見出し画像

飲み込まれる前に考えたい。夫婦とは何か 『異類婚姻譚』 #574

「翻訳するより難しいな」

イム・シワン×シン・セギョン主演の韓国ドラマ「それでも僕らは走り続ける」のセリフです。字幕翻訳家の女性がスプリンターの青年と出会うんだけど、まったく会話が成立しない様子を表した言葉でした。

男女、年代、国などなど、コミュニケーションギャップは多くのところで発生します。他人同士がひとつの家庭を築く「夫婦」だって同じ。

ふたつの個体は反発するのか、溶け合うのか。本谷有希子さんの短編集『異類婚姻譚』には、「夫婦」を巡るふたつの個体の物語が収められています。

<あらすじ>
子供もなく職にも就かず、安楽な結婚生活を送る専業主婦の私は、ある日、自分の顔が夫の顔とそっくりになっていることに気付く。「俺は家では何も考えたくない男だ」と宣言する夫は大量の揚げものづくりに熱中し、いつの間にか夫婦の輪郭が混じりあって…。

表題作の「異類婚姻譚」のほか、「<犬たち>」「トモ子のバウムクーヘン」「藁の夫」を収録。

「異類婚姻譚」は、「いるい こんいん たん」と読みます。人間と、違う種類のものが結婚する話のことで、神や妖精、蛇やキツネと結ばれる話は、世界各地にあるそう。

日本で一番有名な「異類」の「婚姻」話といえば、「つるの恩返し」ではないでしょうか。

人間に命を助けられたつるが、自分の羽をぬいて美しい布を織るというお話。こんな感動的な物語だと思って『異類婚姻譚』を読むと、鮮やかな背負い投げを決められて、畳にたたきつけられるような気持ちを味わうことができます。

「婚姻」は「法律」ですが、「結婚」って「生活」です。「長年連れ添った夫婦は似ていく」とも言われますが、小説には「双子みたいに、そっくりになっていた」夫婦の話が登場します。

相手の思考や、相手の趣味、相手の言動がいつのまにか自分のそれに取って代わり、もともとそういう自分であったかのように振る舞っていることに気付くたび、いつも、ぞっとした。やめようとしても、やめられなかった。

夫婦の会話や、友人とのおしゃべりは、のほほんとしているのですが。受容性の高い個体の方に触手は伸びていき、徐々に飲み込まれてしまうような不気味さがあるんです。

「結婚」とは、ふたつの個体でひとつの世界をつくるものではなかったのか。

外国語を翻訳するより難しい、一番そばにいる人とのコミュニケーション。結婚とは何か、夫婦とは何かを問いかける物語です。どちらかというと、未婚の方におすすめしてみたい。結婚って、「好き」だけでは継続できない事業だから……。

我が家の場合、ダンナのことを、「この人は別の宇宙の人だな」と感じるときが多々あります。「まだ地球のルールに慣れてないんだからしかたない」と思えば、たいがいのことは平気になりますよ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?