見出し画像

舌鋒仕事人の復活 (2)

さて、今回の産業医面談である。

またも20分程度かけて問診票の授受をし、受付で待機。
ようやく名前を呼ばれて診察室に入ると、前回と同じ、年配の、ややくたびれた雰囲気の男性医師が座って待っていた。

(また、この先生か…)
前回の「非常勤の先生が交代で」という保健室スタッフの説明(or私の理解)が違っていたのか変更されたのか、はたまた担当医師制でこの医師の担当日を指定されたのか。
とにかく、しばらくはこの先生と付き合うことなるんだろう、と覚悟する。

「ここしばらく、どうでしたー?」
(軽いなー)
緊急事態宣言後の仕事と体調について、簡略に説明する。

新年度の上司の変更(理解系→ややパワハラ系)と緊急事態宣言以降、心身の緊張度が増していること。
※先の問診票に30個ほどの体調チェック項目があるので、それを引き合いに出して不安事項を説明。

緊急事態宣言下、大半の部署が休業する中、経理部は業務を続行し、自分は在宅勤務中心で勤務を続けてきたこと。
6月より原則出社の働き方に移行するなかで、部署の不十分なコロナ対策と、連日の通勤&勤務に不安を拭えないこと(既往症に喘息がある&休職前、著しく免疫力が低下し、休職中に免疫力向上の治療を受け始めた、という経緯がある)。

業務には前向きに取り組んでいて、今の配属に感謝しているが、担当業務をシェア予定だった別のマネジャーが体調不良で長期休職となり、業務負荷が倍増していること。
体力的にも精神的にも、新しい業務分担や勤務体制に慣れる時間がもう少し欲しいこと。

すると、産業医が言った。
「よし、体調も問題ないですね。
 来月から残業しましょう!」

舌鋒スイッチの瞬間である。

「…はい?」
※ドラマ『相棒』の杉下右京氏のイントネーションでどうぞ。

「体調、問題ないですよね」
「先生は、その問診票も、先程ご説明した、申出項目も、全く問題ない、と、思われるんですね?」
再度、問答。
このタイミングで、休職期間中の保健室スタッフ面談の記録から削除された、持病の顎関節症についても、産業医に説明しなおした。
ついでに言うと、この問答中に、先生、前回面談で5回間違えた私の勤務再開日をまた間違えた。ネタなのか?

「いやー、でもね。
 次は残業解禁のステップですから」
「前回の面談では、その前に、勤務シフト固定を解く、というステップがあると、ご説明いただきましたが?」
「だって、もうほら、もう2ヵ月も経っちゃてますし」
「そうですね、こちらの保健室が、突如、ご連絡すらとれなく、なりましたものね」

「…いやいや、だからね。
 もうシフト解除は当然としてね」
「なぜ、当然? なのでしょう?
 なにぶん、初めての経験なので、わかるようにお教え頂けますか?」
「だから、会社に決まったスケジュールがあるんだから、よほどイレギュラーな事情がない限り、その通りに進めないと」
「緊急事態宣言を機に、急遽、想定されていた勤務とは、全く違う、勤務体制に、移行して。
 2ヵ月以上も、保健室と連絡をとれず、経過観察をしていただけず、会社側のケアが、一切、ない状態に、置かれていたことは…
よほどのイレギュラー、な事情に、当てはまらない、わけですか?」
「…えーと…」
「幸いにも、私は、それなりに業務に触れ続けることが、できましたが。
 会社の指示で、業務を離れ、復職前とほぼ同じ生活に戻ってしまった、社員もいるかと、思います。
 その人達にも、同じように、ご指示をされるのでしょうか?」

先生が、椅子ごと少しのけぞった。
キャスター付きの椅子が、私から離れていった。

「…わかりました。じゃあ、来月は残業無しのままで。
 でも、その次は、我儘言えないからね」
「我儘を言うつもりは、ありませんが?」
「1ヵ月、特別に配慮した訳だから」
「…先生は、何ヵ月、弊社の診療をお休みされました?」
「あー…そういう…」

そして先生は言った。
「僕が決められる訳じゃないんだからさぁ…」
…そりゃ、見てりゃわかるわ。
でもソレ、言っちゃいけないヤツやろ。医師の面子にかけて。
私は聞こえないフリをした。

面談は終了され、私は最低ラインとして想定していた7月の勤務条件(固定シフト解除・残業なし)を死守した。
けれど、懸案のテレワーク併用については、話題にすることすらできなかったのである。

そんな訳なので、私はこれを、武勇伝として話したい訳ではないのだ。
むしろ、やっちまった…orz という気分な訳なのだが。
ただ。

我が「ぜんざい公社」は、そこそこの規模の古めの会社で、10人のうち1人くらいは「聞いたことあるかも」と思うであろうトコなのだ。
うっかりすると、ごくたまに、経済誌などの
「社員を大切にする会社」「女性が働きやすい会社」的なランキングのお尻に載ったりしている。

そんなそこそこ綺麗な看板を掲げてる会社にも、こんな暗渠が存在するのだ。
この暗渠の中で、私は2年半の間、復職を希望しながら肩叩きをされ続けた。そして今、復職トライアルの坂道の傾斜を、上げよう上げようとされている。
巾広いグレーの色合いを持つ社員を、強制的に黒か白に振り分けていくような暗渠が、もしかしたらあなたの会社にも有るかもしれないのだ。

大半の産業医の方は、社員と会社の調整に、心を尽くしていらっしゃるのだろう。
このイイナリ先生(もうしばらくお付き合いする事を想定し、親しみを持つために渾名を付けた)だって、他の会社では良い先生なのかもしれない。

だから、産業医先生を責めたい訳でもない。
でも、それぞれの企業の暗渠にメスを入れなければ、「働き方改革」なんて絵に描いた餅で終わる。さまざまなシワ寄せを、引き受けようとした社員ごと暗渠に放り込んで終わるのがオチだからだ。
コロナを機に新しい生活様式などと謳われ、ついでのように「働き方改革」が再燃しそうなこのタイミングで、「暗渠にご注意‼︎」と叫びたいのだ。

自分の健康を守るためと。
かつて私が追い込まれた状況に、別の誰かが追い込まれないようにするためなら。
舌鋒仕事人キャラを温存しても良いかもしれない…今は、そんな気持ちなのである。


こんな状況だからこそ、心をロックダウンしない★ サポート(創作系の勉強に使います!)も嬉しいですが「スキ」やシェアが励ましエネルギーになります♡ 応援よろしくお願いしますっm(_ _)m❤︎