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妄想リスニング#7 Beck "Sea Change" × Trygve Seim "Helsinki Songs"

管弦楽、弦楽隊、ホーンセクションとロック・ポップミュージックとの組み合わせは今では多く聞かれるようになりましたが、そんな中にも個人的にすごく好きな作品があって、そのうちの一つがBeckのSea Changeです。
シンプルなアコースティックギターの刻みから始まるこの作品は、徐々にいろんな楽器が加わってゆっくり姿を変えていき、2曲目には弦楽隊が登場して、海のような広がりを見せてくれます。
小さなグルーヴの揺らぎもそのままに、まさに今、目の前で演奏をしているかのような生々しさを感じます。
ストリングスは飾りではなく、音楽の中核として存在し、グルーヴまでもつかさどっています。
実はそこまでのバンドとストリングスの関係性のある作品って、そんなにないんじゃないかな。
ストリングスが加わることによって"豪華な感じ"になるってぐらいの効果がほとんどだと思うんですよね。
Beckのこの作品の場合はそんな飾りなんかではなく、むしろ弦楽隊がいないと曲が成り立たないんです。
とはいえ弦楽隊が抜けても、その効力は続きます。
ずっと残っている気がするんですね。
どこかでストリングスが聞こえているような気がするんです。
アルバムのタイトルの通り、移り変わる海のうねりが見えそうな音楽構造です。
情景が浮かぶサウンドスケープというのは、そうそう易々と作れるものじゃありません。
偶然と計算の絶妙なバランスが生み出した、奇跡のような作品なんですよね。

さて、今回そんな作品と妄想的に繋がったのがTrygve Seimの"Helsinki Songs"です。
こちらは、サックス、ピアノ、コントラバス、ドラムという、シンプルなカルテット編成。
弦楽隊が入るような大きな編成ではありませんが、その豊かな音の広がりは大編成の様相です。
その広がりの原因は一体何なのかというと、それは"倍音"なんだと思うんですね。
音楽、楽器のことを熟知し、巧みにコントロールされた倍音は、小さな編成を何倍もの大きさに膨らませる力を持っています。

ベックはアコースティックギターのソリッドなサウンドを逆手にとり、何本ものストリングスのハーモニーや倍音によって音楽を膨らませて、最小のピースであるアコギの音の魅力と声の生々しさを最大限に引き出しました。
一方でトリグヴェのサウンドメイクは、小さな編成から発せられる倍音を絶妙に重ね合わせて、その音像を実際の何倍もの大きさに聞かせるような、とても高度な音楽構造を作り上げています。

ふたつの作品の構造は全く真逆なんですが、結果的に奇跡のように広がる空間を作り出したという点に繋がりを感じました。

ゆったりとたゆたうように果てのない海に浮かぶか、深い森の中でたくさんの生き物の気配を感じるか、音楽はこんなことも感じさせてくれるんですね。


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