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140字小説まとめ9

2023.1〜2023.5

大好きな君が死んだので、亡骸を箱に詰めました。箱の中で君がぐらぐら揺れたので、シロツメクサを一杯に詰めました。足の間、口の中、キャミソールの胸元に、大事に大事に詰めました。献上品の硝子の器のようにくるまれて、君は微笑みを浮かべました。四つ葉をさがす幼い君を想いました。幸福でした。

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お題『微笑み、キャミソール、シロツメクサ』

空中に浮かんだオフィスビルの窓から、ぱらぱらと人が落ちてくる。どうしても退社したいからと、決死の覚悟でビル下の川面へダイブしていく。飛び込んだ人のうち何割かは川から這い出て、濡れそぼった体を抱きしめながら家路を辿る。かえりたい、の一念で、暮れゆく空を背景にぱらぱらと、ぱらぱらと。

『空中楼閣』

廃線を無人の電車が走ってくる。心霊現象でも幻想でもなく、回路に根を張った粘菌が餌を求めて車体を動かしているだけだ。サステナブルな自動運転電車の成れの果ては、自ら線路を伸ばし、ネットワークを広げていく。餌となる蛋白質を嗅ぎつけて、わずかな生き残りのいる町へ。だから電車はいつも無人。

『粘菌は腹ぺこ』

ある時から影法師が独り歩きを始めて、もう誰も気に留めもしない。意思も人格もあるらしき影は、あちこちの壁や地面で自由に過ごしている。奇特な学者が世界中の影を数えたら人口総数より多かったそうだ。人が死んでも影は消えない。この世に焼きついた影が思考しているだけってわけ。多分僕も、君も。

『影法師』

東京タワーの真下には死体が埋まっている。まことしやかに囁かれる都市伝説の一つだ。話の出所は知らないが、噂には真実が含まれるものだ、と個人的には思っている。おかげで東京タワーに来るたび足元と周囲を確認する癖がついた。一体誰に見られたんだろう。人目につかずに埋めるのは大変だったのに。

『噂』

幾星霜も舟を漕いでいるのに、一向に島影に辿り着けない。確かに彼処あそこにあるはずなのに。遠眼鏡でのぞけば海辺の漁師小屋も見えて、まさか蜃気楼でもあるまい。かいをとり、波をかく。辿り着いたら死ぬのでは、とも思う。の私が消えてしまうのでは、と。どうか醒めてくれるなよと念じながら、舟を漕ぐ。

『うたた寝』

無人駅の駅舎を覆う褪せた青のペンキは、触れると指先をざらりと汚した。かつては一面の海の絵だったのだろう。壁画の中心で悠々と泳いでいたであろうくじらが、精細の剥げた眼で見つめてくる。何故こんな山裾の駅に海なのかと思いながら改札を抜けて外に出ると、木漏れ陽がみどりの泡のようにゆれていた。

お題bot*@0daib0tお題
『改札、くじら、碧の泡』

湖に小石を投げて波紋を作っている。ずっとずっと作り続けている。私の生んだ波紋が風に影響を与えて、様々な連鎖を繋げながら世界中に広がって、だから均衡が保たれていると言われたから。私に向かって小石を投げる人がいて、どこかで小石を拾う人もいて、みんな少しずつ影響している。均衡のために。

『風が吹けば』

「面倒事って続くわねぇ。こないだエアコンもダメになったし、あれも突然死んじゃって」
久しぶりに実家を訪れたら、母が冷蔵庫を眺めながらそんな愚痴をこぼした。
「暖かくなってきたからエアコンはともかく、冷蔵庫は買ったら?」
「やあね、冷蔵庫の方は壊れてないわよ」
「じゃあ何が壊れたの?」

『壊れたとは言ってない』

春の煙たい空気に満月が滲んで空に張りついた夜、寝床でじろじろと今日の悔いを思い返してなんだか賢くなった気になった蛙が、沼に飛び込んで死にました。今日はそのお弔いで、つぐみは歌をうたいましたし、狐は目をつむって、お弔いの場の誰も食べませんでした。蛙の死がもたらした、平和な、平和な一日でした。

『春の弔い』

ひなびた町を旅するのが趣味で、今回訪れた港町もまあ見事に見所がない。散策して行き着いた町役場の外壁に水位計のような線が書かれていて、町の者にあれは何か尋ねると「春がきたから、ここまで」とのこと。春、か。見回せば桜の蕾の綻び、花弁の洪水に埋もれる町の夢想に笑む。だから旅はやめられぬ。

『春のおとない』

人様の庭先で、萎れた人妻が雨に打たれていた。柵の向こうで四季折々に美しく咲いて、道行く者の目を奪ってやまなかった人だ。花時雨に凍えて落ちた庭木の椿に囲まれて、人妻の首も泥に転げていた。おとがいを伝う滴に赤が混じる。私はその泥水が私の爪先へみて来はしないかと期待して動けずにいる。

『椿の庭』

火星で初めて根付いた桜が今年ようやく蕾をつけた。本来咲くはずのない地に植えられた桜は、幹が捻くれ、地球での儚い風情はない。苦痛に耐え全生命力をかけて大地を穿うがった桜は人類の希望の象徴だそうだ。身勝手なものだと思う。それでも与えられた条件で生き抜くしかない。桜も、星も、私たち移民も。

『火星の桜』

人は経験したことしか書けない。それが作家である彼女の持論だった。性愛を扱う作品のために風俗店で働き、時に医師免許を取り、大企業の闇を暴き、戦地で傭兵にもなった。恐ろしく有能であらゆる望みを実現する彼女の次回作の舞台は文明崩壊後のディストピア。彼女曰く、仕掛けは済んだ、のだそうだ。

『それでも物語は滅びない』

ふぞろいのおにぎりと、自販機のお茶と、あとは自分の体ひとつだけ持ってお花見へ行く。賑やかな集団の邪魔にならないよう公園の隅に腰掛けると、盛りの過ぎた桜は風が吹くたびに光の粒のような花弁を撒き散らした。おにぎりは平穏の味がする。今だけは、まるで世界中から悲しみが消え去ったみたいに。

『ある晴れた春の日に』

春の大風おおかぜは骨の撒き時だから、町のあちこちに骨壷を抱いた人が現れる。遠くへゆきたい、近くにいたい、星になりたい、花と咲きたい。故人の遺志に添うように、海へ、丘へ、空へ、庭へ、誰かの大切な人が、大切だった人の骨を撒いていく。唸る風の音の半分は誰かの啜り泣き。春の風は優しく、白くけむる。

『春と骨』

雑貨屋で雨雲の種を買った。植木鉢に埋めて水をやると翌日には芽が出て、綿毛のような雲が生えた。吹けば飛ぶようなふわふわの綿雲は日に日に成長し、今では時々雷すらまとう。雲の機嫌の良い時には歌うような雨を降らせ、そんな日はとにかく読書が捗るのだ。雨打つ音を聴きながら積読つんどくを片付けにかかる。

#深夜の真剣140字60分一本勝負
お題『①雨打つ②片付け③植木』

バチが当たったのか、夢が叶ったのか。怪獣になって破壊の限りを尽くす、そんな妄想が現実となった。踏み潰した人々は土筆つくしの感触。春だ。見上げれば麗らかな空が近い。植物のようにただ光を浴びていられたらよかったのに、僕は怪獣で、足の裏が芽吹くようにうずうずして、スキップせずにはいられない。

『春めくスキップ』

村外れに住む《先生》は美しく博識な人だった。山程の書と甘いお茶。幼い私はそれら目当てに、先生のいおりを訪ねたものだった。幾年か経ち、一向に容色衰えぬ美しい人に私は告げてしまう。『まるで人ではないみたい』先生は笑い、私を撫で、そうして翌日、庵ごと消えた。夕暮れの風に草だけが揺れていた。

『或る神様の肖像』別アカの二次創作品

お前、嘘の素質あるよ。学生時代、俺にそんな言葉を浴びせた友人とは社会人になった今も不思議と付き合いが続いている。会社勤めも数年目。五月病の気疲れももう感じないはずなのに、通勤途中、枯れ落ちたツツジの前から動けなくなった。自分に嘘をつけなきゃもう歩けない。俺は素質あるんだろ、なあ?

#深夜の真剣140字60分一本勝負
お題『①ツツジ②気疲れ③素質』

流星群のような海からエイの群れが飛び立つのを見た夜、村の人は一人残らず姿を消して私だけがとり残された。水飛沫を散らして月を目指すエイの尾は新しい星を産んで、光の弾ける音が煩かった。エイの群れが去ってようやく地球は無音になって、私は納屋に藁を集めて寝た。生まれて初めて、ぐっすりと。

『星産みの夜』

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