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イベントレポ 谷山雅計氏×田中泰延氏 「アタマの実用に“いつかなる”トークセッション」 #115

「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」

慶應義塾大学の塾長だった小泉信三の言葉だそうです。これはマサチューセッツ工科大学の教育方針でもあるそうで、こうした考え方こそ、「リベラルアーツ」につながっていくのだといいます。

ビジネス書やすぐに役立つハウツー本は数多くありますが、「読んですぐに役に立つ本ではなく、“いつか”役に立つかもしれない」という本をセレクションしたトークイベントに行ってきました。

谷山雅計氏×田中泰延氏
「アタマの実用に“いつかなる”トークセッション」


谷山雅計さんはコピーライターとして、新潮社の「Yonda?」や東京ガスの「ガス・パッ・チョ!」を生み出された方。現在は東京コピーライターズクラブ(TCC)の会長を務められています。

一方の田中泰延さんは24年間勤めた電通を退職後、「青年失業家」として活動?されています。初の著書『読みたいことを、書けばいい。』は5刷15万部のベストセラーに。

今日の「#1000日チャレンジ」は、このイベントのレポートです。


実用書じゃないけど“アタマの実用”になる本@web

会場となったアドミュージアム東京では、現在、谷山さんが選んだ「実用書じゃないけど“アタマの実用”になる5冊(+15冊)」が展示されています。今回のイベントはその一環で行われたとのこと。

写真がなくて申し訳ないのですが、HPからラインナップを見ることができます。谷山さんの他にも、白土謙二さん、福里真一さん、嶋浩一郎さんによるセレクトも。

広告界のレジェンドによるおススメ本
URL:https://www.admt.jp/library/bookshelf/

谷山さんの選書は、落語にロック、ミステリーもあれば時代劇もありで、幅が広い! ミュージアムには「めぞん一刻」最終巻について熱く語る谷山さんの動画もあります。必見。


谷山氏×田中氏のセレクト本@イベント

谷山雅計さんの5冊
『つむじ風、ここにあります』木下龍也著
『ギャンブルレーサー』田中誠著
『広告絵本』藤井達朗著
『絲的炊事記 豚キムチにジンクスはあるのか』絲山秋子著
『猫のゆりかご』カート・ヴォネガット・ジュニア著
田中泰延さんの5冊
『ジャン・クリストフ』全4冊 ロマン・ロラン著
『千のプラトー―資本主義と分裂症』ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著
『輝ける闇』『夏の闇』『ベトナム戦記』開高健著
『狂気の沙汰も金次第』筒井康隆著
『自虐の詩』上下巻 業田良家著

「5冊」という言葉の意味……と、ツッコミたくなる田中さんのラインナップです。やはり長い文章を書く人は、長編も読めちゃうのでしょうか。

と、思ったら、「入院していた時に、やることがなくて長編小説を読んでいた」とのことでした。

また、長編を読破することは、自信につながるとのこと。学生時代に『ジャン・クリストフ』に手を出して1巻で挫折したわたしには耳が痛いお話です。『千のプラトー』は、10ページくらいは読んだかなー。最近、あんまり眠れないという方には絶賛おすすめの本です。

だって、なんて書いてるか分からん!のですよ!!!

この本はフランスの哲学者ふたりによる著作なのですが、Amazonの商品説明をコピペしてみますと。

「千のプラトー」は大地や宇宙をつらぬき、非生命の次元にまでその讃歌をとどろかせている…。資本主義のダイナミズムを読み解き、管理社会に対抗するための実践を示唆する、われわれの時代の歴史的唯物論。

え? じゃないですか? しかも、めっちゃ分厚い、5センチくらいある本なんです。

田中さんは「これくらいの言葉を費やさないと自分という個を見失ってしまいそうな人による思考実験」と紹介されていました。

今日、難しいことをカンタンに説明するノウハウ本があふれています。そうした現状に対して谷山さんは「分かりやすさを求めすぎているのでは。それでは知性が衰退してしまう」と疑問を投げかけています。

難しいことは、難しいまま伝えて、それについて考えるのが知性。“考える”について考え抜いてきた谷山さんらしい指摘だなと感じました。


もう少し詳しく、本のこととおしゃべりを

① 谷山さん推薦:『つむじ風、ここにあります』木下龍也著

著者の木下さんは、谷山さんが主催するコピー塾の生徒だったそうです。谷山さんは「推薦状をもらいたい」と言った木下さんに、「きみの活躍の場は、広告コピーじゃない気がする」と突き放したそう。その後、歌人としてデビューされ、今では「命がけでやってます」と語っておられるそうです。

この本はわたしも読みました。

全部屋の全室外機稼働してこのアパートは発進しない
仰向けに寝て新刊を開いたら僕の額に栞が刺さる

読んでいると、情景が浮かびませんか? 「木下さんの歌にはアイディアがある」という批評を聞いて、谷山さんはちょっとうれしかったとのことでした。


② 田中さん推薦:『ジャン・クリストフ』ロマン・ロラン著

ロマン・ロランはフランスの作家です。主人公は音楽家クリストフ。ベートーベンをモデルとしたこの大河小説で、1916年にノーベル文学賞を受賞しています。

ベートーベンといえば、田中さん、田中さんといえば、ベートーベン。

ですが、谷山さんは「ジョジョみたいな話だよね」と感想を述べておられました。

この本を3か月以内に読破した人は、ぜひ居酒屋さんで語り合おうとのことですよ!


③ 谷山さん推薦:『ギャンブルレーサー』田中誠著

ギャンブル好きな競輪選手が主人公のマンガです。10巻くらいまでは、どうしようもないちゃらんぽらんなギャンブル人生なのに、その後、競輪にはマジメという、ちょっと鬼教官な姿が綴られていくのだとか。

どんなに必死にがんばったとしても
9着じゃ9着の金と点しかもらえねえんだ!
1着の金と点を得るためには1着取る以外ねえ!
それができねえんなら勝負の世界で生きようなんて考えるな!

谷山さんは座右の銘を持っていないそうなのですが、このセリフは、広告屋としての矜持につながるような気がして、とても感銘を受けたとのことです。


④ 田中さん推薦:『千のプラトー―資本主義と分裂症』ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著

田中さんがこの本をセレクトされたがために、谷山さんもガガッとお読みになったそうで、その感想が「田中くんは、好きな本と文体が違うよね」でした。そこで、田中さんのお返事。

バットで殴られたような本を書いてみたいです。

期待しております!!!


⑤ 谷山さん推薦:『広告絵本』藤井達朗著

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藤井達朗さんは伝説の広告クリエイターで、谷山さんが新人の頃に3か月ほど下について仕事をしていたそうです。その後、入院して48歳の若さでお亡くなりになっています。この本も、ほぼ出回っていないそう。

最近のCMは放送作家が描くようなものが多いけれど、藤井さんは大きな商品世界を設計して、その中でCMを作っていたとのこと。本には多くの「広告絵コンテ」が紹介されていました。レジェンドの本、ほしい。


⑥ 田中さん推薦:『輝ける闇』『夏の闇』『ベトナム戦記』開高健著

『輝ける闇』『夏の闇』は小説だけれど、ルポっぽい手法で書かれているので、すごく緊張感のある文章が続いています。順番に読むなら、こちらの順番がいいそう。エロスとタナトスの組み合わせが円環しているからです。

この中では『ベトナム戦記』しか読んでなかった。闇シリーズは、本当はもう一冊『花終る闇』があったのですが、冒頭の一文を書いた後、10年間書けずに終わってしまったそうです。その一文が。

漂えど、沈まず。

この言葉の中に、戦地で見たもの、感じたことが詰まっていたのかもしれませんね。


⑦ 谷山さん推薦:『絲的炊事記 豚キムチにジンクスはあるのか』絲山秋子著

芥川賞作家・絲山秋子さんの自炊生活を綴ったエッセイです。食べ物の話を楽しく書くのは難しいものなのですが、彼女の場合は、まずいものを書いても「品位」があると、谷山さん絶賛。

「理をはかる」という点で、料理と広告の話は似ているそうです。「レジェンドのおすすめ本」で紹介している『檀流クッキング』もおもしろいですよ。ただの調理手順である“レシピ”を、こんなに愉快に書けるとは!という感じ。


⑧ 田中さん推薦:『狂気の沙汰も金次第』筒井康隆著

毒と皮肉と諧謔にあふれた随筆です。谷山さんも、糸井重里さんの本に出会う前は、筒井康隆に大いに影響を受けたそう。実は田中さんの本『読みたいことを、書けばいい。』にある一節は、この本からとられているんです。

事象と心象が交わるところに生まれる文が、随筆。

この一文とゴリラの話だけは、とても心に残っていたから書けたとのことでした。「ゴリラって?」と思った方は、田中さんの名著を読みましょう。


⑨ 谷山さん推薦:『猫のゆりかご』カート・ヴォネガット・ジュニア著

これぞ、SF!な長編小説で、奇妙奇天烈な世界の終末が描かれています。カート・ヴォネガットは、広告人にとって必読の書らしく、爆笑問題の太田光さんも愛読書として挙げているそうです。谷山さんも「こんな風に生きてきた気がする」と語っておられました。

実はこの本には、いまAmazonで出ている翻訳以外に、別の翻訳があるそうで、そちらがとてもいいんです! ちょっと小さいですが、読めるでしょうか?

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こちらの翻訳本を探したいのですが、残念ながら翻訳者のお名前が分からないとのこと。情報求む!です!!!

※追記

イベントでもお名前が挙がっていた鈴木さんから情報をいただきました! ありがたいー!!

『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』
シェリー・ケーガン(著)、 柴田裕之(翻訳)

「人は必ず死ぬ。だからこそ、どう生きるべきか」を書いた『DEATH』の日本縮約版だそうです。


⑩ 田中さん推薦:『自虐の詩』業田良家著

上巻は、普通に四コママンガで、下巻になってから世界が変わり、最後は号泣してしまう、とのこと。ギャグマンガなのに!

著者の業田さん曰く、「途中で制御できなくなった」そうで、いわゆる「降りてきた」状態だったのだと思われます。それでも独善的な世界にいかずに済んだのは、「四コママンガ」というフォーマットのおかげかもしれないというお話でした。

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以上、おふたりから5冊ずつ、計10冊の本を紹介していただきました。


すぐには役立たない“アタマの実用書”

わたしが谷山さんのことを知ったのは、ご著書の『広告コピーってこう書くんだ!読本』を通してでした。別にコピーライターになりたいわけではなく、広告にも興味はなく、ただ「発想法」に興味があったから読んだのでした。

読んでみて感じたのは、アイディアマンになるために特別な才能なんて“ない”ということ。
「発想体質」になるためには、日々のトレーニングが必要だということ。

そのために谷山さんがおすすめしているのが、「“なんかいいよね”禁止令」です。

映画を観て、本を読んで、街の光景を見て。「ん?」と感じた感動の源泉を探るには、“なんかいいよね”では足らないんです。ついでに言うと、「いいね!かわいい!やばい!」も使わないようにした方が、「言葉を尽くして語る」トレーニングになりそうです。

この本も「すぐには役に立たない」本ですが、仕事をする上での普遍的な考え方が綴られている“アタマの実用書”です。未読の方は、ぜひ!


「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」。イベントで紹介された本もきっと“すぐに役立つ”ことはないと思われます。もしかしたら一生、思い出すことはないかもしれません。

でも、効率化を求める世界では「ムダ」と言われてしまいそうなことこそ、自分の幅を広げる、もしくは奥深く掘るのに役立つもの。いえ、そう考えること自体、もう術にはまっているんですよね。

読みたければ、読めばいい。

で、どうでしょうか?

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