に注目しつつ、毎日1本ずつ公開していきますね。
いまあらためて、「ほえる犬は噛まない」こそ、ポン監督の原点なんだと感じています。ポン監督、今夜はおいしいお酒を召し上がれ!
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