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なりたい自分になるために、遠慮はいらない 『夢見る帝国図書館』 #371

「図書館に住んでるみたいなもんだったんだから」

これもわたしの言葉ではなく、中島京子さんの小説『夢見る帝国図書館』に出てくる謎の女性・喜和子さんの言葉です。

フリーライターの「わたし」は、ある日、上野公園のベンチで白髪の女性・喜和子さんと知り合い、友人になります。「図書館に関する小説を書いてんの」という喜和子さんですが、いっこうに中身を見せてくれない。

そうこうするうちに「わたし」は仕事が忙しくなり、疎遠になってしまいます。数年後、訪ねてみると喜和子さんの家はなくなっていました。謎多き喜和子さんの過去。暗号のようなメモと葉書。図書館の近くにいたいという言葉。いったい喜和子さんは何者なのか……というお話です。

舞台になっているのは、1897年(明治30年)につくられ、現在も上野にある「国際子ども図書館」です。戦前には日本で唯一の国立図書館だったそうで、かつては「帝国図書館」と呼ばれていました。

現在は通常どおり開館しているようですが、入館制限をしているようですね。代わりに「夢の図書館」プロジェクトが実施されています。一般社団法人VR革新機構の協力で、館内を高画質画像で撮影。3DビューとVRで館内見学ができます。めちゃくちゃクリアですよ。

上野には戦後、闇市ができ、戦争孤児たちが集まって暮らしていたそうです。上野の丘の上にある帝国図書館は、そんな街を見つめつつ、国家の事情に翻弄され、所蔵本の置き場に悩み、空襲におびえ、そして多くの文豪に場を提供してきました。

女がこうした施設に入れるようになった変革期。戦争末期には本の避難先を探す司書たち。象のはな子。明治から昭和の帝国図書館を描いた作中作『としょかんのこじ』と、「わたし」が喜和子さんを探す平成と。物語は行ったり来たりしながら進みます。

『夢見る帝国図書館』は、戦前から戦後の歴史物語でもあるのです。

中島京子さんの前作『小さいおうち』もそうでしたが、史実を調べに調べたんだろうなと感じます。これがいかにも、ではなく、ちゃんと物語に編み込まれているんですよね。

喜和子さんという人物は、サッパリした気性で、来る者拒まずな印象がありますが、ある一点から先には踏み込めない壁があります。その謎は日本語戦後史であり、彼女がなぜ図書館のそばにいたかったのかにつながっていきます。

「イツカ図書館デアハウ」

制度の犠牲にされた喜和子さんが、唯一信じた言葉です。やりたいようにやった方がいいよね。なりたかった自分になるために、遠慮はいらないよね。そんな声が聞こえてくる小説です。国立国会図書館の入り口に掲げられた理念を覚えておきたい。

「真理がわれらを自由にする」

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