「殺人の追憶」ポン・ジュノ監督フィルモグラフィー②
韓国で実際に起きた未解決殺人事件を映画化した「殺人の追憶」は、ポン・ジュノ監督の長編2作目にあたります。この映画はポン監督にとって運命的なものとなりました。
韓国のアカデミー賞と呼ばれる「大鐘賞」の作品賞と監督賞を受賞したことはもちろんですが、それよりも重要なのが主演のソン・ガンホとの出会いです。(※画像は映画boardより)
祝! 顔デカイマン連盟結成!
どちらが会長で、どちらが委員長か? 知らんけど。
この映画以降、ふたりは何度もタッグを組んでいます。昨日行われた第92回アカデミー賞で「パラサイト 半地下の家族」は、作品賞、監督賞、国際映画賞、脚本賞を獲得。もちろん主演はソン・ガンホです。
「Parasite!」
自分たちの映画が、監督の名前が呼ばれるたび、ソン・ガンホは監督の背を叩いて大喜び。抱き合って栄誉を分かち合っていました。
昨年12月に行われた「パラサイト 半地下の家族」の日本公開特別上映会で舞台あいさつに立った際、ソン・ガンホはこんなコメントをして場内を笑わせました。
ソン・ガンホ:20年間、一緒に映画を作ってきたので、たくさん会話するんだろうと思われるんですが、そうでもないんです。会話しなくても監督の想いやコンディションは分かるようになりましたしね。コンディションがいいかどうかは体重を見れば分かります。今日はかなりいいですよ! ストレスがあると身体がふくらんでいくんですよ。その時は僕も逃げます(笑)。
ポン監督:(ジャケットでお腹を隠す)
(「“無意識の悪意”が階級を分断する 映画「パラサイト 半地下の家族」 #171」)
現在、「パラサイト 半地下の家族」チームは海外プロモーションや映画祭参加のため、一緒にいることが多いようです。映画で妹のギジョンを演じたパク・ソダムのInstagramにはこんな投稿が。
チェ・ウシク、遠っっっっ!! 消失点か!!
(左の一番奥の男性がチェ・ウシク、その向かいに座っているメガネの男性がポン監督)
なんといっても主演と監督ですから、以前はソン・ガンホとポン監督が前で中心でメインの写真が多かったのですが、最近では徐々に後ろに立つようになっています。気の毒なのが、横並び。門柱か!
悲! 顔デカイマン連盟、今後も期待してる!
そんなふたりの運命の映画が「殺人の追憶」です。
映画「殺人の追憶」
<あらすじ>
ソウル近郊の農村で若い女性の死体が発見される。その後も同じ手口の事件が起こり、地元の刑事パク・トゥマンとソウル市警から派遣されたエリート刑事ソ・テユンが捜査に当たることに。捜査手法も経歴も違うふたりは衝突するばかりで捜査は暗礁に乗り上げてしまい……。
映画のモチーフとなった「華城連続殺人事件」は、“韓国史上最悪の未解決事件”といわれていました。圧倒的に強烈で印象的なラストシーンは、ポン・ジュノ監督からのメッセージが込められているのだとか。
「この刑事と目を合わせられるか!」
映画のポスターの構図も、目撃者や犯人に問いかける意図で撮影されたそう。
どないや~~~~っ!
写真を突きつけ、でかい顔を突き出して迫ってくる。こんな怖い刑事とは、罪を犯してなくても目を合わせたくない! そう感じてしまうくらい、ソン・ガンホ演じる刑事の顔アツがすごい。
と同時に、無力感も漂っているんです。
実際に起きた事件ではありますが、脚色してエンディングを変えることもできたはず。これがハリウッドだったら、激しいカーチェイスの後にかけひきがあって、銃撃戦があって、血を流したヒーローがヒロインと抱き合い……
<Fin.>
となりそうなもんですが。
映画の結論?
ポン監督の関心は、「犯人は誰か」よりも、「犯罪の周辺にある社会構造」だったのではないかと思います。
ポン監督映画に共通する特徴を挙げておきましょう。
・ストーリーテリング
・閉鎖的な空間
・究極の選択を迫られた人間の心理描写
・社会風刺とブラックユーモア
・障がい者やホームレスなどの社会的弱者
・犬がいる
・ドロップキック
この映画もすべてコンプリート! ドロップキックは鮮やかでした。
ところで、この映画には不思議なシーンがあります。
容疑者の取り調べ中、ナゾの人物が地下室をウロウロしています。誰にも声をかけず、声をかけられず、地下室に入ってきて機械を修理し、出て行くだけ。
あの人は、なに?
推理しました。
彼こそ、前作「ほえる犬は噛まない」で、怪談話に登場した“ボイラー・キム氏”なのではないか。欠陥工事のマンションを安定させるために人柱として壁に塗りこめられたというボイラー修理の達人です。演じたのはなんと照明監督。
地下室の外でもエリート刑事とすれ違いますが、目に映っていないかのよう。階段を上って出て行くだけ。
ダジャレか!
当時の警察で容疑者への暴行は当たり前のように行われていたそうですが、もちろん建前上はNG行為です。そのため、トイレの鏡の上には「拷問禁止」の張り紙が。
皮肉か!
だんだんポン監督のシュールなユーモアが感じられるようになってきました。実は演出もヤバかったそうで、先にご紹介した日本公開特別上映会の舞台あいさつではこんな話も紹介されていました。
ポン監督:
「殺人の追憶」の時は、僕もまだ経験不足だったのでテイクが多かったんです。15テイク~16テイク撮ったこともありました。
(「“無意識の悪意”が階級を分断する 映画「パラサイト 半地下の家族」 #171」)
映画では雨が降る日に殺人事件が起きるという設定だったため、散水車を使った撮影が多くなります。役者の方は防寒服を衣裳の下に着ていたそうですが、それでも寒い。早く終わってくれ。寒い。何回やるねん。寒い。
そんな状況で、ポン監督が言ってしまった「もう一回!」のひと言。
やってらんねー!!!
そこでソン・ガンホのアドリブによって名台詞が生まれました。
「俺にはもう分からねえ。メシは食ったか?」
2019年の9月、「華城連続殺人事件」の容疑者が逮捕されたというニュースが流れました。最新のDNA鑑定により、釜山刑務所で服役中の人物が容疑者として浮上。犯行を自白したとのこと。
彼は刑務所で「殺人の追憶」を3回も観ていたそうなんですが、ソン・ガンホの顔アツをどうかわしたのか……。
俳優がカメラを正面から凝視すると、当然、観客にはアツになります。なにしろ「顔デカイマン連盟」の会長か委員長です。超アツです。そのため、技法としてはタブーなのだそうです。多いのは、少し斜めになって眺めるような演技。でもそのタブーをポン監督は打ち破りました。
真正面から、前のめりになったソン・ガンホの顔が迫る!
スクリーンからはみ出とる!!(※画像はIMDbより)
驚! 顔デカイマン連盟、サイコー!
という映画です。
「パラサイト」との関連
前作「ほえる犬は噛まない」では、社会のシステムになじめない、世渡り下手で不器用な男と女の姿が描かれました。映画の中に“悪人”らしい“悪人”は登場しません。ですが、「殺人の追憶」はタイトル通り殺人事件が起こるので、“悪人”がいるはず。なのに。
みつからない!!!
“悪人”がみつからないこの映画で主軸となるのは、直感と理性の対立です。
ソン・ガンホは「占い師になればよかったのに」と言われるほど迷信と直感を信じる前近代的な刑事。一方のキム・サンギョンが演じるエリート刑事は「書類はウソをつかない」と、現代的な分析技法で理性的に捜査しようとします。
映画を通してふたりは対立し続けるのですが、最後には自身の信念を疑い、逆転します。
直感と理性の逆転は、「パラサイト」でもみることができます。
まずは長男。水石の逸話に引かれ、魅入られたように“計画”を実行。この頃と、父からのメッセージを受け取った頃とでは、内面は明らかに変化していました。
また、合理的な捜査を主張するエリート刑事が豪邸に住むパク社長だとすると、直感を信じる田舎刑事はそのまま半地下家族の父のように見えます。ですがフタを開けてみると、パク社長は“匂い”によって感覚的に疑いを持ち、半地下家族の父は目の前の現実に対して合理的に逃げ場を探します。
「殺人の追憶」と「パラサイト」に描かれた直感と理性の対立は、物語の行方を左右するものでした。
そして。人の目に映らず、地下の取調室をウロウロしていた、見えているのに見えていない男。
“ボイラー・キム氏”こそ、“あの人”なのです。
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