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読むべき本は、読むべき時にやってくる~『あきない世傳 金と銀』~

11年前、書店に並んだ、高田郁氏の『みをつくし料理帖』。
お江戸神田の小料理屋が舞台のこの小説を、私は夢中になって読んだ。
以来、ミステリ一辺倒だった私が、料理が主題の小説を選んで読むようになった。今まで以上に時代小説に手を伸ばすようになった。
そして、女性が仕事に打ち込む話が好きなのだと、はっきりと自覚した。

今年3月、氏の別シリーズ『あきない世傳 金と銀』を、やっと手に取った。
なぜ今まで手にしなかったのか、自分でもよくわからない。
書店に行けば、平積みされている文庫本を片端から裏返して、書かれたあらすじを読み漁る私なのに。図書館で第1巻を借りた時、私はどんな話かすら把握していなかった。

「商いは詐」
そう言われて育った学者の娘・幸は、思いもよらぬ不幸に見舞われ、大阪の呉服屋へ奉公に上がる。それが波乱万丈な人生の幕開けだった…という第1巻。
なぜ今まで手にしなかったのか、と改めて思った。
私の父は学者だ。就職氷河期、両親には研究者になることを望まれたが、普通に就職を決めた。最初の仕事は、呉服を含む伝統工芸品の営業。物語の中で語られる呉服の歴史や奉公人の教育風景に、そこはかとない懐かしさを覚えた。
物語に引き込まれた私は、すぐに図書館で続巻の予約をした。

第2~4巻を入手したのは、4月初め、緊急事態宣言発表の直後である。翌日から都内図書館がロックダウンされ、ほどなく最寄り書店が営業停止した。
本を手にできた幸運に感謝し、1ヶ月かけてゆっくり読もう、と決めたはずなのに…第2巻を開いたとたん、”やめられないとまらないかっぱえびせん”状態に陥った。

第4巻が、今まで以上に
「さあ、此処からが面白い! …が次号を待て!」感の溢れる幕切れ。
続きが読みたくて身悶えしていたら、友人の心遣いにより、続巻を手にすることが叶った。

新たに手にしたのは、第5巻から、今年2月発売の新刊・第8巻。
気をつけないと、半日で1冊読み切ってしまう。物語の中に出てきた”旅の途中の川止め”を真似て、敢えて”『金と銀』断ち”をした日もあった。
それでも、昨日、第8巻まで全てを読み終えてしまった。

主人公・幸は、大阪から江戸へと居を移し、江戸店を開く。この江戸店の周辺が、私の縁ある地だった。幸が心を砕く、新しい小紋柄の普及…営業で手にした反物に、確かにそんな意匠があったと思い出す。
自分の過去の記憶が、幸たちの奮闘の未来にある風景として鮮やかに思い出される。

ごくごく最近までの休職期間。私はどこかで、「そもそもの、私の仕事選びは正しい選択だったのか?」といまさらな疑念を抱えていた。
「あぁ、あの日の自分の選択を肯定するために、今、この物語を読んでいるのだ」と感じた。肯定できる自分になったから、物語が私の前に現れたのだと。
 
最新巻では、江戸は麻疹(はしか)の大流行に襲われ、連日のように死者を出す。麻疹禍(ましんか)は4ヵ月も続く。通りから人が姿を消し、芝居小屋も火が落ちたよう。商いどころではない。
…そのまんま、今の東京を映したよう。がっちり調べて史実を踏まえて書く高田郁氏。氏が凄いのか、人の暮らしが進化していないのか。。。
しかしやがて、麻疹禍は去る。去った、と人々は判断する。
ここにも、今、この物語を読む意味があった。

麻疹禍後の江戸で、どう商いを立て直すか、どう暖簾をつないでいくかに力を尽くす幸。身近な人との行き違いや、お上のご無体な要望(これも、まんまだ!)がもたらされたところで第8巻は終わる。
物語はまだまだ続く。
次巻でも、幸は懸命に、知恵を絞って生きるだろう。
今を肯定できるように…私も、日々手を尽くして、次巻を待ちたい。

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