天才少女のあきらめない心にエールを贈る 映画「野球少女」 #603
1993年、クリントン大統領に指名され、最高裁判事となったルース・ベイダー・ギンズバーグは、画期的な判決を下します。男子限定だったバージニア軍事大学(VMI)に、女子の士官候補生の入学を許可するよう求めたのです。
「入学に必要な身体的基準を満たす女性なら、VMIの訓練にも耐えられるでしょう。機会があれば入学したいと思うはずです」
映画を観た時、「受験はしてもいいけど、入学はさせない」って、残酷な制度やなーと思いました。でも実際に、性別や国籍によって、初めから門戸が閉ざされているケースは少なくありません。表だってそういうことができなくなってきた分、こっそりと行われている場合だってある。
3月5日公開された映画「野球少女」は、“女性だから”という理由でプロ野球選手への道を絶たれた少女が、果敢に挑戦するドラマです。その過程で、周りも熱くしちゃうんです。
よくあるスポ根? フェミのストーリー? 夢が大事的な?
どれも当たっているけど、どれも違うんですよね。爽やかで、したたかで、ちょっとしょっぱくて、ちょっと甘い。監督が男性だからでしょうか。支配と被支配の関係を超えた「横並び」の関係に、これからの可能性が見えた映画でした。
<あらすじ>
速球とボールの回転力が強みの女子高生チュ・スインは、プロ野球選手を目指して練習に励んでいた。しかし女性というだけで正当な評価をされず、プロテストすら受けられない。さらに、友人や家族からも反対されてしまう。そんな折、プロ野球選手の夢に破れた新人コーチのチェ・ジンテが赴任してきて……。
ドラマ「梨泰院クラス」でトランスジェンダーの調理師ヒョニを演じたイ・ジュヨンが、女子高生野球選手のスインを演じています。こんなに細くて小柄なのに投手だなんてと思うけど、「ボールにハリがあっていい」と褒められていました。映画ではスタントなし、野球シーンもすべてイ・ジュヨンが演じているそうです。
(画像はKMDbより)
子どものころに野球を始め、高校でも一緒にやってきた友人のジョンホにはプロから声がかかったのに、自分はトライアルさえ受けさせてもらえない。
納得いかない!!!
でも、新入りのコーチであるジンテにも言われてしまうのです。
「女性だからじゃない。お前には実力がない」
トゲのある言葉を吐くコーチを演じるのはイ・ジュニョク。「神と共に」でヘタレな上官を演じていて、「イケメンほど腹黒いの法則ってあるな……」と思ったことがありました。
イ・ジュニョクは「野球少女」のジンテを演じるために、「元プロ野球選手」の身体作りをして臨んだそうです。失意の底から来たというやさぐれ感がとてもよかった。そして、こんなに演技がうまいんだと拍手を送りたくなりました。
脚本と監督は、チェ・ユンテ。韓国映画アカデミー出身で、これが長編映画デビュー作とのことですが、「セリフのない、演技だけの演出」に長けている人だなと感じます。おまけに、最後に登場する「球団代表」が“あの俳優”だなんて、皮肉も利いてます。
☆☆☆ ここからちょっとネタバレ ☆☆☆
ジンテの戦略変更によって、スインに「プロに対抗する強み」が生まれます。でも、スインは野球が大好きなのに、野球をすればするほど、孤立していくんです。スカウトの人からも、母からも、野球を続けることを反対される。
気になるのは、チームメイトであるはずの野球部のメンバーともあまり交わらないことです。いつもひとりで練習していて、目の前は前髪に覆われていて。
(画像はKMDbより)
その理由とおぼしき過去を、友人のジョンホが明らかにしていました。
リトルリーグに入りたいと言ってきた時、監督はあからさまに追い出すことができなかったんです。だから男たちにすごくいじめられてました。自分から辞めるように仕向けたんです。
ジョンホは、子どものころは身体が小さくて、スインの足下にも及ばないほどだったと語ります。一緒に練習してきたのに、プロの球団と契約できたのは自分だけ。スインへのリスペクトはありつつ、後ろめたさや誇らしさがない交ぜになりながら、ジョギングするスインと肩を並べて走ろうとします。
この時、スインはそれを拒否するのですが。
いつかスインも受け入れられるのかもしれない。上下でもなく、支配と被支配でもなく、どちらかがどちらかの存在を飲み込むのでもなく、男と女が「横並び」で走ることを。
孤独を深めながら、ガラスの天井にぶつかってきたスインに、「スイン! ファイト!」と応援の声がかけられた瞬間。
泣いた……。
記事の冒頭に書いたVMI裁判の判決で、ギンズバーグ判事はこんな風に言葉を続けています。
「女性も目標を持ち、目標を実現させ、社会に参加し、社会に貢献することで能力を発揮すべきです」
スインの夢は終わりではないし、苦難はこれからも続くのだと思われます。いつか、母の言葉通り、「あきらめることは恥ずかしいことじゃない」と自分に言い聞かせる日が来るのかもしれない。それでも。公平に挑戦する権利を得て、前髪を上げる。前を見つめる、その瞳。朗らかな表情でマウンドに立つスインに、大きく声をかけたい。
「スイン! ファイト!」
わたし自身にも向かうエールに、胸が震えた。
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